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RIE EGUCHI & monomerone|シスターフッドと音楽《1》|音楽に祝福された、ピエタ院の少女たち

 近年、ようやく注目され始めた女性作曲家や女性の指揮者たち。本シリーズ「シスターフッドと音楽」では、音楽家に限らず、あらゆる女性たちがどのように音楽に関わり、楽しんできたのかを、菫色的な世界観から辿っていく。毎回アーティストをお迎えし、その回のテーマから自由に着想した作品を制作発表して頂く。

 ──時は18世紀、水の都ヴェネツィア。“最も清澄な共和国”は、石と水の幸せな融合により、ピクチャレスクな都市として人気の観光地。ルネサンス期から保たれた壮麗さと頽廃、重厚と軽薄、世俗性と宗教性といったアンビバレントな要素が交差する、菫色の気配を纏った魅惑の都市だ…。

 当時のヴェネツィアは、英国を中心とした欧州の貴族の子弟が、社会に出る前に芸術・学芸上の見聞を広める総仕上げを行うグランド・ツアーの訪問先としても人気を博した。英国商人のJ.スミスが、画家カナレットのパトロンとなり、都市景観図を旅行者たちに売りさばき、プロモーターのように暗躍したのも功を奏した。カナレットはサン・マルコ広場やカナル・グランデ(大運河)などの人気スポットを輝かしいタッチで描き、水の都の宣伝に大いに貢献したのだ。

カナレット|大運河ヴェネツィアへの入り口

 水の都はまた、音楽の都でもあり、サン・マルコ大聖堂で荘厳なオルガンの音色を響かせたロッティや、ガスパリーニ、カルダーラといった作曲家が活躍。16世紀末、フィレンツェの貴族の館で誕生したオペラを、17世紀に興行として確立させたのもヴェネツィアである。機械仕掛けの壮麗な舞台美術や、去勢した男性が女性のような高音域で華麗に歌う“カストラート”が妖しい魅力を放ち、現代のハリウッド・スターのような人気を博した。音楽も最強の観光資源のひとつだったのだ。

 現在の大スター、カウンターテナーのジャルスキーが歌う華やかなオペラ・アリアを聴いてみよう。

ヴィヴァルディ作曲|「狂気を装うオルランド」~何を見るまなざしにも
(アルバム『ヴィヴァルディ・ヒーローズ』より。ERATO)
演奏|フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)
ジャン=クリストフ・スピノジ(指揮)、アンサンブル・マテウス

 このアリアの作曲者が、ヴェネツィア生まれの最も有名な作曲家で、ヴァイオリン協奏曲集「四季」の名曲で知られる“赤毛の司祭“と呼ばれたヴィヴァルディだ。常に司祭服を纏いながら、ほとんどミサはあげず、悪魔のようにヴァイオリンを弾き、オペラを上演したが、もうひとつ別の顔も持っていた。快楽の都の影の部分を象徴する、棄児や私生児を収容する4つの慈善院のひとつ、ピエタ院(憐み・慈悲などの意)で少女たちに音楽を教え、院の大切な資金源となっていた有料の音楽会を指揮し、40年近くにわたり院のために数々の名曲を作った。

アントニオ・ヴィヴァルディ(1678-1741)
ここでは白髪のウィッグを着けた“赤毛の司祭“

 14世紀に設立されたピエタ院は音楽教育に力を入れ、1703年のヴィヴァルディの教師就任後には、ヴァイオリンの名手・アンナ・マリアなど、少女たちの中から大スターを輩出した。才能を認められ、特別学級でエリート教育を受けた“合奏・合唱の娘たち”には、音楽会での演奏の他、パトロンを得たり、富裕層と結婚したり、スター演奏家になるための広報活動も用意された。しかし実際には大半の者が生涯を院で過ごした。まさに揺籠から墓場まで、である。

ピエタ慈善院

 ピエタの少女たちは親に棄てられた子どもたちだ。一年の大半をカーニヴァルのお祭り騒ぎに明け暮れた快楽の都には娼婦も多く、夜の闇に紛れて運河に赤ん坊を投げ棄てる者が相次ぎ、救済措置が必要だった。演奏会でも宗教上の理由から、少女たちは飾りが施された鉄の柵の後ろで演奏したが、浮かび上がる可憐なシルエットがかえって人気を高めたともいわれる。グランド・ツアーでヴェネツィアを訪れた哲学者ルソーは、ピエタ院の演奏会で、少女たちの高い演奏能力の解説と、不思議な引力に心酔したという意味深な言葉を残している。

 少女たちは、寝食を共にし、家族のような絆で結ばれていた。そんな彼女たちが奏でた音色には、優れた教育システムや才能だけでは説明のつかない、特別なシスターフッドが生み出す煌めきがあったに違いなく、ヨーロッパ中で人気のオーケストラに成長できたのだろう。

 赤毛の司祭が少女たちのために作った「ピエタ院のための協奏曲集」など数々の名曲に耳を傾けてみてほしい──アンナ・マリアやベッティーナたちの、菫色の息吹が聴こえてくるはずだ…。

ヴィヴァルディ作曲|ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調RV349「アンナ・マリアのために」よりアレグロ
(アルバム『ピエタ院のための協奏曲集』より。GLOSSA)
演奏|ファビオ・ビオンデイ(ヴァイオリン)&エウローパ・ガランテ

コンサート風景
ピエタの少女たちの顔がはっきりとは見えないように
客席から離れた高い場所か、
鉄製の柵の後ろで演奏するように配慮されていた。

参考文献|
『永遠の音楽家 ヴィヴァルディ』ロラン・ド・カンデ著・戸口幸策訳(白水社)1970
『英国流旅の作法 グランド・ツアーから庭園文化まで』中島俊郎(講談社学術文庫)2020
Landon, H.C. Robbins “Vivaldi, Voice of the Baroque” The University of Chicago Press 1996
Quick, Barbara “Vivaldi’s Virgins” Harper 2007


トロンボーンのルチエータ

 炎の灯った心臓の形のmonomeroneの聖心は、こっくりとした質感と色合いに中毒性があるように思う。手に取ると驚きの軽さで装飾性と実用性を兼ね備えている。

 ヴィオラのベッティーナ
コルネットのカタリーナ

 今回仕立てられた6種の聖心は、明るめの瑞々しい色彩が燦然と輝き、若々しい清涼感に溢れた新境地に心が踊る。

 母性を意味するマザーオブパール、才能と成長の象徴のグリーンカルセドニーなど、厳選された石たちがキラキラと揺れ、愛らしい名前が欧文で刻まれている。ファーストネームしか持たない少女たちはいつしか演奏する楽器名をつけて呼ばれるようになったという。

 ヴァイオリンのAnna Maria アンナ・マリア
 トロンボーンのLucieta ルチエータ
 ヴィオラのBettina ベッティーナ
 ヴァイオリンのPierina ピエリーナ
 コルネットのCatalina カタリーナ
 ハープのMargherita マルゲリータ

ヴァイオリンのピエリーナ
ヴァイオリンのアンナ・マリア
ハープのマルゲリータ

 慈善院に設置されたスカフェータ、いわゆる赤ちゃんポストに預けられた棄児を祝福し、過酷な運命にある子らを尊い慈愛で包み込む壮大なテーマのもとに制作された作品。

 白い花びらのような台座の上の、金と赤の揺籠の中には、赤子を模したバロックパール(歪んだ真珠)が眠る。いつの日か母親が迎えに来ると信じて。柘榴のような愛の象徴のルビーが、強く明るい光で聖母とともに母子たちを祝福する。

 6種の専用チェーンもひと際色鮮やか。インプレッションストーンの配色はモネの絵画を思わせる。
 長さによって表情が変わりそうなのも嬉しい。

ヴィヴァルディ作曲|「スターバト・マーテル」RV621~悲しみに暮れ 聖母は立っていた
(アルバム『ピエタ~聖なるアリア集』(Erato)より)
演奏|フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー&指揮)
アンサンブル・アルタセルセ

江口理恵|音楽ディレクター・翻訳家 →Instagram
レコード会社の洋楽部で海外渉外業務を経て、クラシック制作ディレクター。クラシックのコンピレーション・シリーズで「日経WOMANウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」ヒットメーカー部門受賞。現在はフリーで音楽ディレクターや音楽関連の翻訳業務を行っている。

monomerone|クレイ作家 →Twitter
架空のアンティーク・ブロカントショップ monomerone—モノメローネ—と申します。「元の持ち主」であるどこかの誰かの一日の物語が詰め込まれた様々な意味をもつアクセサリーを販売しています。



作家名|monomerone
作品名|ピエタ院の少女のためのTiny Sacred Heart(6種)

樹脂粘土・メタルパーツ・ガラスビーズ・天然石(ペリドット/ルビー/グリーンカルセドニー/ラブラドライト)・淡水パール・マザーオブパール
作品サイズ|約6.5cm
制作年|2022年(新作)
*オンラインショップに別ショットの画像を掲載しています

作家名|monomerone
作品名|祝福されるスカフェータ

樹脂粘土・メタルパーツ・ガラスビーズ・ルビー
作品サイズ|約8cm
制作年|2022年(新作)

作家名|monomerone
作品名|monomeroneロゴペンダントチェーン(6種)

シリシャスシスト
インプレッションストーン
ガーネット(柘榴石)
ムーンストーン
ブルーフローライト
ラベンダーアメジスト
作品サイズ|
シリシャスシスト70cm/インプレッションストーン60cm/他50cm
制作年|2022年(新作)

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