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時空を超えて‥‥小説(世流寝狐6)



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 瀬戸内海の一部である別府湾は、内海で波は穏やかである。その内海にしんしんと二月の雪が呑み込まれてゆく。鶴見岳から吹き下ろす風と海を渡ってくる風に、帰りを急ぐサラリーマンやOLが肩をいからせ、コートの襟を立てて歩いていた。昼の間快晴の日には、湾の遠く向こうにかすかに四国が望め、昔からの温泉と景色を売りにした観光地であった。が、流石に今の帰路を急ぐ人々にそんな余裕は無かった。
 二回目のコールが鳴る。内野が受話器を取ると鑑識の畑山からだった。どうやら三井からの報告が入ったらしい。
「……ということで引っ掻きの犯人は猫ということだ」
「猫! それじゃ畑山さん、猫の爪に毒物を塗りつけ、害者を襲ったことになりますね」
「おそらくな、偶然に猫の爪に毒物が付着したということは、可能性として少ないだろう。故意に誰かが行ったと考えた方が自然だな、まぁそれが単なる悪戯なのか、思惑通りの犯行なのかは、一係の仕事だからそこから先はまかせるけどね」
 電話の向こうで畑山が笑った。
「で、その毒物なんですが」
「それはおおよそ見当はついてるが、そうせかすな。また断定でき次第報告するよ。じゃ、今日はこれで失礼するよ」
 畑山は電話を切る。たぶん一刻でも早く一係に知らせてやろうと、この時間まで三井の報告を待っていてくれたのだろう。内野は畑山に感謝した。
 
 
 
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 事件から一夜明け、別府署に捜査本部が置かれた。一係のドアの横には、黒々と太い筆で「別府市中須賀元町毒猫殺人事件」と書かれた紙が貼られていた。
 自殺の線を完全に消したわけではなかったが、内野は殺人事件と判断し、動いた。昨夜の畑山の報告、それからこの寒い日にコートどころか、上着も着ずにあの場所まで来て自殺の場所に選んだとは考えづらい。しかも猫を抱いて行為に及ぶなど、不自然だと思った。内野はこれらはすべて犯人の仕業だと判断した。
 内野は、出署した合志へすぐに聞き込みを命じた。聞き込みと言っても、被害者の所持品の中には手掛かりとなる物は無かったため、死体発見現場付近の目撃者捜しということになる。犯行時間と予想される、昨日の午前五時三十分前後の確認だ。
 合志は、中須賀元町を一軒一軒聞き込んで回った。昼食は大食の合志にしては珍しく簡単な麺類で済ませた。昼食を終え、二十軒目ぐらいだったろう。情報が得られた。
「そう言えば、目の前を一人通ったわよ、五時半頃。あれは女の足だったわ、そう間違いない」


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秋下 左内(あきもと さない)
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