YAYACO YONEYAMA|倫敦都市香水
Text|ヨネヤマヤヤコ
菫色連盟潜入取材として参戦したサロン・ド・パルファンでのことです。香りの坩堝に飲み込まれ時折溺れそうになっていた我々を待ち受けていたのはゲラン帝国でした。
目に留まったのはメゾンの象徴である蜂をあしらった深い深い菫色のビーボトル。その美しい佇まいはまるでアメジストの神殿のようです。霧とリボンのために用意されたとしか思えないその香水の名は《イマジン》。秒で購入されたノール様のご相伴に預かりムエットをいただくと疲れ果てた脳に柑橘類とルバーブがとても爽やかで、乾いた身体に水が沁み渡るような体験でした。
爽やかな柑橘類とルバーブの甘酸っぱさが淑女に軽やかな少年性を演出してくれます。ごろりと寝転び刈り取られたばかりの芝生の匂いで胸を満たして、初夏の抜けるような青空と木漏れ日を感じられる香り。菫色のビーボトルもブルーベルで覆われた英国の森のよう───
ゲラン ヴォワイヤージュ コレクションは2009年発売。パリからの旅人がモスクワ、ニューヨーク、トーキョーの各都市へのオマージュを捧げたシリーズとして限定発売されました。2011年には新作《ロンドン》が発売。ゲラン専属調香師ティエリー・ワッサーによって生み出されました。2019年にジョン・レノンの名曲《イマジン》の名を冠しリニューアル。タワーブリッジが描かれた縦長の香水壜はラベンダー色のジュースはそのままにビーボトルへと生まれ変わりました。深い菫色のビーボトルはサロン・ド・パルファン限定商品として発売されたものです。香りよりも先に佇まいに惹かれた香水がかつてのヴォワイヤージュ コレクション《ロンドン》だったのは運命的です。菫色×都市というテーマにこれ以上ふさわしい香水は他にはないでしょう。
トップノートのルバーブはかつて翻訳小説で知って以来憧れ続けた果物でした。大人になり自然食品店で出会ったルバーブは完全に蕗の姿(果物ではなく野菜だったのですね)。ジャムを作ってみればうぐいす餡にしか見えず……(赤いルバーブではなく緑でした)。恐々と口に運んでみると爽やかな甘酸っぱさが広がり、その日以来ブーランジェリーでパイやデニッシュなどルバーブのメニューがあれば必ず買うほどのお気に入りとなりました。
ロンドンに惹かれはじめたのは少女漫画から。萩尾望都『ポーの一族』をはじめ萩岩睦美『銀曜日のおとぎ話』『パール・ガーデン』、佐々木倫子『ペパミントスパイ』等々…上げてゆけば枚挙に暇がありません。庭園より先に温室に憧れを募らせるようになりました。
当時わたしは赤道直下の島国に暮らしていました。街角には丁子のにおいの紫煙が立ち込め、歩けば赤い砂埃が立つ熱帯雨林の国。ブーゲンビリアやハイビスカスの鮮烈な色彩、樹々は異常なほど生育が早く、ヤシの木は天を衝くように伸びタビビトノキが空を扇いでいました。
帰国してようやく温室を訪れてみれば現地と同じ植物が並んでいてがっかりしたものです。それもその筈。そもそも温室とは熱帯や亜熱帯性の植物を保存するための装置なのですから。温室に行くたび彼の地の皮膚感覚が蘇ります。
香水もひと吹きで別世界に連れて行ってくれる装置です。
映画『ハウルの動く城』で玄関にルーレットがあるのを覚えていますか。カチカチとルーレットを回してドアを開けると違う場所にワープできます。わたしにとって香水とはあの装置そのものです。あたらしい香水と出会うときはドアを開けて別世界へ入っていく感覚があります。
香水談話室に参加してくださった江口理恵様に《イマジン》を試香していたたくと「まさしくロンドン!」と声をあげられました。英国で暮らしていた江口様の実体験とパリの旅人が憧れたロンドン、そしてわたしの憧れるロンドンが香水をとおしてつながった心踊るひとときだったのです。
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