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kissの多い日がつづく(短編小説)
最初、放送事故かと思った。
『今日から明日にかけてkissがぱらつくでしょう』
天気予報をつけたままコーヒーを飲んでいた僕はそれを聞いてこぼしそうになった。
画面ではいつもの天気予報士が大真面目に解説していた。
『明日から週末にかけてkissの多い日がつづくでしょう』
だいたい今年は全国的に平年よりkissが多いんだそうだ。知らなかった。
今後、急激な変化に要注意とのこと。
朝食を食べながら『1時間ごとのkissの移り変わり』を観ていて、特に感想を持たなかった。
TVを消す。ただ仕事に行って帰るだけだ。いつもと変わらない今日。どんよりと曇った朝。
着ていくスーツを選ぶのに少し時間がかかった。
kissのことを考えないわけじゃなかった。
kissの多い日がつづくって言われてもな……
玄関で靴を履く。
何か忘れ物をしそうな朝だ。
駅までの道を歩く。この空、肝心の天気予報は当たっているんだろうか。
ふかくにも心はkissでいっぱい。
大事な会議のある日。先月の数字も悪い。
「にやついちゃって、いいことでもあったんですか?」
すれ違いざまの奥さまにそう言われた気がして振り返る。べつに気のせい。
遠くにいるのら猫が僕を見てあくびしてから顔を洗う仕草をした。
kissがぱらつくんだろか。
ホームにて、後ろに並ぶサラリーマンがスマホをみながら「あーもー天気予報変わってるよー、もー」とぶーたれる。
kissはどうなのか
すごく気になる。
みんなよく平気でいられるな。
僕はちゃんと働く男の締まった顔を作れているか自信が持てなくなる。
乗車率の高い車内。
ドアの上のビジョンにも最新のkiss概況が流れている。
みんないつも通り黙って揺られている。
会社にはいつもより早く着いた。
同僚たちはいつもと変わらない様子。
終業まで頑張る。ぜんぜん捗らなかった。
kissのせいだ。
帰る支度。誰からも飲みに誘われない。
もちろんまっすぐ帰る。まさか信じてない。
まさかね。
帰宅。
暗い部屋の明かりをつける。
夕ご飯。肉を焼いて、ワインを飲む。
TVをつけると天気予報。
例の天気予報士が他の出演者から「また外した」となじられている。
「いや〜、すいません、次のkissはぜったい当てますんで」
「で、明日の天気はどうなんですか」
「ずばり雨です」
kissちゃうんかい。
やっぱり猫が一番正確だな。
僕はTVを消してから、しっかり肉を噛んで食べた。
終