早朝バズーカみたいな小説
まさか昨夜読みかけで伏せたままにして寝た小説に起こされるとは思わなかった。
隣で寝ていた妻と一緒にベッドの上で飛び起きた。
床には小説がぶっ放したと思わる活字がバラバラに散らばっている。まるでコーシーの論文みたいにそれは、新しい言語を作り出しすぎていた。
短編小説で良かった。もしも長編小説だったらこんなもんじゃ済まなかっただろう。
「あなた、ちょっと見て」
部屋の隅で抜け殻のようになっていた小説本体を妻が拾い上げて言った。
中はどのページも悟り澄ましたかのように真っ白だ。やはりぶっ放したようだ。
時計を見る、まだ四時だ。
早朝はやめてくれよな。
そこで家の電話が突然けたたましくなった。
受話器が踊っている様を初めて見た。
こんな時間の家電なんて普段は出ないのだが、この場合なんか出ておいた良さそうな気がして受話器を取った。
「もしもし」
そんな僕を妻が横で不安そうに見ている。
相手は何も話さない。
「もしもし」
よく聞くと向こう側でカチカチというタイマー音が聞こえる。
「もしもし、どちら様ですか」
これでも無言なら切ろうと思った。
そしたらとんでもない音が返ってきた。
ブブー。
まるでクイズ番組の不正解みたいな音。
そしてその後に会場のお客様らしき人らの「あー」という残念がる声みたいなのが聞けこえた。
新手の詐欺だろうか。斬新すぎて騙されそうもないが。
さらに、突然やたらと底抜けに明るい司会者みたいな男性の声が飛んできた。
「あー残念。問題はあなたが昨夜読みかけで寝た本のタイトルは?というものでした。もしも正解していたらペアで7泊8日のハワイ旅行を獲得だったんですが……」
そんなことよりもこんな電話を早朝から受ける方がよっぽど残念だ。
「失礼ですがなんていう番組ですが」
僕は後日に抗議も視野に入れながら一応尋ねた。
「はい、当番組はバズーカ小説クイズ24です。人気番組ですよ。ご存知ないんですか?毎週五億人は観てますけど」
まったく存じ上げない。
5億人の前で早朝からブブーと鳴らされたあとにどんな1日を送れというのか。
僕は電話を切った。
でもすぐにまた鳴った。
ずっと取らずにいたら妻が取った。
「ええ、おります。今本人に変わりますね」
妻が受話器をこちらに差し出す。
「担当編集のかたからよ」
僕は電話を代わった。
「もしもし、ずいぶん早いですね」
「何言ってるんですか。締め切りすぎてるんですから、早く本のタイトル決めてくださいよー」
「えっと……それクイズ?」
「違いますよ。ふざけないでくださいよ」
先方はすごく真剣に怒っている。申し訳ない。
ただ当惑している僕はさっきまで床に散らばっていた活字に目をやった。もうなかった。
「早朝バズーカ……」そこまで僕は言った。
「は?なんですかそれ?」
確かに僕は早朝バズーカのような飛び起きるくらいの衝撃度の小説が書きたかった。実はこの頃行き詰まっていて筆を折ろうかとさえ考えていた。
「あなた見てください」
妻が僕のパジャマの袖を引っ張った。
「ん?」
手に持っていたその小説が僕がまだ書いてない僕の本になっていた。
終