螺旋の紅葉

 一瞬にして僕は落ちていく。どこまでも落ちていく。
降りていく最中に視界に入ったのは、何度も見た気がする紅葉の群れである。
 確か僕は、社会性を持った空間から離脱するような苦痛を持って、僕は木から地に伏せる紅葉の片鱗を眺めている最中だった。
 たった一瞬、降りる紅葉と目があった瞬間、僕はそれに引きずり込まれたのだ。永遠を彷彿とさせる一瞬の隙間に映えた赤色が妙に視線を朧げにしていき、最終的に僕は、不可解な紅葉の世界に降りることになる。

 その世界は、大量の枯れ葉により形成された世界だった。あらゆる形質が枯れ葉により生み出されていて、そこには幾千もの人型の枯れ葉がある。
 中心には枯れ果てた木がひっそりと佇んでいる。極めて大きな大木であるものの、生命力は感じられず、苦しむように浅い呼吸音だけが聞こえてくる。
 その呼吸音は、風となって辺りの枯れ葉を散らす。不思議なことに、枯れ葉がいくら動いても、そこに音は存在しなかった。そればかりか、すべての五感が閉ざされるように、ブラックアウトと意識が交互に目の前をよぎっていく。そのたびに、辺りの枯れ葉たちは僕を見る。
 浮かぶ感情はどれも多様だった。嘲笑を秘めた風音を生じさせるもの、慰めるように舞っていく紅葉の躍動、狂ったように笑う蠕動音、すべてが僕にとって鮮やかだった。

 ここで、僕は一つ疑問を感じることになる。
 僕はどうして、ここにいるのだろうか。そして、この場所は何を示しているのだろうか。
 僕がそう思った瞬間、大木が軋むような音を奏でる。まるで地響きのような音色だった。それでいて、音は優しく僕を包み込むように木霊していき、ゆっくりと枯れ葉は舞い上がりながら、大木へと僕を導いた。美しく、そしてけたたましい大木への道をいきながら、僕はもの一つ考える。

 なにかに、取り憑かれているようだった。僕は何かを求めていて、その何かは僕のことを必死に拒絶する。きっとこれから先もそれは変わることがないもので、拒絶を受けるたびに僕の心から、細胞が一つずつどこかへといってしまう。
 細胞が欠けていくときには、音が聞こえる。その音色はどこか儚げで、いつも、僕に優しく響き渡るのだ。でも、すべての細胞が欠け落ちた時、音は聞こえなくなっていた。
 音だけではない、光も、感覚も、すべてが黙り込んだように言うことをきかなくなっていて、僕は微かな希望すらも失っていた。

 僕は静かに、自らの終わりを見つめようと、あの大木へと目指す。
 そこに到着する頃には、自分に何が起きて、どこにいたのかも思い出していた。
 思い出した瞬間、眼前にある大木は、微笑むように幹を揺らした。
 まるでそれは「大丈夫だから」と言わんばかりの音色で、細胞が欠け落ちる感覚と音色に似ている気がする。

 あぁ、僕、寂しかったんだ。
 だから、細胞が欠け落ちたとき、少しだけ救われたような気がした。落ちた細胞が、誰かに見つかることを祈り、微かな希望をいだいて自らの細胞を落とし続けたんだ。
 でも、それに気づくものはいなかった。それでも僕は、ただひたすらに自らの細胞を犠牲にする。

 次は大丈夫。この次はきっと、誰かが見つけてくれる。
 そんな馬鹿なことを思って、僕は必死に自らの命を投じてきた。

 本当は全て理解していた。こんなことに意味はない。こんな微かなシグナルでは誰も気づかない。このまま、自らを傷つけ続ければ、先に僕のほうが死んでしまう。
 それでもやめることはできなかった。ただひたすらに、流れていく赤い紅葉に祈りを込めて、消えていく命を代償に、必死で誰かに気づいてほしいと祈った。
 気がつけば、目的を変えた落葉に、引きずり込まれていたのだ。
 無意味なことにこじつけ染みた意義をもたせて、僕はそれに支配されていた。だから、こんなにも苦しいのに、また落としてしまう。

「これは……痛みなのかな……」
 理解してしまえば、苦しいだけだった。自らの腕に刻まれた醜悪な傷跡に、僕はさめざめと涙を流して、自分がしてきた行為を視界に投影させる。
 何度も、何度も落としてきた細胞がそこにある。

 気づけば、大木は生命力あふれる真っ赤な紅葉で染まっていた。
 僕の手のひらも、大量の紅葉で満ち溢れ、狂ったように螺旋を描いて僕は消えていく。この世界から、完全に消えていく。

 その時、視界に映ったものは、一番傷跡に気づいてほしかった人だった。

 ふと、頬に触れた何かを手にとった。
 それは、誰かの手のひらだった。それに従い、ゆっくりと瞳を開けば、泣いている貴方がいた。
 貴方は、泣きながら僕に謝ってくる。何度も、何度も、懺悔するように。
 僕はそのたびに、首を横に振って、僕も謝る。

 「俺が気づけなかったばかりに……」、貴方の言葉が、僕に新緑を与えるんだよ。だから、次の春まで、貴方の傍にありたい。


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