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瞬 ~トランスジェンダーマルチタレント~


 MTF(male to female)、トランス=移行という意味だけど変異したわけではない。産まれたときからfemailであったはずが、矛盾や葛藤、周囲の人たちからの偏見により生きづらさを感じたときも。昨日より今日、今日より明日が幸せになれると信じて歩んできた道のりを語る。


WHO・・・


Q1.瞬さんは、現在どのようなお仕事をされているのですか?

A:資生堂さんや西村宏堂さんのメイクショーのモデルをしたり、イベントMC・ラジオパーソナリティ・講演会の講師、映画「ミッドナイトスワン」におけるトランスジェンダー指導をはじめとしたLGBTQを伝える活動をしております。

Q2.瞬さんのアイデンティティについてもお聞かせいただけますか?

A:私は、MTF(male to female)です。

「元男性」という表現を用いられている場合もありますが、個人的には正しい表現とは思っていません。正式には、「トランスジェンダー女性」という表現もありますが、幼少期から女性として性自認してきました。

なので、男性が女性になったとか変化したという意識はないんです。

Q3.セクシュアルマイノリティについてを「LGBTQ」と一括りに呼ばれていますが、一つひとつの意味を考えてみると、違いがありますよね?L・G・B=「性対象」についての言葉であり、T=「性自認」に関することなので、同じ羅列に並ぶことには違和感があるのですが、瞬さんはどのようにお考えですか?

A:たしかにセクシュアルマイノリティの中でも、内容は異なりますね。

でも、LGBTQというのは、それぞれの頭文字をとって分かりやすく表現しているので、世間への認知度を高めることを目的としたら、同じ並びでも良いかと思います。

talkin to myself

Q4. 瞬さんは、いつも笑顔でお話が上手な印象を受けますが、ご自身のパーソナリティについてどのように思われますか?

A:普段、接客業をしているときは、笑顔で明るく人振舞っているので分かりづらいかもしれませんが、こう見えて?どう見えているか分かりませんが、自己肯定感は低いです。

幼少期からずっと、周囲の人たちから「男性だ」というマインドをかけられてきたことにより、心の中にあった太陽が陰っていきました。

Q5.マインドをかけられる・・・ですか?

A:はい。直接的な言葉を浴びることもありましたが、「男なんだから男らしくしなくてはいけない」という風潮に従わざる負えない状況にあったことが起因しているかと思います。本当は女の子なのに自分らしくいられないということが苦しかったです。


Q6.本来の自分と周囲の理解とのあいだで生じる相違に苦しまれたのですね。逆に、自己肯定感の高いLGBTQ当事者のかたっていますか?

A:根っからの「陽」って人はお会いしたことないかもしれません。ただ、紆余曲折いろんな道を通り、

そのなかで苦難に遭いながら「自己肯定感」を高めていったという人はいます。

LGBTQ当事者のみんなが、それと同じようにできる訳ではないので、苦しみの中から抜け出せない人たちも多くいるかと思います。

Q7.テレビに出ているLGBTQのタレントさんたちを見ていると、個性的で面白いな~と思う反面、視聴者受けするキャラクターを演じたり、アイデンティティをイジられて笑いを取るのは、辛くならないかと心配に思うときもあります。実際は、どうなのでしょうか?

A:そうですね。アイデンティティを笑いに変えるのは、非常にリスクが高いことだと思います。

例えば、トランスジェンダー女性のタレントさんに「お前、男だろ!」と言い放ったり、性移行前の名前で呼ぶシーンを見たことがあります。本人は傷ついているかもしれませんが、場の空気を冷めないようにするために笑いに変えて済まそうとしていたのかもしれません。

無論、本人はそこまで気にしていないかもしれませんが、それを見た視聴者がそういうイジリをして良いものと理解してしまっても困ってしまいますね。

Q8.瞬さんが、ご自身の性別への違和感を感じたときについて教えていただけますか?

A:小学4年生のときに、長めだった髪を床屋さんで耳が見えるくらいの短髪に切られたときにすごく不快感があったんです。恋愛対象が男性だったことをきっかけに、性別への違和感を感じ始めました。

Q9.恋愛対象が同性ということは、ゲイであるとは思わなかったんですか?

A:私は女の子として生きてきたので、同性愛とは思っていませんでした。でも、当時は、トランスジェンダーという言葉すら知らなかったので、自分が何なのかも分からずに生きていました。

Unite

Q10.自分が何なのか分からない・・・それが、分かったのはいつですか?

A:高校1年生のときに、金八先生を見たときです。

ドラマのなかで、上戸彩さんがトランスジェンダー男性役を演じていたのを見て、「これだ!!」と、自身のアイデンティティと合致したんです。

Q11.ご自身のアイデンティティを理解したことで、なにか変化はありましたか?

A:自分自身はなにも変わりませんでした。
ただ、周囲との感覚の違いは大きくなっていくように感じました。

自分自身を女の子と自認していましたが・・・実生活では、制服の学ランを着たり、なるべく男性的な振る舞いをするように演じていました。それでも、周りの人からしたら違和感があったらしく、いじめを受けました。

いじめは本当にツラかったですが、傷つくことに慣れたらツラささえも感じなくなるかな・・・なんて考えながら過ごしていました。やがて不登校になり、高校を退学し・・・その後は、通信制の高校へ通うようになったので制服という呪縛からは解かれました。

I am・・・

Q12.女性として生きていながら、完全に女性として生活できていた訳ではなかったのですね?

A:はい。そうです。

「性移行」できたのは、ある男性への恋がきっかけでした。

16歳のとき、ある男性に恋心を抱いたんですね。その人とは、元々友人関係も築いていたのですけど、好きという気持ちが溢れて告白することを決したんです。

ところが、その告白する直前に親の指示で伸ばしていた髪の毛を切ることになり、世間が言う男の子っぽい容姿のまま思いを伝えることになったんです。

思いを告げられた彼は真剣に考えてくれた挙句、「付き合えない。女だと言われても男としか思えない。」という内容のメールを返してきました。

傷心した私は、悲しさに耐え切れず「自分の心は女性なの」と、母にカミングアウトしました。


Real me

Q13.失恋が、カミングアウトのきっかけとなったんですね?

A:はい。それと同時に、心身ともに「性移行」しようと決心するきっかけにもなりました。

Q14.性移行についても教えていただけますか?

A:ある日、男友達とあるアパレルショップに行ったんです。

 男友達が、パートナーの女性へのプレゼントを買いに行くためでした。

そのときの私は、髪を伸ばし始め、100円ショップで買った化粧品で化粧を施し、可能な限りユニセックスな服装をしていました。

 それまでは、親の意向に従ってメンズ用の服装を着させられていましたが、その日はレディースの服に手を伸ばしてみようと思っていたんです。

 オドオドしながら女性用の服を見ていると、店員さんが屈託ない自然な表情で「着てみたら??」と言ってくれたんです。その言葉に押されて、フィッティングルームで試着してみました。

それでも、世間では男性として扱われている私が、「レディースの服を着たら変人に見られるのではないだろうか・・・」「好奇の目にさらされるのでは・・・」そんな不安がよぎりました。

 しかし、いざ試着してみたら、その店員さんと友人が「似合ってるよ!!」と褒めてくれたんです。しかも、高校生の私には手の届かない金額ということを察して、プレゼントしてくれたんです。

 そのことがきっかけとなって、女性として生きていって良いんだって思うようになれました。


Q15.性移行していくにつれ、心境の変化もありましたか?

A:夢を具体的に描くようになっていきました。

安室奈美恵さんや浜崎あゆみさんが大好きなので、歌ったり踊ることのできるアーティストになりたいという夢をもつようになりました。

実際にオーディションを受けたりもしたんですけど、全然受かりませんでした。

残念な気持ちになりましたけど、落ちるたびに安心感もありました。私が、本当にアーティストになろうものなら、親は恥ずかしい思いをしかねないと思ったからです。

Q16.学校を卒業した後は、どのようにお過ごしになられていたんですか?

A:私が、トランスジェンダーであることを受け入れてくれた職場で働いていました。レストランや介護施設の厨房などでしたね。セクシュアルマイノリティへの認知度が途上な世の中でも、差別せず理解してくれた方々もいたんです。

Trauma

Q17.そうだったんですね。差別されるような実体験もありましたか?

A:ありましたよ・・・。

ある日、電車に乗っていたら、目の前の座席に親子が座っていたんですね。

すると、母親が子どもにヒソヒソ声でなにかを話したんです。そうしたら、その子は私のほうを一瞥して嘲笑う表情を浮かべたんです。きっと、その母親が私のことを侮蔑するようなことを吹き込んだのでしょうね・・・。

私は、子どもを授かれない身体なのに、子をもつ親がそんな差別的な発言(態度)をするなんて信じられないと同時に、とても悲しい気持ちになりました。

Q18.そうして間違った考えを子どもが受け継いでいってしまわないか心配です!
その母親が、無知だったのか差別主義者なのかは分かりませんが、人のことを悪く捉えることしかできない人物っているのでしょうね?

A:親子といっても別人格なので、意外としっかりした冷静な判断のできる子に育つかもしれませんが・・・。

悲しいことですが、差別主義的な人は、いるでしょうね。レインボープライドやこの記事もそのような人に触れて頂きたいですね・・・もしかしたら、そういう人は知識とかの問題ではなく、人のことを悪く言いたいだけの人なのかもしれませんね。
他にも、渋谷センター街を歩いていたら、「お前、男だろ!?」と大声で叫ばれたり・・・イヤなこともたくさんありました。

evolution

Q19.そのようなイヤなことをどのように乗り越えていったのですか?

A:東京レインボープライドの広告モデルに起用されたのが起点となりましたね。

そのイベントまでは、LGBTQ当事者との交流を避けてきたところがあるんです・・・傷の舐め合いをしたくないというか、同じような人たちと集うことによって閉鎖的な世界に迷い込んでしまうのではないかという恐怖があったのかもしれません。

けど、モデルになるのも夢の1つだったので、思い切って一歩踏み出してみたんです。

OUT IN JAPAN(認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ主催、LGBTQのポートレート撮影を行うカミングアウト・フォト・プロジェクト)にも出させていただき、当事者同士の横の繋がりを築くことができました。

Q20.当事者との関わり合いを避けてきたはずが、繋がりをもつことで前に進む力へを得たんですねご家族さまは、世間体を気にされていたとのことですが、現在も同様ですか?

A:徐々に理解してくれるようにはなってきていますが、まだまだ理解し合えていないところもありますね。

いつの日か「私がカラダも女の子として産まれてきていたら、なんていう名前をつけてたかな?」と聞いてみたいです。

Q21.瞬さんの思う幸せの在り方ってなんですか?

A:イヤなことがあったから幸せじゃないということではなく、日々の積み重ねのなかで幸せを発見し、過去にあった出来事をすべてプラスに転じるようにしています。

今日が最高の1日であり、昨日より今日、今日より明日って、幸福度が上昇していくのが、私の幸せの在り方です。なので、人生のなかで今が1番幸せです。

A song for・・・

Q22.人は、自分の知らないことに対して偏見をもつこともあるし、悪意がないと言いながら差別をする人もいます。問題なのは、違いがあることや知らないことでなく、その違いを受け入れようともせずに自分の狭く偏った価値観で裁いてしまうことだと思います。瞬さんもいろんなご経験から幸せの在り方を築き上げていったとのことですが、今後どのように生きていきたいですか?

A:セクシュアルマイノリティということを問いただされることなく、埋没(世の中に自然な状態で溶け込むことの表現)していたい気持ちもありますが、世の中はまだまだそのような状況にありません。セクシュアルマイノリティへの関心や認知度が高まると同時に理解も深まってきた兆しがある中で生活できていますが、これは、勇気を振り絞って権利を主張し、傷付きながらも歩んできたLGBTQの先輩方の恩恵によるものです。

しかし、まだまだLGBTQ当事者がありのままの自然な姿(あるいは状態)で生きていくための過渡期にあります。未来のLGBTQの人たちのためにも、当事者・非当事者の枠を超えて、みんなで手を取り合って歩んでいきたいです。

ありのままの自分でいることができて、大切な人に思いを伝えることができる、そんな愛に満たされる日々に感謝しつつ。



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