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フタがポリプロピレンのゴミ箱
「あら、ずいぶんゆっくりさんね」
平日なのにゆっくり起きてきた僕に妻がそう言った。
長い楕円形のコーヒーテーブルの上でリモートワークをしている妻。
「深海魚の夢がなかなか終わらなかったんだ」
僕は珍しく深い眠りを得た。
単に無職になった朝だからだ。
妻は口角だけあげて笑ってくれた。親切な妻だ。
「あと少しでリモート会議が始まるからくれぐれもその格好で映り込まないでね」
「ああ、うん」
トータルコーディネイトなんて言ったら笑われるかもしれないけど、僕はそんな感じの寝巻きで寝ていたことに起きてきてから気づいた。
だから深く寝れたのかもしれない。
妻のブラインドタッチのあまりのスピードの速さで完全に目が覚めた僕は、洗面所に赴き、新しい歯磨き粉で歯を磨くことにした。今日は職探しに行くのだ。
ラッピングを剥がしてそれを捨てようとしたら、なかった……、ゴミ箱が。
フタがポリプロピレンのゴミ箱が所定の位置になかったのだ。
あれ、おかしいな。
妻に迷惑をかけないように家の中をゴミ箱を探して歩き回る。
どこにもない。
ゴミ箱を探し回る時間ほど無駄なものってない。
でも忙しそうにリモートワークしている妻に、無職の僕が“ゴミ箱知らない?”なんていうQ1みたいなことは聞けない。
妻をチラ見して、そこでハッとした。
今更ながら気づいたのだ。
そういえばあのテーブル、おかしい……。
もともとうちのリビングにあったのは無垢材のモダンミニマリストコーヒーテーブルだったはずだ。
おやおや、まだ他にもあるぞ。
部屋の中の同じ動線を通るたびに何か異変に気づいた。
これはもしや、人気ゲームの『8番出口現象』が我が家に起こってしまったのでは……やばし。
もしも全ての異変に気づき終わったら、僕はこの家の出口から追い出されてしまう。
ワナワナ。
というわけで、おそるおそる妻に聞いてみた。
「あのさ、フタがポリプロピレンのゴミ箱知らない?」
「The project was a hopeless failure」
え?メガネを持ち上げながら“絶望的な失敗”とかおっしゃっている。
どうやら妻はもうリモート会議中のようだ。外資系の会社でもないのになんで英語なんだろう。
ハッ、もしやこれも異変のひとつか、ワナワナ。
僕がモジモジしていると妻が手元のポストイットにささっとメモして僕の目の前のテーブルの上に手を伸ばして貼り付けた。
『捨てた』
「……」
フタがポリプロピレンのゴミ箱をなぜ捨てたのだろう。
キョトンとしている僕に妻が口の動きだけで僕に言った。
『あなたを捨てるよりいいでしょ?』
オー、ノー。僕はたじろぐ。
そしてショックでふらつきながらそのまま8番出口ならぬ、玄関へ。
倒れるようにドアを開けて外へ。
あ、
そこにはポリプロピレンのフタの空いたゴミ箱がこちら向きに置いてあった。
ポストイットに妻の字でメモが。
『昨日までのあなたをここへ捨てるのよ。そうすればきっといい仕事が見つかるわ』
wanna wanna
終