かめ

東京在住。今、東日本大震災を記憶しておくために。岩手県、宮城県、福島県を訪れた際のこと…

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東京在住。今、東日本大震災を記憶しておくために。岩手県、宮城県、福島県を訪れた際のことについて、記しておきたいと思います。

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東日本大震災があったということを自分が忘れないために

はじめての投稿です。読みにくい箇所も多々あるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。 ここで記事を書き始めたのは、今から13年前の2011年3月11日に発生した東日本大震災のことに関して”忘れないために”という思いがあってのことです。 震災発生当時、私は東京の大学に通う大学2年生の学生でした。 その日、その時のことは今でも鮮明に記憶が残っていますし、それから現在に至るまで自分が生きてきた中でも、これほど衝撃の大きい社会的な出来事は未だかつてないものでもありました。

    • 東日本大震災の震災伝承施設を巡って ~東日本大震災杉ノ下遺族会 慰霊碑~ 

      この度お伝えするのは、宮城県気仙沼市にある「東日本大震災杉ノ下遺族会 慰霊碑」です。 こちらは、前回投稿した「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」からほど近くにある場所です。 前回の投稿と重複しますが、2011年3月11日(金)に発生した東日本大震災では、気仙沼市においては、最大震度6弱を観測し、1220人の死者(震災関連死を含む)、214人の行方不明者に及ぶ人的被害をもたらしました(令和5年8月31日現在)。 その中でも、気仙沼市の杉ノ下地区においては、住民312名中、

      • 東日本大震災の震災遺構を巡って ~気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館~

        はじめに こんにちは。暑い日が各地で続いていますね。 各地で自然災害や地震が発生しています。被災された地域の一日でも早い復旧を願うとともに、私たちも起こりうる想定を考え、日頃より備えていきたいですね。 さて、今回投稿するのは、宮城県気仙沼市にある、気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館です。 こちらの施設は、元々、宮城県気仙沼向洋高等学校という水産系の課程が設けられた学校があった場所です。 海から約500メートルほどに位置し、日常の風景の中に海とともに歴史を刻んできた校

        • 東日本大震災の震災遺構を巡って ~南三陸町 旧防災対策庁舎~

          今回投稿するのは、宮城県本吉郡(もとよしぐん)南三陸町にある旧防災対策庁舎です。 こちらは南三陸町が運営していた行政庁舎の一つで、1995年に当時の志津川町(しづがわちょう)にて建設されました。 ※南三陸町は2005年に志津川町と歌津町(うたつちょう)が合併してできました。 1960年に発生したチリ地震による津波被害など、南三陸町は過去も津波の被害を受けていました。 それは町に面する志津川湾がリアス海岸の地形となっていることから、入り江に入り込んだ津波が勢いを増すおそれが

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        • 東日本大震災の震災伝承施設を巡って ~東日本大震災杉ノ下遺族会 慰霊碑~ 

        • 東日本大震災の震災遺構を巡って ~気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館~

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          東日本大震災の震災遺構を巡って ~宮城県山元町 震災遺構中浜小学校~

          今回投稿するのは、宮城県亘理郡(わたりぐん)山元町(やまもとちょう)にある、宮城県山元町震災遺構 中浜小学校です。 こちらには、今から2年近く前の2022年8月に訪問しました。 山元町は宮城県の最東南端に位置し、太平洋に面しています。 2011年3月11日の東日本大震災では、最大震度6強を観測しました。 中浜小学校は1964年に開校されました。 東日本大震災当時の在籍児童数は59人、教職員数は14人でした。 東日本大震災では高さ10メートルに及ぶ津波の被害に遭いました

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          東日本大震災の震災遺構を巡って ~震災遺構 浪江町立請戸小学校~

          今回投稿するのは、福島県双葉郡浪江町(なみえまち)にある、震災遺構浪江町立請戸(うけど)小学校です。 浪江町の東日本大震災による被害や影響について最初に、浪江町の東日本大震災による被害や影響について整理しておきます。 浪江町は、東日本大震災では震度6強の揺れを観測し、15メートルを超える津波の被害に遭いました。死者・行方不明者は182人、地震や津波による全壊家屋は651戸に及びました。 また、東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響により、発災日の2011年3月11日の

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          夜の森桜まつり2024

          先日の話となりますが、4月6日(土)に福島県双葉郡富岡町で行われた「夜の森桜まつり2024」に行ってきました。 この「夜の森(よのもり)」という場所は福島県でも有数の桜の観光スポットです。その桜ですが、1900年に農村開発として入植した半谷清寿(はんがいせいじゅ)氏が、この地に300本のソメイヨシノを植樹したことが始まりと言われています。 彼の存命中に留まらず亡き後も彼の意思を継ぐ人々によって桜の植樹や手入れが続けられ、夜の森は桜の名所として広く知られていくようになりまし

          夜の森桜まつり2024