演奏家の嗜好とは?『六本指のゴルトベルク』
音楽の趣味は無頓着な方である、流行の曲に追いつけなくなってきて久しい。自ずと普段聞くのは学生時代に知った曲かクラシックやジャズかラジオかポッドキャストとなる。
それでも何か楽器が出来たら楽しいだろうな、楽しかろうなと思うときがある。YTでヒットした曲をオリジナルとは全くかけ離れた楽器でカバーしたり、そんな組み合わせでセッションしちゃう??という組み合わせで演奏しているのを見ると音楽が出来るという人々に無条件に憧れる。
合奏にせよソロにせよ、音楽ってのは凄い表現だよなーと無邪気に感心しちゃう。そして当たり前だけども楽器を奏でるというのは身体性を伴う行為である。優雅に見えれるけれども完成形にたどり着くまで延々と練習し、合奏であれば周りと合わせる必要もあるし。その身体性を伴う表現として楽器の演奏者はその存在自体がやはり美しいというか、魅せられてしまうものである。
さて本題、青柳いづみこ著、『六本指のゴルトベルク』岩波書店、2009年である。プロのピアニストである、で、内容は音楽や音楽家をテーマにした小説について書いたエッセイである。
表題はなんとトマス・ハリスのかの『羊たちの沈黙』について、という具合でピアニストが厳密に音楽的に分析するとかではなく、以外にも取っつきやすい視点でピアニストや音楽について掘り下げていく。
取り上げられている小説はトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』や中山可穂の『ケッヘル』やアンジェラ・カーターの『血染めの部屋』もあればトルストイの『クロイツェル・ソナタ』など幅広い。さすがプロのピアニストなんだなと思うのは紹介される小説の中にある曲についてどの演奏家なのか、どのバージョンか?というところまで思いを馳せるところである、漫然とBGMとして流さないのだなという、読んでるのにもかかわらず耳を傾けるその姿勢自体が読んでいて新鮮。
また著者自身もプロのピアニストということで、マルタ・アルゲリッチやグレン・グールドなどの他の演奏家に言及したり、ピアニストになるまでどういう生活をしているのかを書いている下りも、半ば神秘のベールに包まれがちな演奏家の生々しい生活面が見れて面白い。ピアニストの手が美しいわけなかろうが、でもその感覚は敏感で繊細だという下りとか。
中でも驚愕したのは演奏するピアノの光の反射でメーカー(スタインウェイかヤマハとか)を見分けるというくだり、そんなので分かっちゃう?というか、研ぎ澄まされた感覚で仕事をしている著者の観察力におののいた。
そんなこんなで小説の中にある作家の音楽への姿勢や、利用の仕方からプロの演奏家が見た小説の中の音楽が感じられるなかなか稀有な一冊だと思う。ぜひ他の楽器奏者の人でも似たような本を出してはくれないかと願ってやまない。(例えばヴァイオリニストの方とか、、、)
写真は単行本だが、2012年に中公文庫になっているのでもし興味があればご一読を。他にも『ショパンに飽きたらミステリー』などの読書エッセイもあれば、『ピアニストが見たピアニスト』のような演奏家への評論もあれば、ショパンコンクールについての著作もあるので探る水脈はクラシック沼も相まって存分にある。
読むもよし、読んで動画を漁るもよし、そこから生の演奏見に行けたらもっとよし!ではなかろうか。