耳鼻科の3号(短編少年小説)
毎週、月・水・金は耳鼻科。
ネブライザーの前に座らせられて鼻に管をぶっさして臭い匂いの空気を入れられる。
ぼくの隣にはいつも3号。
「アー(やあ)」
「アー(やあ)」
3号はぼくとは保育園が別で教会のあるところで保育されているらしい。
ぼくは神社のあるところで保育されているから、育ち方も違うんだと思う。
でも、粘膜が弱いところはいっしょみたいだ。
ぼくと3号はこの耳鼻科のネブライザーの前でしか会うことはない。
ちなみにぼくは2号。
はじめて会ったときからそう呼び合う仲になった。
それは1号のおかげもあると思う。
1号は想像上の生き物。
1号はこの地球上でもっとも粘膜が弱いと思われる。
だからぼくは2番目。
「へーへー(ねえねえ)、砂時計ひっくり返しちゃおっか」とぼく。
砂時計は看護師さんがぼくらがあとどれくらいでネブライザーから解放されるか一目で分かるように置いていってくれるものだ。
「はめだお(だめだよ)、もう半分過ぎてるんだから、そんなことしたらもっと長くなっちゃうじゃん、これが」
3号は一度チューブを鼻から抜いてからぼくにそう言った。
3号の言うことはもっともだ。
ぼくもチューブをいったん抜いてからうなずく。
「ひゃー(じゃあ)、残りの時間なにする?」とぼく。
「うーん……なにしよっかぁ……」と3号。
「ひは(暇)だね」
「ひは(暇)だね」
「はのは(あのさ)3号、じびいんこう科のいんこうって何?」
「ほんあ(そんな)ことも知らないのかよ2号は」
「ふん(うん)、知らない。教えてよ」
「へお(エロ)のことだよ」
「なんだ、へお(エロ)か。聞いて損した」
ぼくと3号は意味もなくそこでハイタッチをした。
イエーイ。エロ、いっちょあがりー。
「とりあえずさ、これはずしてしゃべらない?」とぼくは提案してみる。
「そうだね」と3号。
ぼくらは誰も見ていないことを確認してから外す。
当たり前だけど外すとすごく話しやすい。
「そうだ、ひとつ聞いてもいい?」とこんどは3号がぼくに言った。
「いいよ」とぼく。
砂時計の中の砂がサラサラと音を立てながら落ちる。
そういえば砂時計の砂が途中でピタっと止まった瞬間をまだ一度も見たことがない。
何人かの友達は見たことがあると言ってた。
たぶん大人になるまでには一度は見れると思う。
「あのさ、ヘルスケアってなに?」
「あー、ヘルスケアね」
「知ってるの?2号」
「チョー知ってる」
「何のことなの?」
「エロだよ」
ぼくは指を1本立ててそう言った。
「なーんだ。エロかー。聞いて損した」
「だってみんな一生懸命ヘルスケアしてるだろ」
「まちがいなく、エロだ」
そこで砂時計の砂が全部落ちた。
それそろ看護師さんが様子を見に来る頃なので、ぼくと3号はもう一度チューブを鼻にさした。
しばらくして看護師さんがコツコツとした足音とともに現れた。
看護師さんは機械のスイッチを切ると、おりこうさんでしたみたいなことをぼくらに言って頭をなでて去った。
ぼくと3号はもう一度ハイタッチした。
イエーイ。おわりー。
そのあとの会計で待っている間に、ぼくらは待合室の本棚にある大人用雑誌を読んでみることにした。
雑誌を開いたぼくらはすぐに顔をみあわせ、そして声を合わせた。
「なんだー、エロかー。見て損した」
終