仏教界の重鎮と宇宙人弟子(前編)

介護施設での一日が始まる。

今日は、入浴介助の日。

一日中お風呂場を出たり入ったり、服を着せたり脱がしたり。

今日の相棒は宇宙人Mさん。


Mさんは、業務開始直前まで「昨日見たちょっと頭のおかしい人」の真似を5分以上やり、完全に私のやる気スイッチをオフにした。

しかし、今日はラスボスをお風呂に入れる日なのだ!

私がひそかに仏教界の重鎮と呼んでいるあの松田さん(仮名)だ。

西太后のような、極妻のような、ヤマタノオロチのような・・・そんな恐怖政治を行っているおばあさん、それが松田さん。

何人ものスタッフを土下座させ、杖で威嚇し、他の入居者への見せしめにしている女王様のようなおばあさん、それが松田さん。

ニッポンの超古常識に囚われている人からすると、きっと松田さんは勝ち組の人であり、崇めるべき人なのだろう。

ですが、Mさんと私はペポピポ星から来た宇宙人(多分)

いくら松田さんが東京の一等地に住んでいたと言っても、お子さんが東大卒の偉い議員さんでも、「私の親族は息子をはじめとして影響力あるんよ・・・警視庁や弁護士なんかもよう知った人がおるよ。そこらへんよう分かっとろう?」とニラミをきかせても、私たちにはそのすごさがよく分からないのだ。

入浴業務が開始となる。

高齢者ってなんでお風呂に入るのを嫌がるのだろう?

面倒がる人が多い。

私とMさんは、次々におばあさん達を言葉巧みにお風呂に連れ込み、洗い、クリームを塗りたくり、爪切りをした。

みな入浴後は赤いほっぺで、「ありがとね、さっぱりしたよ」と晴れ晴れとした顔をしている。

松田さんの番になった。

松田さんをお風呂場に案内する。松田さんは手足が不自由なので、機械で操作するタイプのお風呂。

宇宙人:「松田さん、今からお風呂です。お手伝いしますから入りましょう」

松田:「何を言うてるんかいな?私は家で毎日入ってます!神に誓うて。おてんと様が見とるよ?ご先祖様が見とるよ?バチが下りますよ?後ろを見てみぃや?ほれ!」

自信満々な松田さんのお説教は、まるで仏教界に君臨する重鎮のよう。

博多弁と関西弁が混じったようなお公家風イントネーションで、師匠感が際立っている。

重鎮から叱られる、マヌケな宇宙人弟子2名。

しかし、私たちは松田さんが終わったら、掃除をし、パソコンに記録を入力し、申し送り事項を入力し・・・悪いけど、忙しいのだ!!弟子は自分達の休憩時間をけずって仕事をしているのだ。

宇宙人:「腕を上げて下さい。松田さん、立てますか?はい、ズボンを下ろしました。松田さん、このお風呂用の椅子に座ってください」

松田さんは素直に腕を上げたり、掴まり立ちをしながら

松田:「だ・か・ら!後ろ見てみぃや?あなた方!バチが当たりますよ!」

宇宙人:「はい、見ました」

松田:「後ろを見てみぃ!」

(見たって言ってるのに…)

宇宙人:「それでは髪の毛を洗いますので、下を向きましょう」

松田:「後ろを見てみぃ!」

(だから見たって言ってるのに…)

宇宙人:「背中を流しますね、少し前かがみになりましょう」

松田:「後ろを見てみぃ!」

(何?この人。しつこいな。見たってば)

宇宙人:「ええ、見ましたよ。足の裏を洗います、くすぐったいのをちょっと我慢です」

松田:「後ろを見てみぃ!」

宇宙人:「この椅子のまま浴槽に入りますね、しっかり掴まりましょう」

グワァーーーン!椅子が動いて浴槽にチャピ!と松田さんが浸かる。

松田:「後ろを見てみぃ!」

このチャピ!とお風呂に浸かるおばあさんは可愛く見える。松田さんも。

松田:「後ろを見てみぃ!」

宇宙人:「このままあったまって下さいね、離れたところにおります」

松田:「・・・後ろを見てみぃ!・・・」

お湯に浸かった松田さんは目を閉じた。
































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