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思い切ってベリーショートにしたら人生が好転した話
私は人生のほとんどをロングヘアで過ごしてきた。
それに、これといった意味はない。
幼少期のアルバムをめくると前髪ぱっつんのツインテールが一番たくさんあるけど、私の覚えているうちでは、ずっとポニーテールだった。
これには理由があって、小学校の二年生に上がるときにバレエを始めて、バレエをやるには髪をお団子にまとめられるロングヘアが都合がいいというだけのことだった。
バレエ教室ではできるだけ自分のことは自分でするように教えられるので、みんな自分で自分の髪を結ぶようになる。私もそれに従って自分で髪を結ぶようになり、小学生の拙い手でできる髪型といえば、ポニーテールくらいしかないのだ。
小学校の間は、後頭部が綺麗にジグザグになっているおさげの同級生をうらやましく思っていたのを覚えている。お母さんにやってもらったのかな、いいなあと思っていたけど、自分は母に髪を結んで!と頼んでみたことはほとんどなかったような気がする。
バレエの発表会の時などには、髪をぴっちりまとめてジェルで固めて、ツヤツヤの頭にしなければならないので、当然母にやってもらっていた。だが、普段は母も私が自分でやるべきだと思っていたのだろう。その分忙しい朝の日課が減るわけだから、当たり前のことだ。私には三つ年下の弟がいて、これはとんでもないやんちゃ坊主だったので、母は毎日その首根っこを捕まえて食卓に座らせるのに必死だった。
それからバレエは中学二年生くらいまで続けて、その間ずっと私はロングヘアを保っていた。バレエ教室のお姉さん(先輩のことをこう呼ぶ)の中には、前髪を作ったり、髪をギリギリ結べるくらいのボブにしていた人もいた。でも私は長い髪で大きなお団子を作るのが結構好きだったし、人よりちょっと毛量が多いのを自慢に思っていたりもした。
美容室にはあまり行かなかった。そもそもずっと伸ばしていたから切る必要がなかったというのもあるし、母があまり美容室に行く習慣がなかったので、私も自然とそうなったのだ。
母は大きなウェーブのかかった癖毛の持ち主で、直毛の私はこれをずっとうらやましく思っているのだけど、母自身はかなり難儀している部分もあったらしい。セットが面倒だといってシュシュでくるんと結んでお団子にしていることが多かったし、美容室に行ってもなかなか満足行くように切ってもらえることがないらしかった。母はたまに自分で髪を梳いたりして手入れしていて、私も時々一緒に切ってもらっていた。
そういうわけで我が家には美容室に行くという習慣があまりなかったのだが、高校生にもなると周りの同級生が急にみんなオシャレになりだした。
私は校則のほとんどない高校に通っていて、髪を染めるのもピアスもみんなOKだった。同級生のうち三割くらいはいわゆる派手髪だったと思う。ブルーグレーのボブや、すっきり刈り上げた襟足が私にはとても綺麗に見えた。
私は服にはこだわりのある方だったが、髪型を変えてみたことはないなとその時ふと気づいたのだ。
結局、高校にいる間もずっと髪は伸ばしたままだったが、アイルランドの大学に進学すると決まった時、ふと思い立って美容院に行った。というのも、留学について色々情報を調べたり先人のブログを読んでいるとき、「日本の美容師さんの腕はとてもいいから、日本にいるうちに髪を切ったほうがいい!」と言っている人が何人かいたのだ。確かに、海外に行ってから美容室に行くのはかなり不安だし、長いままだと洗うのもめんどくさい。シャワーしかない寮に住むわけだから、身だしなみにかかる時間は短いほうが手間もないだろう。と、そう思っただけだった。
そして母に近所でおすすめのところはどこか尋ねてホットペッパーで予約をとり、私は意気揚々と美容室に行った。でも結局その時は、肩口くらいの長さに切り揃えてもらっただけだった。
私の髪は肩甲骨の下くらいまであったので、それだけでもかなりの長さだったのだ。自分的には結構大きな変化な気がしたのだけど、今思うと、ほとんど誤差みたいなものだと思う。その時は「すっきりしたけど、なんか物足りないなあ」と思った。確かに、切る前と比べると長さは足りないのだけど……。
これぐらいの変化だと、周囲の反応も全然普通だ。
母は「短くなったなぁ」と言い、弟は「なんか変」と言った。
友達には、「ちょっと短くなったね」と言われた。
私は「まだまだやれるはずだ」と思った。
そしてその通り、まだまだやれたのだ。
留学してから二年目、正月休みに私は日本に帰国した。そして真っ先にホットペッパーで予約をとり、帰国してからわずか四日で時差ボケにあくびをしながら美容室まで歩いた。
夕方だったが日照時間の極端に短いアイルランドと異なり、日本の空はまだ明るかった。私はうきうきわくわくしながら、スキップでもしたい気持ちで歩いた。スマホには、元宝塚の男役の、好きな女優さんの写真をちゃんと保存しておいた。美容室でその写真を出して「こういう髪型にしてください!」と頼むと決めていたのだ。
その写真はおろした前髪が眉に被さるくらいの、とてもみじかいショートカットのポートレートで、若い頃の母に顔が似ていた。そして、私も母に顔がよく似ていた。だから、自分の顔を他人と比較するのは難しいけど、この女優さんもきっと私と似ているところがあって、それゆえに同じ髪型が似合うのではないかと思ったのだ。
ボブに満足できなかった私はもっとみじかくしたいと思っていたのだけど、インスタの検索欄を右往左往してもなかなか気にいる写真がなく、ようやく思いついたのがこの作戦だった。
そして果たして、それはとてもよくできた作戦だった!
美容師さんは何度も「すごく短くなりますよ」と念を押してくれ、切る最中にも「すごくみじかい!」と何度も言った。
一度きのこのようなマッシュを経由して、どんどん切られていく髪を鏡で見ながらわくわくし、でも私は内心ちょっと不安になってきていた。手汗が滲んでくる。
やっぱり女優さんの写真と同じようにしてくださいって、自分に高望みしすぎじゃない?
みじかすぎて、毎日寝癖でボサボサになったらどうしよう?
そう思っていたけど、そして完成系を見てもちょっとそう思っていたけど、軽くなった頭を振りながら暗くなった道を歩いて家に帰ってみると、家族からの反応は結構好印象だった。
母は最初は「おおー。切ったなぁー」という感じだったけど、何度も私の頭をじっと見て、「でも、結構似合ってるんちゃう?」と最後には笑った。
弟はいつも通りに「なんか変」と言ったけど、いつもよりちょっとにやけていた。
会う友達はみんな「え!すごく良くなったやん!めっちゃ似合ってる!」と褒めてくれて私は有頂天になった。
普段はすれ違う時に挨拶をするだけの大学のよっ友も、「いいヘアカットだね」と言ってくれ、私はこれが自分にとっての正解だったのだと確信した。
みんなが褒めてくれるので私はすごく楽しくなって、友達と出かける時にメイクをするようになった。毎朝着る服を選ぶのも、前よりずっと楽しい。髪がとてもみじかいと、頭の形がよくわかるので背が少し高く見えるのだ。髪を切ったせいで似合わなくなった服も残念ながらあるが、今まで試そうとも思わなかった服も買ってみた。
オーバーサイズのニットや裾の広いズボンはショートカットによく映えた。
それから毎日、私は鏡を見るたびに嬉しくなる。
今までは「なんだかちょっと違うな」と思っていたのが、「これがピッタリ!最高にかわいい!」と思えるようになったのだ。
自分の顔は嫌いじゃないし、むしろ好きなほうだと思うけど、自分に似合うスタイルを見つけることがこんなにも楽しいとは思いもよらなかった。
私は、思い切ってバッサリ切ってやろうと思った数ヶ月前の自分を、全力で褒め称えたいと思う。ずっと長かった髪を切るのは勇気のいることだったが、その決断をできた過去の自分を誇らしく思う。
まさかただ髪を切るだけのことが、ここまで自分の生活、ましてや人生に影響を与えるとは思わなかったけど、自分の外見をもっと好きになることは私に大きな自信を与えてくれたのだ。
メイクを楽しめるようになったし、外出するのがちょっと楽しくなった。それだけのことでも、日々の生活には大きな変化だ。
もし今、髪を切ろうか迷っている人がいたら、勇気を持って挑戦してほしいと思う。
思い切ってみるのもいいかもしれない。私にとってそれが大きな変化をもたらしたように、新しい髪型が、新しい自分への一歩になるかもしれないから。それが良い変化でも悪い変化でも、現状から変わる一歩を踏み出すことは、自分の人生にいつか輝きをもたらすと信じてほしい。
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