KAYOKO TAKAYANAGI|少女の聖域vol.4|トレヴァー・ブラウン|王国の真昼
月の裏側には少女の王国があるんだよ。ウサギが囁く。
そこでは地球上では息を潜めて過ごしていた少女たちが、思い切り羽を伸ばせるんだ。
良い子にしていなくったっていい。誰の目を気にせずとも、好きな服を着て好きなお茶を飲んで過ごそう。
ほら、長い耳が生えてきたらもう大丈夫。
少女の眼窩に嵌め込まれているのは、ブルームーンストーン。スリランカの鉱山の閉山で、今では幻となってしまったミルキーブルーのこの石は、その乳白色の中に揺蕩う光が、青空に浮かぶ白い月を思わせる。
ムーンストーンは和名では月長石という。これは特定の石の名前ではなく、長石というグループに属する数種類の石を指す言葉だ。どれも半透明の白色に青の特殊な光学効果を持つことが特徴的な石だが、中でもブルームーンストーンはその内側から発光しているような乳白色の中にゆらゆらと揺れる青い光が幻想的である。
同じ長石の仲間であっても、ペリステライトやラブラドライトの主張の強い青とは違う、蝋燭の焔が揺らめくように青色が浮かび上がるブルームーンストーン。夜空に浮かぶ黄色い月ではなく、真昼の青空に白く浮かび上がる月を映す石。
もう市場に流通することがなくなってしまったこの幻の石は、月の裏側で少女たちの視界を照らす。
少女はこの地上では様々な外圧にがんじがらめにされている。それはまるで拘束着のように少女を覆い、重力と共に地上に縛り付ける。
では少女は不自由な存在なのか。否。鎖をつけられ小さな部屋に閉じ込められても、誰も少女を留めておくことはできない。少女は、内なる“不在の少女“は、いつでも月の裏側の少女の王国に行くことができる。
トレヴァー・ブラウンが描く少女は、強い。彼女たちは少女が可愛いだけではないことを突きつけてくる。淡い色合いに浮かぶブルームーンストーンの眼を持つ少女は、真昼の空に浮かぶ巨大な月を背に真っ直ぐ前を見つめて佇む。
現実には三日月や上弦下弦の月はあっても、真昼に満月は存在しない。満月は太陽の反対側に位置するため、夜にしか見ることが出来ないのだ。昼の月は常にどこかが欠けている。それはまるで、歪で壊れやすく儚げでいながらしたたかにサヴァイヴしてゆく、少女の精神性のようだ。
だがこの聖域では、視界いっぱいに広がる真昼の満月が少女を守ってくれる。月の申し子である少女の忠実な眷属のように。
少女の王国に浮かぶ真昼の月。
聖域は誰にも侵犯させやしない。絶対に、永遠に。
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作家名|トレヴァー・ブラウン
作品名|moonchild
油彩・キャンバス
作品サイズ|53cm × 45cm
制作年|2023年(新作)
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