すべてが初恋みたいに始まる 〜校庭の隅っこの新種〜(短編少年小説)
ぼくが最初、校庭の隅っこで彼を見つけたときは彼が新種だとは知らなかった。彼はぼくに自分が新種であることを教えてくれて、もしそれを公にすれば、ぼくはネットニュースに載るくらい有名な小学生になれるんだとも言った。
彼はずっと前から新種だったけど、誰も見つけてくれなかったし、誰も気にしてくれなかったと、少し怒っていた。もちろんぼくの持ってる図鑑に彼は載ってなかった。
「盲腸の下に虫みたいな虫垂ってあるだろ、遺残構造のやつな、なんのためにそれがあるかわかんないってやつ。そんな感じの生き物なんだよ。オレはね」
「遺残構造だけでてきた生き物なんだね」
「少し違うな、だがここにオレはいる」
「うん」
ぼくはとても興奮した。
この新しい事象を語るには新しい言葉がいったいいくつ必要だろうか。
彼はぼくの発見に対して「おめでとう」を言って、キューバ産の葉巻をくれた。ぼくはまだ葉巻は吸えないから、それは彼に返した。
彼は昔はずっと海で生きていて、そのあと空に移って、このごろは主に校庭の隅っこに順応できるようになったというその経緯を長めに話してくれた。
海は苦しかったし、空はもっと苦しかったんだそうだ。
キューバ産の葉巻の煙をぼくに吐きかけながら、彼は、さらに、最近『始まったことに』について話してくれた。
「その時はそうは思わなかったんだけどね」と、新種の彼は言った。
「うん」
「もうとりかえしがつかないなって思ったりしてね」
「うん」
「自分ってもんがしっかりとあるうちはだめなんだ」
「うん」
「死ぬまでは創造的に生きるべきだし、創造的に誰かと出会うべきだね」
「それって、物差しみたいなものあるの?自分がどれくらい創造的にできてるかってどうやって測るの?」
「そうさね……。まあ、自分から一番遠いものに対してどれだけ献身的でいられたかってことだろうよ」
「うん」
「ある日突然すべてが始まるんだ」
「すべてが始まるんだね」
「すべてが初恋みたいに始まる」
「うん」
「だから、ほら、オレのハートには矢が刺さったままになってる」
新種の彼のオープンにされたハートにはたしかにすごく長い矢が刺さっていた。日常生活に支障をきたしそうなくらいの長さだった。
「痛くないの?」
「痛いとか、そういうのあまり考えたことないな」
「うん」
「この矢を見てくれよ、ちゃんと」
「うん」
「二の矢じゃない、そこが大事さ」
「うん」
「まあ、そのときは、そうは思わなかったんだけどね」
「すべてが初恋みたいに始まったら素敵だと思うよ」
「キラキラしたなにかを想像しないでくれよ」
「うん」
「ハートに矢が刺さってるんだ。そういうのは傷にしみるぜ」
「うん」
──うん。
ぼくは今日確かに新種の彼を見つけた。
ぼくもハートに矢が刺さったままで生きていけたらいいと思った。
終