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ホンマにまだまだや。
今日はホンマにまだまだなことを痛感した。
人としての器だったり、脳内小人の声を本心だと思い込んでしまったり、現実面に振りすぎていたり。
僕は何を目指していたんだろうか、とふと思う。
僕の特性のひとつに、極端に振るというのがある。
最近は、めちゃくちゃ現実面に振っていた。
理由は妻の転職をきっかけに、自分がいくら稼ぐ必要があるかを目の前で認識したからだ。
それから自分の時給単価はいくらなのかを計算し、文字単価をいくらで受けるべきなのかを計算した。
そして、自分の使うエネルギーもすべて案件ごとに書いた。
案件別にかかった時間は測ったので、たやすかった。
はじめて向き合った。
結果としては、時給600円~3,000円まで、まぁ一覧で出るわ出るわ。
今までなんとなく、なーなーにしていたことである。
もうね、恥ずかしかったよ。
いかに自分が思慮が足らずに案件をこなしていたか。
質の良い記事を作るためには時間をたくさんかけるべきとか思っていたのが出ていたと思う。
でもね、それは違った。
だって、時間がかかる=スキル不足に他ならないから。
SEO記事の構成を作るのに、30分でできる人がいる。
それはその人に授けられた特別な才能だと思っていた。
ちがった。その人も1記事構成作るのに3時間以上かけていたときがあったと思う。
その人は数をこなして、時間測って、向き合った結果速くなったんだと思う。
スピードとクオリティは両立できることに気付いたんよね。
自分がただ事実から目を背けて逃げていただけで。
だから、僕は文字単価は2.0円未満は受けないことにした。そして、時給が3,000円を切らないように行動することを誓った。
今のままじゃ月収40万円のフェーズに行けない。子どもたちが小さく、稼働時間が限られる中では、時間単価を上げるしか道はない。
この行動は良かったと思う。
でも、それに振りすぎて大切なことをおろそかにしてしまった。
僕は、いつしか物事をお金で判断するようになっていた。
もちろんそれは大事。
経営者として決断すべきときは毎回来る。
たぶんこれは個人事業主なら一生付きまとう。
その決断を、、
最近ひとつ間違えた。
せっかくのご縁だったのに、お金部分しか見えていなかった。
いや、正確にはお金以外にもいろんな部分が見えた。
完璧な人間は存在しない。それを受け入れられる器が自分にまだなかった。
本当にクソだなと思う。
何が「タイヨウ・ライティング」やねん。目の前の人に全力で向き合うんじゃなかったのかと、自分自身のことを蹴り飛ばしてやりたい。
とまぁ、反省タイムはここまで。
自分で言うのもなんだが、僕は素直である。
納得できないことは納得できないと言う。
今回は師匠であるだいちゃんにご指摘いただいたことで、ちゃんと受け止められた。
たぶん半年前の自分ならできなかったと思う。
ふてくされるか、その場では合わせたふりをして、しれっと離れたかもしれない。
そこは成長したのかもと書きながら思った。
僕は好きになった人には、全力で尽くしたいタイプだ。
でもそれゆえに、ボトムギバーとなり、自己犠牲で人を喜ばせる人生を送ってきた。昔の自分にあだ名をつけるなら、うちはイタチである。
それがここ1年くらいで急激に変わってきている。
自分もちゃんと大事にしたいと思うようになった。
だからこそ、、、
自分が納得できる価格で受けたかった。
でも、それはまちがい。
いや、正しいけどまちがい。
お金って本来、「ありがとう」に対してもらうエネルギーを変換しているだけに過ぎない。
「ありがとう」をもらえていないのに、お金に変換しようとするのは残高不足だ。
そら信頼下がるわと納得した。
と、書いていたら収集がつかなくなったが、まぁ今回の件は良かったと思う。
自分なりに考えて行動した結果、起こったことだから。
でも、そんなとき、きちんと目に見えないご縁でつながっている場所がある。道を示してくれる師匠や仲間がいる。
そんなライティングギャラクシーが好きです。