あのたび -マナドで船探し-
ゴロンタロウ(Grontalo)という日本人ぽい名前の街に朝6時に着いた。ホテルを探すが35000Rpが2軒。さらに歩いてHotel Melatiへ。30000Rpを交渉して25000Rpにしてもらった。
値引き交渉は苦手でいつも言い値で支払っていたのだが、この頃は言うだけはただという認識でとりあえずインドネシア語でマハール(高い)とだけ言ってみたりもしていた。
しかし値引きしてもらったのが申し訳ないほどキレイな洋館風の建物でベッドもでかく天井から蚊帳が吊り下がっている。インドネシアらしからぬ建物なので、おそらくは植民地時代のオランダが建てたものだと思われる。ゴロンタロウの街並みもちょっと洋風なマレーシアっぽい雰囲気で馬車が交通手段として使われている。ここだけ異国の雰囲気だ。
南のビーチに行ってみると、浜も海もゴミだらけで汚く泳げる状態ではない。特にペットボトルやビニール袋のゴミが目につく。誰も手入れをしない海はこんなもんだ。バリ島のビーチがゴミひとつなくキレイなのは本当に素晴らしい。毎日清掃員の方が相当綺麗に掃除しているのだろう。
夜ナシチャンプル5000Rp。珍しく大ぶりのナスが入っていて美味かった。おやつに小さなホットケーキ4こ1000Rpで買う。宿に帰る途中、サンダルの鼻緒が切れる。直せる状態ではなく捨てる羽目に。
朝はジャム食パンに卵焼き+Kopi(コーヒー)で満足。宿代に含まれているらしい。インドネシアでは朝食付きの所がたまにあり、スラウェシ島ではほとんどの宿で朝食が出た。これほど素敵な宿で、昨日値段交渉をした際、25(トゥウェンティファイブ)でOKと了解したが、もしかすると25$だったのではないか?と焦っていた。当時のレートで3000円くらい。それくらい取られても仕方ないなと思っていた。
でもやはり確認すると25000Rp(≒350円)で大丈夫だった。これはうれしい。
次はスラウェシ島の北西端マナド(Manado)を目指す。だがマナド行のバスは朝6時にしか出ていないという。Kijang(トヨタの4WD)でならすぐ出発するが、と持ちかけられる。6万Rpとふっかけられるが交渉して45000Rpで手を打つ。まあバスよりもシートもゆったりしてるし快適だろうと思ったら、途中で4人乗せぎゅうぎゅうになって暑くて疲れ果てる。夜22時にようやくマナドに到着。
長距離を移動すると知らない町に夜に着いてしまう。20年前の当時は現在のようにスマホもネットも普及していないので、歩いて目で見て宿を探すことになる。あらかじめネットで予約というのはできない。これが夜だと非常につらい。しかも体は非常に疲れている。
1軒目40000Rp。高い。他をあたり、Hotel Rex22500Rpに泊まる。安いだけあり水が濁っている。まあ温泉だと思えば問題ないだろう。
翌朝、浜辺にある割と大きなPasar(市場)へ行く。地面が舗装されておらず泥だらけで汚い。葉っぱ包みのナシ(ごはん)2000Rp。おなか空いたのでジャム付き焼き食パン×2枚1000Rp、コピ1000Rp。昼ナシイカンサユール大盛り50000Rp。
マナドの真北は海を挟んでフィリピンがある。マナドからフィリピン行きの船が出てはいないかと港の周辺で聞きまくる。が地元の人は誰も知らないようだ。またマナドはビッグシティなので大きなデパートがあり本屋もでかかった。フィリピンのガイドブックを探すが見当たらず。
インドネシア旅行は、英語版ガイドブックのロンリープラネットが非常に役に立ったので、フィリピンのロンリープラネットが売ってはいないかと探してみたのだ。
夜は久しぶりにファーストフードのケンタッキーへいくが骨ばかりでハズレだった。
翌日朝から雨。ツーリストインフォメーションへ行く。ネットのない時代は地元のこういった所が数少ない情報源であった。マナドの地図とガイドをただでくれるが、フィリピンへの船はやはりないという。飛行機なら月曜日と木曜日にあると教えてくれる。
次はフィリピン領事館へ行く。ビザ取得と船情報を聞くためだ。ビザは飛行機のチケットがないと発給できないという。その代わり無料。うーん海路は無理なのか。
これまで日本から中国・ベトナム・カンボジア・ラオス・タイ・マレーシア・インドネシア・東ティモール・再びインドネシアと全て陸路海路だけで約8カ月移動してきた。意地でも飛行機に乗りたくない。なんとかならないものだろうか。
(つづく)