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個体差とエンタープライズ(短編少年小説)

階段の端に沿ってずっとひまわりの種が置いてあった。

給食室の前の床ってなんでこんなに滑るんだろう。

ケイイチは今年の書初めに『個体差』って書いてた。

ふつうは二文字なのに、難しい選択だったと思う。

隣のクラスのハムスターが逃げた。

この前の放課後、永住権の話を『地域のおじさん』がしてくれたばかりだ。

ぼくとケイイチは逃げたハムスターを探した。

放送室にハムスターがいたけど、それが、逃げたハムスターかどうか判別できなかった。

そしていろんなことに疑義が生じてしまい、やめた。

ともすれば、ぼくらはいつも砂かぶりの位置から毎日を眺めていた。

次の日、僕らが学校へ行くとみんなが騒いでいた。

階段の端に沿ってずっと家庭科の女先生の写真が置いてあった。

ぼくらの担任がどこかへ行ってしまったみたいだった。副担がすごく困ってた。ぼくらの担任は若い男の人でいつも家庭科の女先生のことが好きだと言っていた。

たちまちオペラグラス持参で貴婦人達が学校にやってきて

給食室の前の床でみんな慌しく滑った。

ぼくは急いで地域のおじさんに地域の幅がどこまでか聞いて、それでいろいろ印をつけた。

地域は案外広かったけど、案外狭かった。

すぐにケイイチにそのことを知らせて、ぼくらは逃げた先生を探した。

どうして校歌のときは曖昧にハモらされてしまうのだろう。

どうして体操をしないのに体操の体系に開くんだろう。

放送室を調べたとき、家庭科の女先生と逃げた担任が一緒にいたけど

二人ともぐちゃぐちゃに泣いていて、個別には受け付けられなかった。

それからは身の回りが慌ただしくなった。

次の日は何人かのママが逃げて

その次の日はそれよりも多いパパが逃げた。

体育館が逃げたのには驚いた。

地域のおじさんはもう逃げたあとで

ぼくらは給食室の前の床で慌しく滑った。

「僕たちも早く逃げよう」とケイイチがぼくに言って

「何から逃げるの?」とぼくはきいた。

「決まってるよ。個体差から逃げるんだよ」

「個体差から逃げるんだね」

ぼくとケイイチはひまわりの種を拾いながら走って逃げた。

地域のしるしのとこを越えて逃げた。

たぶん判別できないと思う。

ぼくとケイイチ以外はぼくとケイイチを。

どうして大人のひとたちは「涙もろくなった」と断った上で泣くんだろう。

どうして大人の人たちは『ついでに』なにかするんだろう。

ぼくらは何も考えずただ走った。

いつだって寂しさとがっぷり四つに組んでた。



                      終

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