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ブルー・ジントニック|短編小説#シロクマ文芸部
振り返るそのとき―――。
あなたは僕を見つめた。目をあわせ、慈しむような眼差しをたたえ、ゆっくり近づいて来た・・・。
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高校の頃、僕はいつも、自分が何者か分からなかった。・・・高校だけでなく、もしかしたら今でもそうなのかもしれないが。
当時は分かりたくて、高校は美術部に入り、ずっと絵を夢中で書き続けた。
絵の中に求める答えがある気がした。自分の身代わりとなる絵のリソースを増やすため、たくさん音楽を聴いたり、たくさん本を読み進めたりした。
何でもとり入れたら良いわけじゃなくて、自分の感覚に合ったものを厳しく選んだ。自分の行く店にも結構好き嫌いがあって、気に入れば何度も訪れた。
僕の絵は作風が時々変わる。色調が明るくなったり、暗くなったりするのはよくある。タッチが穏やかになるときがあれば、描きなぐるように筆を使うときもある。絵で嘘は吐きたくなかったから、自然とそうなった。
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躊躇なく、美大へ進学した。
この世界を投げ出したくなる僕を、絵が救ってくれたから。
最初は日本画を選考した。日本画を描くようになって、心が安定するようになった。
日本画は、鉱物を細かく砕いて何かを表現する。例えばラピスラズリを砕いてわずかに菫がかった濃青色を作ったり、色んな貝を砕いてこの上なく美しい白を作ったりする。
絵に似合う和紙を選び、
鉱石から採取した顔料を使い、
膠(にかわ)という動物性の接着剤を用いて描く。その工程が複雑なほど、荒ぶる心がおさまり、落ち着いて描けるようになった。
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その頃僕は、大学のある街の高台で営業する、個性的なバーでアルバイトをすることにした。
店内に、何気なくかけてある絵が悉く名作なのに驚いたのと、バーカウンターの風情が古めかしく清潔で、好感を持てたのが決めた理由だった。
昼はカフェとして使われ、夜のバーがメインの営業。趣味的な店のせいか、ほとんど客はやって来ない。
それでも成り立っていたのは、初老のオーナーが大金持ちで、おそらく節税対策にしていたからなのだろう。
オーナーはほとんど、日本にいなかった。
指示されたことはひとつ。
「掛けている絵について聞いてこられたら、説明してほしい」
それだけだった。
そのせいか、3人くらいの別シフトのアルバイトたちも、皆美大生だった。
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バーでは自分の好きな音楽をかけて良かった。そのあたりはオーナーに自由にしていいと託されていた。
僕はバーを演出するように、早い時間には客が好みそうなchill out系の曲、夜が深まればモダンジャズかソウルミュージックを選んだ。聴いても良いし、喋っても邪魔にならないもの。客が少ないから、自分自身のテンションが上がるもの。
レコードはこの店になる前がジャズバーだったらしく、そのまま置いていったためかなり揃っていた。携帯とオーディオは繋げなかったが、CDなら使うことが出来た。
暇だったので、店内のボトルを拭いたりしながらほとんどのレコードを回して聴いた。おかげで僕はすっかりジャズ通になってしまった。
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ある夜。いつものように糊の効いた白いシャツと、細身の黒のパンツを穿いて、バーカウンターの中に居た。黒い革靴を磨いておくのは自分の拘りだった。
珍しく4人連れのグループが他の店から流れてきて、カウンターではなくテーブル席で賑やかに飲んで、帰っていった。
グラスやシェーカー、バースプーンなどをカチャカチャ洗っているときに、小さくドアチャイムを鳴らして、その女が入ってきた。
艶のある長い髪。きちんとしたハイネックのニットに、長めのタイトスカート。控えめなヒールの靴。
小綺麗にしていて、一瞬、オーナーの関係者かと思った。
カウンタースツールに自然な様子で座り、一呼吸おいて僕を見た。
「―――こんばんは」
「いらっしゃいませ」
「ジントニックを・・・
ボンベイ・サファイアは、あるかしら?」
ボンベイ・サファイア。ジンを指定されたのは初めてだった。宝石のように美しいブルーのボトルが頭に浮かんだ。
(あったはずだ・・・)
カクテル用の棚を探し、ほとんど使われていない細長いボトルを見つけて取り出した。
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彼女は月に1、2回のペースで店に現れた。いつもひとりだった。大抵2、3杯飲んで、さっと帰って行った。
飲むのはいつもボンベイ・サファイアのジントニックか、それに似た辛口のロングカクテルだった。
仕事帰りのようでもない。8時から9時頃にかけて、何故このバーへ立ち寄るのか違和感があった。
薬指には、指輪が光っていた。
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彼女は他の客がいるときは邪魔をせず静かに飲んで帰った。店の音楽や、雰囲気を味わっていたのだろう。
客が彼女ひとりのとき、話のきっかけを掴むために、僕から当たりさわりのない質問をした。
―――音楽は、何を聴きますか?
―――最近、どんな本を読みましたか?
といったようなことだ。
今振り返ると、ほとんどの質問に、彼女は答えていなかったように思う。
いや、答えていたが、覚えていないのかもしれない。
たいてい彼女は、
「そうね―――」
と言ってゆっくりと耳に髪をかき上げ、
遠くを見る目になったあと、
こちらを見て
「―――あなたは、何が好きなの?」
と微笑みながら聞き返してくるのだ。
そんなときの彼女は、理想の聞き役だった。僕がリソースとして身体の奥に埋めてきた宝物を、やすやすと開けた。大抵のトピックは、知っているか関心を示してくれた。
今思えば、僕は若かった。
誰かに聞いて欲しい欲求が溜まっていたのだろう。
本当は知識を披露するのが目的ではなく、自分自身を認めてもらいたかったのだと思う。
自分が饒舌になれることを、初めて知ったのだ。
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僕は、彼女が店に訪れるのを心待ちにするようになっていた。客以上に、彼女に親しみを覚えてきたのだ。
しかし、ある日突然、彼女はまったく顔を見せなくなった。
それまでが規則正しいペースだったため、2ヶ月を過ぎると次第に心配になってきた。もちろん連絡を取る術も関係性もない。
彼女がぽつりぽつりと話していた会話の切れ端を思い返した。
結婚後、この街へ越してきてあまり知り合いがいないこと。
子どもがいないから、なかなか人と繋がりを持てないこと。
パートナーが忙しくて、家を空けることが多いこと。
―――気分転換にここに来ているの。
―――家でいても、息が詰まって、退屈になるから・・・。
少し愁いを帯びた瞳で、小さく笑う顔を、僕は頭に浮かべていた・・・。
【 continue 】
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今回は
長めの小説に
挑戦してみました。
途中になって恐縮です!
後篇は、
明日投稿予定です。
このnoteは、最近嵌っている石崎ひゅーい氏の曲をモチーフに執筆してみました。
✢石崎ひゅーい/ピノとアメリ
誰にもわからない
僕の正体とやらを
見つけ出して 抱きしめてくれないか?
僕にはわかるんだ
嘘をついている 君が
泣いていいよ
ここにずっといるから…
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シロクマ文芸部課題「振り返る」に応募しております。
小牧幸助様、よろしくお願いいたします!!
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また、次の記事でお会いしましょう!
🌟I am little noter.🌟
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