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クリスマス会と僕
銀杏の葉がまるで何かの暴落みたいにすごい数舞い落ちて、
道路上で風を受けて黄色い渦をつくった。
それを何台もの車が踏みつけていってまた風が起こって、
今度はコンビニ袋とかコカコーラの缶とかと一緒になって、それらは再び舞い上がった。
僕が見上げた空は首都高に切断されていて、
青い空の端っこみたいな切り口の空に見えた。
それがたまたま僕の頭上にあっただけなんだと思えるようなそんな冬空だった。
僕は知らず知らずのうちに景色を選択していて
知らず知らずのうちに景色を取捨している。
いつものことだ。
でもあの頃はそんな器用にはできなかった。だからあんなにも傷ついたのだろう。
音楽を聴きながら歩いた。僕の歩みの遅さに耐えかねて他の人たちはよけるように僕を抜き去っていった。
オペラシティのあたりで急に寂しさを感じた。もう12月なんだと分かってはいた。
僕にとっての12月がべつにどうだろうと人にとってはどうでもいいことなんだと思う。
今度は銀杏の葉が眼前に一気に飛んできて、でもそれさえも僕をよけた。
北風が冷たくて、僕の嫌いな午後がすぐに出来上がった。
僕ひとりの午後が すぐに。
*
12月とかになると世間の人は幸せとかについて考えたりするもんなのだな、と、子どもの頃よくそう思った。
僕には例えば12月なんかには、寓話などに出てくる普段幸せを運んできてくれるはずのいかなる動物も寒さでちょっとやられちゃってるんじゃないかとずっと考えていた。とにかく何かに幸せを運んできて欲しかった。
僕みたいにひとりぼっちの子が他にもいることを知ったのが意外にもクリスマスだった。
そこで出会ったのは、みんな素敵なものを今まで見たことがない子達ばかりで、万が一、素敵なものに出会ったときそれが自分の心にどう響くか全然分からない子がほとんどだった。
有志の人が小さなホームパーティ会場を借りてくれて、ボランティアの学生さん達が、いろいろな理由でひとりぼっちな子を集めてクリスマス会を開いてくれた。
渡辺さんちの子とか町田さんちの子とかにはそこで初めて会った。
“夜預かってくれるところがあると残業できて家計が助かる”ってママが言ってたのだ、と二人は話していた。
15人くらいの子達と僕は一緒にテーブルについた。
自分の席があることが不思議でたまらなかった。だからみんななかなか座れなかった。
せっかくボランティアの方達がしてくれたクリスマスの飾り付けが少し触っただけで壊れかけてしまい、それ以上は触らなかった。何か粗相すればすぐに摘み出されるという恐怖は常に持っていた。
みんなどの子も人の親切に慣れてなかったからそれで逆に行儀よくしていた。
自己紹介や紙芝居を見た後でさらにボランティアの学生さん達がいろいろ盛り上げようとしてくださって、
お姉さんが女の子達に一緒にお料理しようと言って夕食の準備を始めた。お姉さんはシュガーベイブの歌を歌いながら女の子達と料理していた。素敵なことが始まるような気がした。
お兄さん達は男の子達と『色鬼』をして遊んでくれた。鬼が指定した色のものにすぐに触らないと鬼に捕まってしまう遊びで、そこそこ盛り上がって良かった。
右田さんちの子がちょっと怪我したけどたいしたことなくてそれで続行できた。
窓の外はもう真っ暗だった。立派なきらめきのクリスマスツリーのあるおうちが近所に見えた。それ1本あるだけで、何もかもが僕らと違うんだとすぐにわかった。
いいにおいがした。クリームシチューのにおい。なんてあったかい匂いなんだろうって思った。窓を曇らせて現実を全て隠してくれるあったかい匂い。
ブロッコリーは僕が切って入れた。
お姉さんに「ブロッコリー好きなの?」と聞かれて、
僕は「うん、好きだよ」と答えた。
サラダとかチキンとかも用意ができて、それで拍手が起こった。ボランティアの学生さん達はまるで本当の笑顔みたいに喜んでくれた。
右田さんちの子がお皿を運ぶときに一枚割ってしまって、それですごく怒られると思ってテーブルの下に隠れて震えてしまった。
みんなこの素敵な場所以外ではいつもひとりぼっちで震えている子達だった。
誰も怒らなかったし、みんなで破片を片付けた。
準備が整った。
テーブルクロスの敷かれたテーブルに頬をこすりつけて喜んでいる子がいたので僕も真似してみたらすごく気持ちが良かった。
一人一人の前に料理が並ぶときには夢の中なんじゃないかと思った。
「いただきますをします」
「いただきます!」
僕らはたくさんのみんなのいろんなものに感謝してから食べ始めた。
僕らはこの素敵な素敵さのなかの何かを選択することもなかったし、取捨することもなかった。
お姉さんが、「いっぱいおかわりしていいからね」と言ってくださったときには、
竹鼻さんちの子が「どれくらい?」って聞いた。
いつだって『いっぱい』には限度があった。僕らの周りは限度でガチガチ固められていた。
「そうねー、みんなのお腹が地球くらいになるまでかなー」
「わーい」
「うんちは宇宙にしなきゃだー」
みんな喜んだあとにがっかりすることに慣れていたので、喜びすぎると自分の体のどこかを傷つけようとしたりした。何人かは実際にお兄さん達に止められていた。
ボランティアの若い人たちにこんなささやかなクリスマスにつき合わせてしまってすごく申し訳なく思った。
本当はもっと予定があるはずなのにって、それはすごく感じた。
みんなで後片付けをしたときにはみんなですごくきれいにした。有志の人が借りてくださった施設もできるだけきれいにした。
そのあとにまさかひとりひとりにクリスマスプレゼントがあるなんて誰ひとり思ってなかった。
驚かせようとしなくても驚くことってこういうことなんだと思う。
ギフト用の包装がそれだけで宝石に見えた。ずっと開けたくなかった。うれしくて泣いている子がいた。胸にプレゼントをきつく抱きしめていた。
僕もそうした。包装紙の特別なにおいがした。プレゼントなんだと思った。
お兄さん達もお姉さんも早く開けて喜ぶ僕らを見たがったけど、
渡辺さんちの子が“家でひとりぼっちなったときにこの会を思い出して開ける”と言い出して、それがみんなに流行ってしまって結局はみんなそうすることになった。
最後にみんなで3曲くらいクリスマスの歌を歌った。
「また来年もみんなで楽しいクリスマスをしましょう」とお姉さんが言ってくださって、
それで僕はふとひらめいて、
こんな素敵なことをしてくれた方々にお返しがしたくなって、
集まった子達に「来年はぼくたちがみんな我慢してお兄さんお姉さんにそれぞれ楽しいクリスマスを過ごしてもらおうよ」って提案した。
そしたらお姉さんが「どうしてそんな悲しいこと言うの……」と言って泣き出してしまった。
僕はお返しがしたかっただけなのに。僕たちが我慢すれば……、それでいいはずなのに……。
ボランティアの男子学生の中でその女の人に好意を持っている人が肩を抱いて慰めていた。
僕はなにか悪いことをしたんだと思った。
それでたまらなくなって、
外に飛び出した。もう暗い。
北風が冷たくて
僕の嫌いな夜がすぐに出来上がった。
しばらく走って
一番暗いところで止まった。銀杏の落ち葉で足が滑った。
優しいみんなが僕を探す声が聞こえて、身を隠した。
僕はずっとそこで隠れていた。
これでもう僕にはクリスマスは来ないだろうと思った。
終