坂本博之氏 第44代日本ライト級及び第30代東洋太平洋ライト級チャンピオン
「不動心」「不撓不屈」の精神を掲げ、強靭なメンタリティを武器に、群雄割拠のプロボクシング界ライト級戦線を戦い抜いたボクサーがいる。第44代日本ライト級及び第30代東洋太平洋ライト級チャンピオン・「坂本博之」氏である。
元WBA世界ライト級王者・畑山隆則氏や元日本ジュニアウェルター及びライト級王者リック吉村氏らとのボクシング史上に残る歴戦を戦った「平成のあしたのジョー」と呼ばれたボクサーだ。
虐待・貧困・栄養失調・・・児童養護施設へ
Q1.坂本さんの幼少期について教えていただけますか?
A:6歳の時に両親が離婚し、弟と一緒にあちこちの親戚宅に預けられて養育されました。その先々では、顔の形が変わるほど殴られる身体的虐待、十分な食事を与えてもらえないネグレクト(育児放棄)、トイレを使用させてもらえない精神的虐待などのありとあらゆる凄惨な虐待を受けました。
Q2.虐待を受ける中、生きていくための糧はどのように得ていたのですか?
A:ありつけた食事といったら、学校で与えられる給食1食しかなく、学校のない土曜日と日曜日は食事にありつけなかったんです。常に腹を空かせていましたので、川でザリガニ・野原でトカゲを捕まえてそれらを火であぶって食べることで、飢えを凌いでいました。時には、空腹に耐えきれず、食べ物を盗んでしまったこともありました。
それでも育ち盛りの子どもにとって十分な栄養摂取はできず、ある日、弟が栄養失調による衰弱で倒れてしまったんです。これをきっかけに虐待が発覚し、私と弟は、福岡県福岡市東区にある児童養護施設「和白青松園」に保護されました。
Q3.児童養護施設での生活はどうでしたか?
A:みんなに優しく接してもらえました。それに3食の食事を与えてもらうことができたことも本当にありがたかったですね。施設に救ってもらえなかったら、生きていけたかどうかも分からない状況でしたから、心から感謝しています。
ボクシングとの出会いは施設で見たテレビの中
Q4.ボクシングとの出会いは、なにがきっかけだったのですか?
A:施設で過ごしていたある日、テレビでボクシングの試合を見る機会があったんです。スポットライトを浴びながら華々しいリングの上で、勇ましく戦うボクサーの雄姿を見て、私自身もプロボクサーになりたいと思うようになりました!
平成のあしたのジョー「坂本博之」選手
Q4.坂本さんの現役時代は、ハードパンチによる高いKO率を誇り、数々の激戦を繰り広げましたね?
A:素晴らしいファイターたちと戦うことができて光栄でした。
私は、前へ出るインファイタースタイルだったので、現役中はケガも多かったですが・・・。選手生命を完全燃焼した形で引退することができたので、まったく悔いはありません。
坂本氏の現在の取り組み
坂本氏は現在、東京都荒川区西日暮里にあるSRS BOXING GYMの会長として、後進選手の育成に努めている。また、「こころの青空基金」を設立し、ボクシングセッションを通して児童養護施設の子ども達に夢を持つことの大切さを伝える活動を続けている。坂本氏のボクサー時代に培った熱き魂は、現役時代と変わらぬ熱を帯びたまま今も燃え続けているのである。
あるクリスマスの日、私は、坂本氏のボクシングセッション活動を取材するため、埼玉県某市にある児童養護施設へ同行した。
ボクシングセッションでは、シャドーやミット打ちなどを通してボクシングの楽しさに触れながら、子ども達とコミュニケーションを取り合った。
坂本氏は、常に子ども達と同じ高さの目線で接し、「自分の夢を大きな声で言ってみよう!!」「イヤな気持ちや悔しさをパンチに込めて打つんだ!!」と言いながら、子ども達の不慣れで可愛らしいパンチを受けていた。
子どもたちは、出会って間もない坂本氏のことを「さかもっちゃん」と親しみを込めて呼び、思い思いの言葉を発しながらパンチを打ち込んだ。
坂本氏は、セッションの中で「ボクシングで大切なのは力をつけることでなく、力をどのようにコントロールするかだ!」「力をつけるのも大切だけど、その力を何のために使うかが強さなのだ。」と説いていた。
子どもたちは、真剣な眼差しで聞きながらボクシングを楽しんでいた。
このようなボクシングセッション活動を全国の児童養護施設にて年間約100件行っている。
強さというと腕力や技術を想像しがちであるが、坂本氏が伝えたかった強さは大切な人や守るべき存在のために力を尽くすことだった。
人は、誰しもが強くなりたいと願うだろう。あるいは、気高さと誇りを胸に、自分に与えられたミッションのために人事を尽くしたいと思うかもしれない。
たとえそう思ったとしても、果たしてどれだけの人が自他ともに認める強さを纏い、自分の生き方を貫くことができるだろうか?
坂本氏は、なぜ自分で掲げた信念を曲げずに歩むことができているのか?
その答えは、坂本氏の座右の銘である「不動心」という言葉に託されている。
強さで裏付けられた優しさによって子どもたちを包み込むことができるのは、坂本氏の幼少期に体験した辛い思いやボクサーとして難敵と戦う中で練り上げられた「不動心」があるからだ。
児童養護施設で過ごした幼き日の坂本氏が、心の中に思い描いたヒーロー像は、現在の坂本氏自身の姿と重なるのではないだろうか?
坂本氏の熱き魂を全国の児童養護施設にいる子ども達が受け継ぎ、それぞれの人生を力強く歩んでいってほしい!!