【生活】今日は無事に帰れるかな
友達と別れて、または用事を終えて、混んでいる電車を降りて最寄り駅に向かう電車に乗り換えたときからそれは始まる。
私と同じように誰もが用事を終えて帰っているだけのはずなのに、その中に妙に視線を送ってくる奴がいる。
向かいに座っていたり、近くに立っていたり、もちろん顔なんて覚えていないが毎回違う奴らだ。こんなのはひとりじゃない。
ワンピースにカーディガンという、奴らに好かれそうな清楚な格好をしていることを悔いてわざと顔を歪ませたり思い切り睨みつけたりして相手に目を逸らさせることができたらここはクリア。
それでもずっと見てくる場合は降りる駅を悟られないように、地元の駅についてもギリギリまで席を立たない。
それでも後について降りて来られたらわざと改札前でチャージをしたりして先に行かせる。
それでも同じように歩調を合わせてくる奴もいる。
偶然では、言いがかりでは、と思うなら、まず知り合いでもなんでもないのに見てくるなと言いたい。
この頃、家までは最寄駅から歩いて十五分だった。
自衛のためにタクシーを利用しましょうと言ったって、そんなお金は誰が出してくれるんだろう?
ただでさえ女性の平均賃金は男より低くて、自衛のために防犯が充実したコストの高いところに住まなきゃいけないのに。
あと五分で家というところで、「駅で見かけて話しかけたかったから」と呼び止められたことがある。
もう十分も後をつけてるし、もうすぐで家がどこか知られるところだった。
後ろから灯りのついていない車がゆっくり近づいてきたので、慌てて一番近くの家に入る振りをしたらその車がUターンして戻っていったことがある。
後をつけられていることに気がついて、閉店間際のスーパーに入ってめちゃくちゃに歩き回ったこともある。
キョロキョロと何かを探すその男を後ろから見て、尾行を撒くってこういうことかと妙な経験をしたことも。
また違う時に後をつけられていることに気づき、コンビニで助けを呼んだことも。
私が初めて痴漢に遭ったのは朝、学校に登校している時だった。
でも電車ではなく、車も人も通る、ただの通学路でだ。
何をどう自衛すればよかったのだろう。
地元は治安が悪かったのかと言われれば、そんなことはなかった。
子供を育てやすいと評されるただのベッドタウンだった。
でもそこには女性の安全は含まれていないようだった。
見えていないのか、これくらいなら仕方がないのだと思われているのかはわからない。
自意識過剰だとか、遠回しの自慢かという三十年前くらいで感覚がストップしている人たちがこれらの被害を見えないようにしているのかも知れない。
楽しく時間を過ごした後、一日の終わり、女性を待っているのはひたすら警戒して無事に家に着くのを祈る帰り道だ。
もちろん男だって、事故や、急に傷害事件の被害者になる可能性はある。
だが女性にもその可能性は同じようにあり、さらに女性ゆえの被害を受ける可能性が上乗せされている。
帰り道に音楽を聴いたことなどない、通話しながら歩いたこともない、他に人がいなくても近道だからと暗い道を選んだこともない、いつでも声が出せるように、心もとない防犯ブザーのスイッチを押せるように準備をしながら、楽しかったことを振り返りもせず不安だらけの帰り道を今日も歩く。