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村上有香氏(楽亭ゆかしー)~ダウン症のあるアマチュア落語家~(後編)



Q:個性や才能を伸ばすきっかけとなったことはありますか?

(母):保育園年少の2月に「字、字、ねんね。みんなおやすみ。」と色鉛筆に語りかけながら蓋を閉めるのを見た時にユニークだな…と思いました。年長の8月にセーラー襟を引っ張りながら「これは首の葉っぱ?」と呟くのを聞いた時には思わず笑いました。
 その後数年間、有香がたまに発するユニークな言葉に『独特の感性があるな!』と思いつつも、その引き出し方は分かりませんでした。
4年生の5月、偶然見たテレビ番組で、小学校の先生が「子どもには、例えば『冷蔵庫』のような、身近な物をタイトルとして与えると、とても面白い文章を書きます。」と話されるのを見ました。私は『これだ!』と思い、有香が大好きな孝ちゃん(ピアノの先生の愛玩犬)について「どう思う?」と尋ねると、孝ちゃんへの思いが「たまにほえる ワンワンワンワンワン ピンポンならすと ワンワンワンワン・・・」と、リズミカルな言葉になり口から溢れ出してきました。出来事を羅列するだけの日記とはまるで別人で、私は大きな衝撃を受けました。
 その日から、詩を書き始め、NHKハート展に入選したことが有香に大きな自信を与え、転機となりました。小学校を卒業する頃には、詩集の出版が私の夢となり、商業出版に向けての活動を始めました。

NHKハート展(2010年4月)

Q:もし、有香さんがダウン症ではなかったら、どのような養育をしていたでしょうか?

(母):夫が舅から引き継いだ事務所の3代目にするために、必死に勉強させていたと思います。

Q:有香さんは、現在どのようなお仕事をされているのですか?

(有):デイサービスで清掃とカウンター業務をしています。制服たたみ、お茶出し、おしぼり・おやつなどの準備です。
 職場の人たちにも恵まれ、私がテレビに出演する時には一緒に見てくれるんです。私が活躍することを喜んでくれています。

Q:有香さんは、どんな時が幸せですか?

(有):お酒を飲みながらお父さんにひっついている時が幸せです。
それと、お母さんとそっくりなのも幸せです。後ろ姿なんて見分けがつかないくらいです。
(母):年頃の娘が、「父親にひっついて幸せ。」って、とても嬉しいことですよね。父親は有香にメロメロで、癒されると言っています。

20歳を迎えたとき

Q:お話していると、有香さんの心温かい優しさが伝わってきます。その優しさが分かるようなエピソードを教えていただけますか?

(母):私が怒ると「お母さんは愛があるから怒るんでしょう?私は愛があっても怒れない。」と言います。
 祖母(父方)との食事中のエピソードですが、物忘れが激しくなった祖母から「これは何?」と何回聞かれても、その度に「おばあちゃん、なすびだよ。」と優しく答えていました。私ならイライラを抑えるのに必死でしょうが、有香は何度でも初めて聞いたかのように優しく答えていました。
 私の母は晩年、「有香ちゃんはとっても明るくて私に光を与えてくれました。有香ちゃんのお陰で生きる望みが湧き本当に嬉しい。」と心から喜んでくれていました。

詩吟教室にて祖母2人と一緒に(2012年11月)

Q:人によって「普通」の定義も異なるかと思いますが、有香さんたちにとっての「普通」とは、どのようなことですか?

(母): 有香が生まれる前は、健常者中心の社会で生きているのが『普通』でした。今はダウン症のある有香が中心の暮らしが『普通』です。
 一日の終わりに家族で食卓を囲み、有香の明るい笑い声が家中に響き渡る毎日が当たり前ではなく、感謝でいっぱいです。
 人からは苦労があるように見えるかもしれませんが、私たちにとっては、現在の暮らしがいたって『普通』の毎日です。

Q:今後は、どのようなことに取り組んでいきたいですか?

(母):現在、楽亭ゆかしーという名前で落語に取り組んでいます。笑い教育家の笑ってみ亭じゅげむさんから指導を受けながら日々楽しんでいます。私が台本を書き、有香が演じる創作落語を通して、ダウン症のある人も私たちと同じ感情を持ち、ごく普通に楽しく暮らしていることを伝えていきたいと思っています。
(有):もっと落語の腕を磨いて、世界中のみんなを笑わせたいです。「障害があっても頑張っているんだよ。」と知ってもらいたいです。

第65回大阪知的障害者福祉大会 (2024年9月)
笑ってみ亭じゅげむさん(左)と一緒に(2024年7月)

Q:有香さんたちにとっての「幸せとはなにか?」について教えていただけますか?

(母):私たちは小さなことで大きく喜べるから幸せです。また、他者との競争にさらされないので、将来を気にし過ぎることなく、やりたいこと・好きなことに没頭できることも幸せです。

中学部3年生の時に書いた詩

高齢者のデイサービスに就労し5年目の現在、「100歳まで働きたい。」と言います。有香の職場が先日、『障がい者雇用フェスタひょうご2024』において表彰されました。良い職場に恵まれ本当に幸せです。
 また、「死ぬまでしゃべり続けたい。落語でスケジュールを埋め尽くしたい。」と言います。打ち込めるものが見つかり幸せです。
(有):両親と普通に暮らしていることが私にとっての幸せです。

書店に置かれた自身の著書を発見したとき(2020年11月)

Q:最後に、愛情を伝える時や幸せを感じてもらうために大切なことを教えていただけますか?

日本ダウン症会議・日本ダウン症学会学術集会の市民公開講座にて(2023年11月)

(母):仕事から帰宅した有香に「お帰り。ご苦労様。」と言いながらハグすると、必ず「悪いけどもう一回言ってくれる?」とか「他に言うことないの?」とか「もっと盛大に!」などと言います。私は有香が満足するまで、「ご苦労様。お父さんとお母さんのために働いてくれて有難う。助かるわ。」と繰り返します。
 『一回言ったから良い』とか、『言わなくても分かる』ではなく、有香が満足できる量の言葉を与えることが大切と感じています。私がこれぐらいで十分と思う量と、有香が満足する量は全く違います。
 また、「有香ちゃんがいるから幸せ。」「有香ちゃんのお陰で〇〇さんと知り合えて幸せ。」など具体的な言葉で『お父さんとお母さんのところに生まれてくれて有難う』という気持ちを伝えるようにしています。
 ダウン症のある人たちは人の心を見抜く能力に長けているので、口先だけの言葉は通用しません。心からの嘘がない言葉が大切です。親からの愛情を十分に感じることが自信につながり、自立に向かうように感じています。
 『夢を見るから、人生は輝く』
 これはモーツアルトの言葉です。大切なのは子どもが夢を持ったら、叶う叶わないに関わらず、力の限り応援することだと思っています。

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