給食食べていけば?
校内支援教室に登校している男子生徒。毎日1時間自分で決めた学習をしている。小学校では、たまに放課後登校をしていたけど、ほとんど家にいた。中学生になって、家の近所にある中学校の中に不登校対策のための校内支援教室があると知り、登校するようになった。
初めは、衝立の中の個室のなかで1時間過ごして帰っていたが、ここ2ヶ月ぐらいは、学習が終わると衝立の中から出てきて、他の生徒がいても一緒に過ごせるようになった。12時まで学校にいられるようになった。相談員の私とも色々な話をするようになっていた。できることが増えていた。
ここのところ、保護者や先生から、「給食食べていけば?好きな給食の日だけでもいいよ。給食費勿体無いじゃない?・・・」などなど声をかけられるようになった。優しい彼は、その度に笑顔でかわしていた。保護者から「このメニューの日に食べてきたら?」と息子と話したと連絡があったと担当の先生から聞いていた私は、給食のメニューを見ながら、「何の日なら食べられそうなんだっけ?」と聞いてみた。いつもはなんとなくごまかす彼がその日は違った。
生徒:「なんでさ、食べたくないのに、色々勧められないけないのかな。」
私 :「え?お母さんと話したと聞いたからさ。」
生徒:「話したよ。すごくうざい。ほんとにムカつく。」
私 :「お母さんにうざいって言ったの?」
生徒:「言えないよ。でも、言えないからその気持ちを自分の中に押し込めなきゃいけないから、ネガティブな気持ちになるよ。」
すごい熱量だった。私は、彼の中にこんなに強い想いがあったことに驚かされた。ずっと心の中にあった怒りを表現したのだ。
私 :「大人はすぐ欲が出ちゃうんだよね。それは違うね。」
生徒:「今だって自分ができることを精一杯やっているのに、もっと何かをさせようとするんだよね。プレッシャー与えて、今より悪い状況になるかもしれないとか考えないのかと思う。」
いつもより大きな声で早口で話す彼をみて、たくましさを感じながら、「そうだった。この子は十分頑張っていたんだ。」と目が覚めたような気分になっていた。「わかった。もう言わない。」というと、彼は頷いた。気がついたら30分経っていた。
あれこれと言葉をかける大人の気持ちももちろんわかるという。だから、お母さんには「うざい」と言わなかったそうだ。でも、この部屋では言えた。
大切なことをたくさん教えてもらった。そんな出来事だった。
「給食食べていけば?」「どの授業だったらいけそう?」「行くだけ行ってみる?」
大人にしてみればだいぶ控えめに言っているつもりだけど、その言葉の裏にある想いや、大人の策略のようなものを敏感に感じ取る彼らに、「もっともっとできるよね。」という呪いのような言葉を私たち大人は無意識に伝えているのかもしれない。