食べ続ける女
今日も新幹線に乗っている。
今回は東海道線なので、快晴の元、
富士山の眺めを満喫しようと
窓際の席を選ぶ。
が、のりびとウォッチャーの性が
新幹線でも発動され、
興味深い婦人を見つけてしまった。
斜め前の3人席の通路側に座った
70歳くらいの女性。
テーブルの上にお手製の弁当を広げお食事中。
ここまでは何の変哲もない眺めで
気にも留めなかった。
私のアンテナが違和感を受信したのは、手洗いに立った時だ。
個室を出て、洗面コーナーで手を洗おうと思ったら、
件の女性が、そこで自分の弁当箱を洗っていた。
新幹線で、食器洗い…
私の中で、軽く
既成概念の崩壊が起こる。
座席に帰ってから、それとなく観察すると、
その人はマグカップ持参で
何か飲んでいる。
よく見ると、マグカップの中に紙コップを入れて、飲んでいる。
このカップの重ね着には
何か意味があるのだろうか。
よく見ると、水筒を2本並べて網に挟んでいる。
1本はコーヒーで、
1本はスープとか?
なるほど。
マグカップでスープを飲み、
紙コップでコーヒーを飲む、か。
でも、これでは、
マグカップに紙コップを重ねて飲む説明にはならない。
私の疑問をよそに彼女の飲食は進む。
弁当の後はデザートタイムのようで、
カットした果物のような物を食べ終わると、
ピンクのミニトートから焼き菓子を2,3取り出してつまんでいる。
ペラペラの紙おしぼりで時折
指先をぬぐいながら、それらを食べ終わると、
またトートバッグから何か小袋を取り出した。
そして、彼女は、
空いている真ん中の席に置いた別のバッグから携帯のソーイングセットを取り出し、
中から小さなハサミを抜き取り
小袋の端を切り始めた。
またしても、ささやかな戦慄が私の中を駆け抜ける。
彼女の人生が段々分かってくる。
菓子の小袋をうまく開けられずに苦労したか、または、力任せに開けて、中身が飛び散った過去の苦い経験が
彼女にこの選択をさせたに違いない。
観察に熱中するあまり、
天竜川の雄姿を見逃す。
さて、彼女は小袋のおかきを食べ終わると、今度は保冷バッグを取り出し、
保冷バッグまで持参なんだ…
(そうか。私の想像を微妙に超えてゆくから、目が離せないんだ)。
中からマカダミアチョコレートの小袋を選び、手に取る。
なるほど…
チョコレートは暑いと溶けるから
保冷バッグか。
猛暑の夏を乗り切った
彼女の旅人生が偲ばれる。
それにしても、いつまで食べ続けるのだろう。
あのアイテム別に分けられたバッグ達の中に、どれほどの食料がストックされているのだろう。
彼女の足元にはかなり大きなバッグも置かれ、食卓と化したテーブルと相まって、
3人席の窓際に座った若いサラリーマンを完全に閉じ込めている。
彼がトイレに立つ時、
彼女はどうするのだろう。
なぜ、斜め後ろの私が
そんな心配をするのだろう。
食べ続ける女に心を残しながら
私は浜松で降りた。