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あの頃と言わないで


年末特集で僕はやらかしてしまった。

それは音楽雑誌の責任編集者としてずっとあたためていた企画だった。

昭和大物アーティスト同士の奇跡の誌面対談。その対談の最中に余計な口を挟んでしまったのだ。

「あの頃の〇〇さんは輝いていましたね」

迂闊にもそんなことを言ってしまった。

相手はサングラスの奥で鋭く僕を見た。失礼なことを言ってしまったと瞬時に後悔した。

大物である彼は、

「あのさ」と言って足を組み替えてから、低い声で、「それはきっとそのときの君が輝いていたんじゃないかな。だからそう思うんだよ」と言い聞かせみたいに言った。

僕は何も言えなかった。

ウルトラマン帰って来たウルトラマンがあるように、

若者ウケの悪いあの頃おじさんにも帰って来たあの頃おじさんがあることに気づかされた。つまりそれは今の僕のことだ。


すっかり恥をかいて帰宅。

テレビをつけたら、

もう今年が終わることになってるみたいだった。

ためらったけど、君に電話をかけた。君に電話することはもうないと思っていた。それだけ打ちのめされていたんだろう。

僕をよくわかってる君は、少し経ってから掛け直してくれた。

「お久しぶり、ふふ」

「やあ、かけちゃったよ」

「なんでかは、あえて聞かないわ」

「助かるよ」

「年末ね」

「ああ」

「昔のアニメがやっててそれ観てたの、昔のアニメのエンディング曲って寂しいの多かったよね」

「確かにそうだね」

あの頃は……、もう手の届かないところにあった。君も。でもそれで良かった。“あの頃は”って言わずに済むから……。


「仕事頑張ってるの?」

「まあまあかな」

「私はね、今はいろいろ考えてる時期」

「大事な時期だね」

あの頃の君は輝いていた。それは確かだ。

何か大事なことを言いたくて僕は君に電話したはずだった。

でも、帰って来た何も言えない男だった。

「それじゃあ、またね。良いお年を」そう言って君は電話を終わらせた。

僕は冷蔵庫の中に転がっていたビールを飲みながら、昔のアニメのエンディング曲を検索して聴いた。



                      終

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