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【小説】漢字小説『愛(マナ)』第六話『嗜(アジ)』読了時間15分
第六話『嗜(アジ)』
ボクが暮らしているのは埼玉県越谷市の民家だ。姉妹の談話に、ボクが話題をふりながら、越谷レイクタウンに到着した。越谷レイクタウンは、埼玉有数の大型ショッピングモールだ。
黄色いアヒルの像が入口で歓迎してくれた。マスコットキャラクターのようだ。エスカレーターに乗り、踊り場的スペースから自動ドアで館内に入った。
「なに食べよっか? 中華、イタリアン、和食、海鮮、いろいろあるけど」
リーフレットを広げてたずねる。光と雪舞はリーフレットを手にとらなかった。
「和食がいい」光が即答する。
「そこにしよっか」
かよいなれた通学路を歩くかのように、館内の迷宮を戸惑うことなく進む。ふたりはキョロキョロと物色をしながら、時々小走りをしてボクの後を追っていた。
和食料理の店にやってきた。天ぷらをメインにしている、格式高そうな内装をした大衆店だった。お昼時なので先客が数名いた。
機嫌が悪くなるまでは待たなかったが、その間、光が提案した「部首、山手線ゲーム」をして盛りあがった。
ルールは漢字の部首を順番に言って、リズムに乗れなかったり、誤答したら負け。最後のひとりまで勝ち残った人が、優勝というものだった。ボクの提案でビリは優勝者に料理をおごることになった。
「部首、山手線ゲーム! イェーイ。パッパッ、さんずい」ボクの次は光。
パッパッ、にんべん。光の次は雪舞。
パッパッ、ぎょうにんべん。
無難な部首をみんなが言って、二周目に突入。
「パッパッ、くさかんむり」
パッパッ、あめかんむり。
パッパッ、うかんむり。
二周目は、かんむりシリーズで三周目に到達。
「パッパッ、こざとへん」「パッパッ、のぎへん」「おおざと」「あなかんむり」「きへん」「しめすへん」「ころもへん」「まだれ」「しんにょう」「えんにょう」「そうにょう」「ごんべん」「りっとう」「りっしんべん」「したごころ」「のぶん」「ふるとり」「うおへん」「……ありまへん」
ゲームが中断した。ビリが決まった。ビリは、ボクだった。
ありまへん、だって、雪舞がボクの発言を小馬鹿にしてツボに入る。先客や後ろに並んでいる客はにぎにぎしたわたしたちに耳をかたむけたり、視線を向けたりしていた。
「部首、山手線ゲーム! イェーイ」
ボクを抜いて優勝者を決める決勝戦がおこなわれた。光からのスタートだ。ボクの提案で、さっき出たのもアウトになる、というルールを追加した。
パッパッ、うしへん、と光。
パッパッ、くちへん、と雪舞。
パッパッ、おうへん。ふたりに減ったから考える時間が短い。
「がんだれ」「にくづき」「れっか」「くにがまえ」「ほこがまえ」「したみず」「もんがまえ」「さとへん」「てへん」「けものへん」「めへん」「なべぶた」「いとへん」「おのづくり」「おおがい」「かねへん」「あやへん」「うまへん」「たけかんむり」「おんなへん」「にすい」「にてんしんにょう」「あみがしら」「とりへん」「くるまへん」ふたりはとめどなく流れる滝のように、部首を口から吐きつづけたが、店員に「清川様」と言われ中断した。
四人席に案内され、男女にわかれて座った。水とおしぼり、箸があらかじめ用意されている。
「山手線ゲームの優勝はわたしと雪舞のふたりにしません?」
「決定!」と雪舞が賛同する。
「と、いうことは、ボクがふたりをおごるということですか」
そう! と雪舞。
「男は女をあがめる種族です。最近は割り勘の傾向があるみたいですが、ここは男らしくおごりましょうよ」
「おごります」
きっぱり言った。男に二言はない、ということにしておこう。やったね、姉妹のハイタッチが店内に響いた。
「じゃあ、とびっきり高価なのを頼もうかな」と雪舞が嬉しそうに高い声をだす。
「では、わたしも」
光が店員を呼びとめた。
ご注文をうけたまわります。
「秘伝のタレでいただく天丼、並」と光。
「わたしも同じのを」と雪舞。
「抹茶塩でいただく天丼、並」とボク。
店員が確認をとってから、間違いがないことを伝えると、厨房へ消えていった。
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