シュッシュ。
花言葉なんてひとつも知らなかった。
まして植物を育てたことなんてない。
そんな僕がある日、友人宅を訪ねて植物と出会った。
彼とは大学時代に同じ食品科学の研究をしていて、彼はそのまま研究畑を歩み、僕は自動調理器のセールスマンになっていた。
SNS上で久しぶりに再会して、家に招かれた。
都内のデザイナーズマンション。ベルを鳴らすと、真っ赤な玄関扉が開いて彼が顔を出した。
「いやー、久しぶりだね」
「ああ」
中へ入ると、たくさんの観葉植物がまず目に飛び込んできた。背の高いのからちっちゃいのまで、家具を押しのけるように置かれている。そういう趣味があったことは知らなかった。
「昔からかい?」
「ああ」
それからしばらくは、彼の奥さんが入れてくれたコーヒーを飲みながら懐かしい昔話に花を咲かせた。
誰と誰が結婚したとか、誰と誰が別れたとか。
そのあとで、
「君は植物を育てればいいのにって昔から思ってたんだ」と、彼は意外なことを言った。
「僕が?どうしてだい?」
確かに根無草気質ではあったけど。
「うーん、うまく言えないけど……。結果とか答えを求めすぎてただろ昔から」
「そうかな」
あの研究グループの中でセールスマンになったのは僕だけだった。
僕は腕組みして考え込んだ。
そこで、ふわっと風のように奥さんが僕にコーヒーのおかわりを注いでくれた。
彼は柔らかく話題を変えて、少ししたところで、
“ちょっと失礼”と言って席を立ち、霧吹きを手に取った。
そして観葉植物たちの元へ行き、お世話を始めた。
そのシュッシュする姿はまるで、映画レオンのジャン・レノがそうしてのにそっくりだ。
「このシュッシュする時が一番幸せなんだ」
焼きたてのパンにバターを塗ったみたいな表情の彼。
愛情をかければかけるほど大きく育つんだそうだ。
ふーん、そういうもんなのか……。
「再会の印に、君にもひとつ分けてあげるよ」
「そうかい、じゃあ」
鉢を分けてもらった。
緑に白の入ったアグラオネマ。
僕は植物の名前なんて聞いてもまったく覚えられない。覚える気がないんだろう。だから女の子にもモテない。
家に帰って、仕方なく窓辺に置いた。
なんか僕のところに来てしまったそのアグラオネマに申し訳なく思った。
やはり愛情を持った友人が翌日から育て方に関する丁寧なメールをくれた。
慣れない手つきながらも、教えられたようにシュッシュしてみる。
不思議なもんで、植物が喜んだように見えた。
沼りはしない。だって植物だから。
今ではシュッシュする時がいちばんの幸せだ。
幸せの形があるとすればそれはおそらく植物の形なんだろう。
僕はふと窓の外の東京にシュッシュした。
終