果てに咲き誇るもの
満ち足りた世界だった。無限に続くかのような地平線に重なった手のひらを、私はそっと貴方に渡した。
私は貴方を知らない。恐らく貴方は、人間というものでありながら、私とは異なる解釈を生きるものなのでしょう。
私とは違う眼球、違う脳、違う心臓、どれを取っても貴方は私とは違う。悲痛な蠢きを見せる貴方の躰たちは、私の手を求めているのでしょうか。
今、眼前に横たわっているのは、愛しき貴方です。貴方は表情を変えることなく、はたまた感情を揺らすこともなく、ただ黙したまま吊られている。
私はそれを見ていた。
失われていく貴方の意識と肉体を、泣きながら眺めることしかできなかった。ふと、揺れ動く貴方のしたいを、私は触れてしまった。
もう二度と貴方を愛することのないように、そう願った決意は、徐々に消えていく貴方の花弁を見ていたら、薄氷が割れるように消えてしまったようだ。
まるで、貴方の全てを共有するような感覚だったのです。だが、貴方が持っていたものは、苦しみだけだった。
貴方は何度も苦しんだ。
私が理解できない苦しみで、自らを殺めたのだ。
それを知ってしまった時、私は貴方にすがりつくことすらできず、ただ茫漠と貴方のいない部屋で、貴方を探した。そう、探したのだ。
そして、私は遂に、貴方を見つけた。
幼き日に私と、貴方と、貴方の愛した人が写った写真を見て、私は確信するのです。
貴方が、彼のそばにいる苦しさを、貴方が親しまれることへの罪悪感を、私は身に染みたのです。
まるで浸食するように、貴方が抱えていた激情が細胞を侵すのだ。細胞核を染め上げる虚しさと寂寥感が、貴方を死に至らしめた「がん」だった。
今ならば、貴方を失った今だからこそ、私には貴方が自らこの世界からいなくなってしまった理由がわかる。
貴方は、きっと、別の形で彼とともに存在したかったのでしょう。
「大切」ではなく、「特別」でありたかった。貴方の求めるものと、彼が求めるものは違っていた。
でも、貴方は死ぬべきではなかった。
貴方は知らないでしょう。私が持ち合わせる、貴方への想いを。
貴方は残酷な人だった。決して到達することのない頂を標榜して笑う貴方のことが、私は狂おしいほど好きだった。だというのに、貴方は私のことを置き去りに、この世から乖離した。
貴方の苦しみを知った今、貴方を責めることはしません。
だからこそ、貴方の最期の花を、私はつみあげるのです。
最期に残る、大いなるもののように。