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短編小説その16「それはただ――」
猫がいた。
一匹の猫が、その光景を見つめていた。
そこには、死があった。
幾人、幾十人、幾百人、幾千人、
そういう規模の人間が、そこにはいた。
戦っていた。
殺しあっていた。
戦争が起こっていた。
凄まじい砂埃が舞い、大量の騎馬が正面から激突する。この世全ての憎悪を込めたような慟哭が飛び交い、耳を劈くような剣戟の音が辺りに響き渡る。
そして、金属が肉を切り裂く、嫌な音も。
そして、金属が骨を断ち割る、嫌な音も。
そして、人を殺そうとする裂帛の気合も。
そして、人が死に逝く凄まじい絶叫も。
そして、人が物になり転がる、
ゴロリ、
という不吉な音も。
何もかも、その場に満ちていた。
死が、満ちていた。
その光景を、無感情な目で一匹の猫が見ていた。
そのさまは、まるで何かの観測をしているような。
何か、義務でやっているような。
それとも、ふとすればただの置物のような。
そんな自然さに、溢れていた。
――そして、
戦いは、最後の兵士の凄まじい気合とともに紡ぎ出された一閃の剣撃によって、終わりを告げた。
その一撃を受けた兵士が、馬から崩れ落ち、
ゴロリ、
という不吉な音を響かせる。
それを見届け、最後の兵士は薄く笑い、剣を手から滑り落とし、
ゴロリ、
と同じように馬から落ちていった。
あとには、地獄のような死体の山だけが残された。
みな、鎧をつけていた。
みな、兜をつけていた。
みな、左手に盾を構えていた。
みな、右手に武器を構えていた。
みな、血みどろになっていた。その血は、赤黒く固まっていた。
みな、砂にまみれていた。それは血と混ざり合い、がっちりと肌にこびりついていた。
みな、物のように動かなかった。その様は大量の精巧に作られた人形が転がっているように見る者に錯覚させた。
全ては、終わりを迎えた。
ただ、風だけが砂埃を上げ続けた。
そして、少し離れた丘から一匹の猫だけが、それを見続けていた。
ふと、
猫が身震いした。
途端、猫の姿は掻き消えていた。
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