すごくはやくてとらえられない子と幼馴染みたち

なにもかも
すごくはやくてとらえられない。全部、通過していく。

胸とあたまの真ん中に空いた穴を
アナグマ
鳥の群れが
巨大な鮫が
新鮮な空気が

雨は降りっぱなし
雷は鳴りっぱなし

よくわからないこと
わかった気になってたこと

全部、通り過ぎていって
焼け野原みたいになって
逆に
さっぱりした

残るものは何もなくてもいいのかも
楽しくて
はずかしくて
全部わすれちゃうし
どうして全部ひきとめようとしていたのかな



(残るものは何も無くていいとか、何を言ってるんだかね、この子は……)と向かいの席に座っていたおばあさんは思った。おばあさんの隣に座っていたお姉さんは最近付き合いだした彼氏のアレのことしか頭になくて特に何も耳に入っていなかった。女の子の隣に座っていた友達は、窓にうつった自分の顔とよくしゃべる自分の友達の顔を見比べていた。それと同時に新しく買ったワンピースに合わせる靴と鞄と日焼け止めとまつげと膝下の足の長さ、ふくらはぎの適切な太さについて考えていた。鎖骨のこと、首筋のこと、笑ったときの口角の上げ方、耳の見せ方。見られるのが好きなこの子にはこの子なりに考えること、試すことが多かった。それに、この子には何もかもが速いなんて感覚はなかった。全てが停滞してとろくさくて燻っていて、自分がこの身体でスローな世界に動きを付けて掻き回していかなければ停滞した世界の澱に窒息しそうだった。

駅に着いて、もわっとした夏の空気の中に降りたって、胸の真ん中に空いた穴のことを話していた女の子は穴のことを話していたことなんてすぐに忘れて、もう別のことに夢中になっていた。なんというかそういう子だったし、隣で話半分に聞いていた女の子はそういった彼女に慣れっこで、毎度のことに呆れかえりつつも、面白いからそのままでいて欲しいような鬱陶しいような気持ちを半分ずつ持ちながら、なんやかんやいってその子のつるりとしすぎた感性は嫌いではないと思っていた。どちらかというと、彼女にはその子は全てを通過させる穴なんかじゃなくて、色々なものを弾いてしまう独立したつるつるの玉みたいだと感じていた。たまに、その子かその子の欠片を小さなピアスにして左耳につけてまわりたいと思っていた。毎日、会える訳じゃないし、その子はなんというかいつもいる子たちとは少し(かなり)違った感触をもたらすから。

彼女たちより、少し遅れて改札を出たおばあさんの胸には、さっき聞こえてきた胸に空いた穴のことと何も残らなくてもいいと話していた女の子の言葉が妙に残っていた。

それで、改札を出てから外へ出て、夏の日差しの元で思い切り胸を全開に開けてみた。特に、何も変わりはしないと思っていたけど、やってみると驚くほどのがらくたが土煙をあげて雪崩出てきた。

おやまあ。こんなに。
いつのまに、こんなにもこんなものを抱えていたなんてね。

それから、おばあさんは胸を閉じて、軽くなった胸で町を歩き出した。いつもの日傘はいつもより素敵に見えたし、暑くて鬱陶しいばかりの夏の日差しが日傘の影をすり抜けて皮膚を焦がしていくのさえ気持ち良かった。

風は通り抜けて、雑音も通り過ぎていって少し響いた色だけ残して何も残さなかった。もう、自分の胸にはいいものしかいれたくない。そんなことは出来るのだろうか? 今はそれも出来るような気がしているけれど。

それから。
2人の女の子は他の3人の女の子と合流した。寒いくらいの場所でアナグマのことなんて1ミリも話題に出てこなかったけれど、なにもかもすごくはやくてとらえられないと思っている女の子の瞼にそれぞれの子がいいと思っているけど、けして自分には試さないタイプのアイシャドウを塗った。それは、4人の女の子がはっとするくらいよくて、正直なところ、この子に対してだけは腹が立たないでいられるのが、なんというか、残された正しい女の子である名残りと正しい成長なような気がしてるのをなんとなく共有しながら、夢中でつるりとして、すべすべなそのこの子の目尻を書き足したり、頬をやさしくつねったりしていた。

何を見てなにを感じてるのかしらね。一体全体。

ほんとうに同じ頃に生まれて、同じように過ごしてきたはずなのにね。

もう少ししたら、
この子、すごくはやく成長して
なんとなくだけど、多分、あたしたちとは全然違う世界にいってしまう気がする。悪い意味じゃなくてね。

今だけだね。こうしていられるのも。

そう思いながら、4人の女の子は少し寂しく思いながらも、この子に対してだけは意地悪な気持ちが湧かないのがほんとうに不思議で、それは気恥ずかしくて口には出さなかったけれど、綺麗でうれしい気持ちに属していてずっと取って置きたいと思わせる気持ちだった。

それは、その子を見下してるとかではなくて。でも、もう少しの間、お姉さんぶれる楽しみを味わってもいたかった。


一時休戦中にあらわれる蝶とか
ミルクが注がれる前の透明な色とか
グラスに結露の浮かぶ一瞬前とか
火がつく瞬間に取り引きされる何かとか


そういったものの全部をこの子は持っていて、あたし達は多分、持っていない。

それは、無垢とは全然違う物で、彼女たちとベクトルは違えどまだ芽を出す前の強さだった。そして、それがどう化けるのか、彼女たちは楽しみにしていた。


そういう4人の女の子たちの気持ちは胸に穴が空いたり、頭の中を何かが羽ばたいてるその子には全く伝わっていないんだけど。

とにかく、すごくはやくて
何もかも手に負えないとくよくよしたり、笑い転げたりする子の内側はいつも慌ただしくて、ほんとうに何も目にしてないし、何も手にしてないと思っていた。

はやく、何かをつかんで足を地面につけて身体に充分な重さをつけて歩いていかないと、世の中の果てに吹き飛ばされそうだった。

すごくはやくて、まいってるのに。
まわりにいる子は優雅な蝶みたいに完成してきちんと世界にとまっているように見えた。

何が違うんだろ?
友達にかなり大切に思われていることなんて、これっぽちもこの子の胸にも頭にもなくて、時に穴として、時に紙くずとして、目まぐるしい世界が押しよせて通過していってしまう自分の着地するべき場所はいったいどこだ? と、いつも目をこらして眉をひそめて見極めようとしていた。

はやくてはやくて…目が回って時々気持ち悪くなって、流されて踊って、よくわからないところに、吹き飛ばされて行きたいような行きたくないような。

友達はもう着地してるみたいに見える。
それも、気のせいなのかな。


あーあ。
最近は
あーあ。
しか出てこない。


夏休みがくるけど、ほんとのところ、休んでる暇はない。計画が必要で頭を振り絞らないと。

瞼の色なんて
鏡を見ない子には必要なかった。

でも、それはほんとにきれいで、
それは、そのまま宙に飛び立っていった。それを、まわりの子のひとりが素早く捕まえてコレクションに付け加えた。

この子はこうして、時々、誰かのピアスになったり、身体の一部をピンで留められて飾られたりしてる。

これからも、多分、欠片と瞬間は増えていく。

本人だけが、すごくはやくて何もかも見えてなくて何も気付いていない。ふふふ。

剥き出しで1人で闘っているようなつもりのこの子の上には、少なくともこの4人の女友達からかけられた大きな透明な傘があった。

いろんなものが直撃しないように。
本人は気がついていないし、差し出している彼女たちの方もけしてそれを口にはしなかった。

誰かがつなぎとめちゃうんだろうね。
いつかはね。
あーあ。それでも、かわらないでいて欲しい。自分たちのことは棚にあげて、友達はそう思っていて、次に会う約束をきっちりしてから別れた。

でないと、あの子は。ほんとうに漂ってただよって戻って来なくなるから。
そうすると、ほんとうにあたし達、口にするのも嫌だけど、かなしいし、さみしくなる。

そのうちにその日はくるけど
来ないようにきちんと約束をして
書き記して、守らせるし守っていく。

あの子はそういうことを疎かにし過ぎる。

全く、もう、と4人の女友達は思っていて。でも、そういったやり方ではつなぎとめられない何かを繋ぎとめたり、繋がりをもたらすものをもっと真剣に身に付けなくてはとも思いはじめていた。

すごくはやく時間は過ぎていく。
本当に?
何もかもの中から
何をつかみたいのか

とりあえず、この夏を
どう過ごすのか
試してみなくちゃね




































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