恋多き彼女は今夜もブルー(短編小説)
「バニラアイスの上にバタースコッチソースをかけたみたいな恋がしたいわ」
恋多き彼女が僕にそう言った。
彼女はブルーな気分のときはいつもそんな感じのことを言った。
そして、特にブルーな気分のときなんかには僕といることが多かった。
「ずいぶんと甘い恋だね」
僕は思ったままを答えた。
恋多き彼女は月並みな答えしかできなかった僕をしばらく見つめた後でひとり寂しく笑った。
週末のバーカウンターはいっぱいだった。みんな夜を始めようとしていた。
「もっと飲む?」と言って君は、さー飲むぞーなポーズをした。
「そうだね」
僕は空のグラスを傾けて答えた。
恋多き彼女は多くの恋を失ってきた。
そのことを僕は知っていた。
だから今夜なぜ彼女が僕といるのかもわかっているつもりだった。
「同じ話を何度もしない女ってどう思う?」
恋多き彼女はグラスの中の酒を見つめながらそう言った。
僕に何かを求める感じが少しあった。
「いい女だと思うよ」
僕は思ったままを答えた。
「そうよ、そうなのよ。あたしっていい女なのよ。なのに……」
「いい女だと思うよ」
僕は恋多き彼女の横顔に向かってもう一度同じことを言った。
男って大事なことを繰り返し言うためにのみ存在しているような気がする。
内容よりも回数なんだと思う。
何度も何度も。
あとはひたすら聞く。頷きながらちゃんと。
寂しい生き物だな男は。
そして最終的には世の女性達にたくさん叱られるわけだから。
「そういえば、あなた、仕事は順調なの?」
恋多き彼女は何かを振り切るような感じで顔を振って、長い髪を手で後ろに流してからそう言って話を変えた。
「実は最近転職したんだ」と僕。
「あら、そうなの、知らなかった。どんな仕事なの?」
「うーん、まあ、平たく言えば革命家だよ」
「革命家?フフ、やりがいありそうね」
「うん、まあね」
「革命家って総じてロマンチストなものよ」
「たしかに革命家ってロマンチストじゃないと務まらないね」
「あなたにその素質ってあるかしら?」
そう言って恋多き彼女は今夜始めて笑った。
「素質はあると思うよ、まだ半人前だけど」
僕も笑い返す。
「あはは、半人前ね。……もしも、あなたが、一人前の革命家になったら……」
「なったら……?」
「あたしのいい人になれるかもしれないわよ」
「がんばるよ」
僕はそう言ってからビールを一口飲んだ。
恋多き彼女は今までたくさんの恋をした。
僕はそれを知っていた。
「いい女だよ、君は……」
僕は小さくつぶやいてみた。
『まずはコルセットでガチガチに締め付けられていた女性達の肉体を解放することから始めた』
と、ココ・シャネルは言った。
例えば、恋多き彼女が真の解放を手に入れる。そんな日がいつか来ればいいなと僕は思う。
終
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