斧。又は、草原での再会の約束を果たした後の幽霊からの手紙


※暴力な表現、不快な表現が含まれています。苦手な方はご注意ください。





変質者どもが自分の行為の穢らしさの生み出した毒に喘いで媚び諂った赦しと肯定を自分の腐った取り巻き達に乞うている声があちらこちらで噴き上がる夜

矢鱈と着飾った言葉を並べ立てるがその言葉には其奴らが踏み潰した女子供の糞尿が涙がこびり付いて汚臭と怨みを放っているのに、自己愛に脳味噌を吸われて干涸らびた糞共は自分可愛さのあまりそれにまったく気がつかない。気が付く脳味噌もなくなっていてゲロのように垂れ流す出す言葉は何処までも狂った自己愛にだけ塗れて穢らしいことこの上ない。気が付いていないのならまだましで、とっくに気が付いているというのに自分を傅く取り巻き達を逃さない為に被害者の叫びには気が付かせないように必死に立ち回るものだから変質者たちは必死に媚びを売った後、疲れに疲れて自分の性器を捻じ繰り回して興奮を宥めるのに夢中になって自分で生み出した新しい鬱屈した怒りに性的な絶頂を迎えていた。かろうじて生き延びた第二幕のはじまりは取り乱した頭で行った自淫による取り巻き達への射精と彼等に気付かれないようにそれをそうっと拭き取ることであった。

変質者の取り巻き達は変質者どもの死にさえ射精して見せるだろうことをもう充分に知っているはずなのに。あいつらの間にあるは友情でも尊敬でもない。ただの薄暗い欲を満たすお仲間であるのを隠す為に何やら高潔な精神を持ち出すような真似さえしてみせて。やりたいことは射精と加害と支配だけの鬱屈した猿共の癖に。自分の身体を切り取って差し出す勇気など持ちようも無い愚かなクズ故に他人の身体はいいように扱った。そうしておきながら自分こそが弱者で迫害されていると訴えてまわる。それで誰にも相手にされなければ、今度は手を変え品を変え詩的な物言いで取り繕った。弱さの裏にへばりついた加虐性を透明で脆い無害に装わせた楯にして周りの同情を誘うさそう!!


取り巻きの承認を求めて腰を折ってへこへこ頭を捩らせて周りにお伺いをたててまわる変質者。これであなた方も楽しんだのでしょうからわたくしのこともどうかどうかどうかお許しくださって愛してください。そのかわりの生け贄に差し出す物はいくらでもあります…不安定で孤立した少女、若いだけでちやほやされている女共、甘やかされたガキ共を…。黒髪の大人しそうな、、、。あなたさまごのみにいかようにもりょうりしてさしあげますとも。おすきなように。おすきですねえ、あなたも。おっ、わたくしをなぐらんでくださいまし。あなたさまがたがへんたいだともうしているわけではありませんのです。こうきなるせいしんをおもちゆえ、ぼんじんどもにはみえぬわからぬせかいを、、、。いえいえはなしすぎました。ああ、これがかみもなきよにおけるわたくしのしいたげられたたましいのさけびです。それにあなたさまはきょうかんしてくださっているおやさしいおかた…!!

それでペニスから涙をほとぼらせて
まあ、随分と白く濁ったなみだを…
おすきなんですねえ。おすきな…
やめてくださいまし。やめてくださいまし。わたしをなぐらんでくださいまし。
あたくしをきらわないでくださいませ。
みなさま、おなじように、あたくしとおなじくああいったのがおすきなだけですのに、おすきなんでしょう? とあたしがナカマイシキをもったりいたしますと、なぐりかかってくるひとたちが、ええ、ええ、おりますのですよ。くるったせかいです。わたしはだからやるんですよ。あのひとたちをねえ、まだきれいなあのひとたちをねえ、まだ「きれいだとおもっている」あのひとたちをねえ、あたしなんかよりきたならしくていますぐにしんだほうがどれだけよのためひとのためになるかわからないようなあのひとたちをですねえ、わからないようにきづかれないうちにですね、わたくしとおなじにさせることだけにしか、わたくしもういけないからだになっておりますのですよ。ええ。みてくださいまし。このわかもの。まだこんなにわかいというのに…。もうしょうらいはないですよ。ええ、あるとおもっているのは本人だけでして。うふふ。そうなんでございますよ。こう繰り返し繰り返しこういったものに触れることでね、もう脳が変化してしまうのでございます。1度ホイップされたクリームを元に戻すことは…。ねえ。この世に不可能はないと申しますけれど、それがどれ程難しいことか、おわかりになりますでしょう? かれらはね、どれ程道を踏み外しているかわかっておられないんですよ。ああ、たのしい。ああ、うれしい。ほんとうの日陰者にして差し上げるお手伝いをね、あたくし、ほぼ無償でやり続けておりますので。まだ純粋な彼等はね、拒絶される痛みばかりに敏感で拒絶すべきものを見間違うのです。それが、コツと言えばコツでして。ハイ。そこを上手くやれば、あとはこちらがね、下手に下手に出ていれば、あいつらきほんてきにはばかですからね、勝手に謙虚は美徳とばかりになついてくるのです。なにもいたしませんよ、あたくしは。でもね、ああ言う劣等感を拗らせたガキはね、簡単なんです。ほんとうに可哀相なくらい純粋でそれでいて、驚く程ばかなんでございますよ。じぶんでは、まわりより賢いからこうなんだ、なんてね、ほんとうに笑いが止まらない程、勘違いしたバカたちなんです。ですからね、けして、バカニシナイデ応援してるふりをね、滲ませるのがコツなんでございます。若者はね、ばかなりにまだ過敏な程敏感ですからね。少しでもバカにサレタなんて思うとすぐに、、、。わかりますでしょ? だから麻痺して鈍った大人たちよりもじっくり時間をかけるんです。よく世間ではグルーミング、そうそう、性的懐柔みたいなことね、それはあたしはいたしません。だから、効果があるです。何人かのまだましな若者を何匹か側に置いておきますでしょう? まあ囮って奴ですね。それを本人に気が付かせちゃイケません。あくまで自分の意思であたくしの作品の美的な部分に触発されてついている、それが醸し出されているのが重要なんです。そういうばかな若者はね、まあ、この場合は青年ですわね。そいつらはいい少女を釣るいい餌になるんです。汚らしい親父共とは比較にならんくらいのいい餌になります。安心は慢心、隙を生ませますからね。それで、釣れたそういったばかな若者をね、さらにばかな大人たちのいるところに放り込みますとね、、、。味の変化がたのしめるんでございます。そういったへんかそのものをみるのがおすきなかたも、いや、みなさま、しんししゅくじょのかたばかりでございますよ。でも、そういった方々はかなりおりますのです。ハイ。

そう笑って話す変質者どもの一人はどうやら話すぎたようで次の日に近所の浅い池に尻を上にして浮かんでいた。

頭の足りない取り巻きたちは腐った目を持つ人特有の見たいものしか映さない狭い視野で、変質者の死を短く嘆いて、次の瞬間には新しいシコリネタを提供してくれる新しいクズを血眼で捜し始めていた。あまり性的でなく、、アート、、、的、芸術として成立していそうで、他人にも自分にも言い訳の立つ絶妙なライン。劣等感を揺さぶることなく自分の薄暗い加害性を自分の代わりに表現している糞を捜し出すのに必死になっていた。


それは、本人がひた隠しにしていても、又は、これは誰の赦しもいらない個人の自由だとおおっぴらにしている人たちも、しっかりと身のまわりの人からその臭いを嗅ぎ取られて距離を置かれるようになる。彼等は望み通り、明るくて眩しくて自分の存在を貶めるコンプレックスを刺激してくる人たちとの関わりを徐々になくしていった。こちらが拒否するまでもなく向こうから壁をつくられて、望み通りその淀んだ檻のような壁の中で、、今は亡き池から這い出てきた変質者の幽霊と暮らすようになる。

それでいて、檻の中から他者から拒絶されたと怒りや悩みを抱くのって、どう考えてもおかしくないですか。頭が悪いってあんまり楽しいことじゃないみたいですね?

とにかく、と、その少女は斧を握った。少女にとって、詩を愛することは世界と人の肯定だった。何もしなければ、弱肉強食でやるかやられるかのこの凄まじい世界で人が人として人らしく生きるために、人が人の為にしてきたこと、したけれど叶わなかったこと、失われてしまうことへの悲しみ、それでも生きていく為に必要なこと。そのこころ、精神を歌いしるしたもの全ては詩だった。

変質者が自分の言い訳の為に詩の形をとって詩を汚していた。それを詩的だともて囃して、さらに詩を貶めている輩が許せなかった。奴らの舌に乗っているのは、詩ではなかった。言い訳だった。まやかしだった。詐欺師のよく使う腐りかけた甘さで、大抵の人ならば吐き出す代物だった。実際のところ、変質者の言い分を詩的と持ち上げながらけして飲み込みはしない奴らは大勢いた。喰えた物でないのを知っていたからだ。では、なぜ持ち上げるのか? それは、自分の欲を解消するのに大義名分が必要でそれを自分の口を汚さずに誰かが代わりに垂れ流してくれるなら有難いことだったからに他ならない。それだけ。

奴らから詩を奪還せよ。
少女は思った。
奴らから詩を奪還して、
奴らが2度と歌えないように
奴らの舌を切り落としたい。

それで、彼女はガリガリと机の上で紙に向かった。

「でもね、世の中から変質者がいなくなることなんてないよ?」
「あんたが、さらに怒りをこの世の中に増やしてどうするのさ?」

一理あった。
なるほどね、暴力に暴力で返せば、暴力の限りない増幅だよね。

じゃあ、どうしたらいい?
「あんたがもっと上手に歌えればいい。変質者の歌より魅力的で人が惹きつけられずにはいられない、変質者どものことなんて忘れてしまうくらいいい歌を」

でも、もう世の中にはいい歌はあった。それでも、私が私自身が変質者をやっつけたかった。普通に暮らしているだけで、変質者の不快な行動は目に余った。時に不快なだけでは済まされなかった。バスで電車で、買い物中に、友達と遊んでいるだけで。病院で映画館でライブハウスで本屋で、花屋で、遊園地で、公園で、服屋で、SNSで、海で、山で、森で、どこに居ようと。

「口だけ達者だと痛い目みるよ」
わかってる。浅い池に浮かぶのは私かも? いやいや、冗談じゃない。

私は斧を握って奴らの舌を叩き切る。
女子供に、弱い人に、加害しないと気の済まなくなった芸術家気取りの糞共の舌と手首を叩き落として、傷付いた人達をさらに傷付けるような真似を2度と出来ないよう思いしらせてやりたかった。

奴らの舌に謝罪が乗ることはない。なぜなら、ほんとうのところ、何をしているのかわかっているに違いないのだから。それを認めた瞬間に築き上げたものが崩れ、贔屓の取り巻きはみんな敵対者になる。ただの鑑賞者の席に座っているだけのつもりの彼等の座席のラベルを剥がせばそこには古くからの筆跡で同罪者と刻まれていた。彼等を結びつけていたのは愛ではなかったから、取り巻きは慌てふためいて「同じにするな」と不快感をあらわにした。認めれば即終わってしまう人達は、言い訳を増やして在りもしない概念に守られているつもりになっていた。でも、つもりなだけだから、ほら、ほんとうのところ、裸で歩いているようなものだから、奴らは放って置いても羞恥心と罪悪感で永遠に認められもしない愛されもしない場所の中で渇望に謎を感じながら自滅する。腐った池の水の中へどうぞ。一生さようなら。腐った水一生飲み放題コースです。

ああ、あそこには、自分で墓穴を掘って、、、。自分の墓穴の縁の前に突っ立ってだれか、取り巻きが来て引き留めてくれるのを待っている馬鹿が居るのが見える。みんな、おまえなんか死ねばいいと思っているのを誰よりもご存知なはずなのに。

ほら、早く、いちにのさんで、
死ねよ
それが、詩と芸術を弄んだサルにお似合いの最後だよ。

謝って認めれば引き返せた世界はあっったのにねえ!!!!

散々、楽しんだハズの取り巻きたちが一斉に叫ぶ。はやくはやく死ぬところまでを見せてくれよ!!それが、おまえのしてきたことの〆だろう?!!

愛がないとそうなる。
したことによって、与えたことによって結びつく人達がかわる。
あなたが選んで自分に結びつけたのはそういう人達で、途中で気が付いた時に迷わず手を離したっていい人達だった。

犠牲には誰もならなくていいよ
怖い物みたさで少し見て
少し見て嫌だったら
走って逃げよう
少し作って嫌だったら捨ててしまおう
でないと、腐った水の臭いがしてきて
あなたの人生が汚い水でぬるぬるしはじめる
足元が泥濘んで滑って
上手く立てなくなる歩けなくなる走れなくなる眠れなくなる食べれなくなる
人も自分も信じられなくなる

そこから這い出て
乾いた場所にたって

汚い池の住人はあなたでなくても
またあなたの代わりを見つけて
やさしくやさしく
引きずり込もうとする
彼等は自分の意思でそうしたと思わせることに長けている。

彼等は責任なんてとらない。

一人きりで寂しそうだった?
一生懸命そうで可哀相だった?
本当は悪い人なんかじゃないと感じた?
本当の痛みを知っていそうだった?
理解されたように感じた?
自分も同じだと共鳴した?
自分から近付いたのだから、あの人は悪くなんてないと思う?
むしろ被害者は彼等だと思ったりもする?

でも、悪くない人はうら若い未成年者に接触してきたりしない。悪い人はあなたの優しい同情心を利用する。自分が暴かれないように、詮索されないように自分でも信頼していない自分の信者、自分の崇拝者である変質者達の前に平気で若いあなたを生け贄代わりにして晒す。仲間のふりをして、理解者のフリをしてそれを楽しむ。

それを、大人たちは見てるよ。
まわりの友達もみてるよ。
面白がっているんじゃなくて、自分自身でその淀みから出る気持ちを持つこと自体しか鍵とならないから、その時がくるのを心配しながら待っているよ。

私は大丈夫、上手くやれるって過信しないで、間違った臭いを感じたら、素早く閉じて素早く逃げてね。素早く手放すから、手に入るもの、手を握るに相応しい人と出会えるというのは本当にあることで、それは、あなたが思っている以上にきちんと頻繁におこる。少し先の未来、それは今日、明日にでもおこしえる変化。変化をおこすという自分の意思でつくっていく運命の中では、それが定められたものでも元々決められたものでもなく、流されて行き着くものでもないという自分の無力感、無気力への反抗の証明となってあなたを励ます力になる。自分が誇らしくなって大切になって、自分が自分であることを実感して生きていく為の選択は時々間違う。感覚を取り戻して歩いて行く道の最初の一歩が正しいかどうかは、腐った池の臭いを自分に相応しいと思い込むのをまずやめること。

なんじゃ、これ、と思わないで。腐った水の中で浮いていた男はすぐに息を吹き返して、こうして、少女を騙った切り口であなたさまにはなしかけております。わたくしは長年の間、あなた方を表現上といえども陵辱することで生き長らえておりましたが、ついにもう自分のしていることの悍ましさ、自分の手を汚さずに人の痛みの旨味をチュウチュウ吸うことだけの廃人を大量生産してきましたことに絶望いたしまして、池の中に身投げをいたしました。池の底には本物の死体がありました。わたくしのような変質者から受けた毒によって気を病まれて命を絶ったその元少女の御方は筆舌に尽くしがたい程の怒りを抱えておりまして、随分と前からわたくしめが池に沈むのを待っていたようでおりました。それで、わたくしの命はあの御方に捉えられてしまいましてですね、500人の変質者の舌を引っこ抜いて来なければ、わたくしは解放されず地獄にもいけぬような有り様でありまして。さてはて。

変質者を殺すよりも、変質者をなにか勇気あるものと持ち上げず、又は、変な理解を示して近寄らせない教育を隅々まで行き渡らせることが500人の変質者の命を実際に奪うことよりも変質者を殺すことを、なんとなく、わたくしめは感じておりましたことをお伝えしましたところ、まあ、やれるだけやってみろとのことで、このお話を作ってみましたのですが、如何せん、いやはや、上手くはいかないものでありまして、やはり、わたくし、かつての同業者を死に至らしめるのには躊躇がございまして、でもやるしか道はないようでございます。中でも気に食わない輩がわたくしにもおりましたから、一人二人、順次始末していきますので皆さま、本当に暗い欲望は身の内を混乱させ死を呼び寄せかねない扱える毒でなく、物理的に命を落とす毒になりうりますことになりましたのでご用心して、寝る前には神に、陵辱した者達へ、詫びて詫びてその額を床に絨毯に擦りつけながら、わたくしが現れるのをおまちくださいませ。十分に想像力の翼を拡げて自由を謳歌いたしましたのでしょうから、そろそろ責任をとる時間がきただけのことでございます。

はあ、やれやれ、気は向かないのですが、わたくしもその道の一端を担っておりました故に、やり方は心得ております。四肢を切断が好みだった御方にはその通りに、内臓を抜かれるのが好みだった方にはその通りにして差し上げます。少し世界は美しくなるでしょう。か弱くて、被害者であったはずのわたくしたちはいつの間にか加害者になりまして、こうして、命のやり取りをする仲になりますことを、悲しむべきことを、おや、ほら、こんなことにまで興奮する可哀相な輩があちらにこちらにおりますですね。。。なぜわたしたちは最高の理解者であり遊び仲間だと思っていたのか、惹かれ合っていたのか憎み合っていたのか、はやく命を失って、いつかみた草原に寝転んで、振り返ってみましょうね。

軽蔑も憎しみも嫉妬も命がなくなれば、またあの草原でわたくしたち、幼子に戻って無垢な眼差しで振り返ることができます。けれど、そこに現れる私たちを襲うモンスターはわたくしたちでしかないことに、わたくしたちは絶句して、受け入れることを拒否するまでもなく自分を2度殺して、しまう前に、口ずさむきれいな生きていて良かったと思える景色をもっと沢山生み出すべきでありましたねえ。きれいで誰かを喜ばせることなど本当は簡単で、自分を美しい世界に放つなんて、簡単なことのようで遠くに思えていた自分の手を引いて一緒に美しく豊かな世界を歩けるような大人になるチャンスはああ、沢山ありましたのに

わたくしたちの草原から顔を突き出すモンスターは見間違いなく他の誰でもないあなたさまのご尊顔でして、今さら泣いても仕方ないですから、せめてあなた様だけでも抱きしめてやってどうか自分の頭を砕いたり、腸を引き裂いたりしないで、しばらく仲良く並んで振り返って、それから、サヨウナラをする前に、本当は誰に何をしたかったのか、何を残したかったのかこっそりわたくしめに教えてくだされば勉強になります。

わたくしですか。

わたくしはといえばですね、本当にわたくしの願いなどささやかなものでございます。今日のような素晴らしく気持ちの良い十月の季節の中をですね、気の置けない誰かと歩きまわって少し和らいだ太陽の光をですね、頬に感じて、何の不安も感じない存在として世界の道の真ん中を愉快に歩きまわって、また明日!といい交わす人がですね、しあわせで健康であって欲しいと願えるあの幸福を…一度感じたいですね。いやですね、湿っぽくなりますですね。そろそろ時間です。また会いましょう。また、会えますよ。多分、蛇の道は蛇と言いまして、あなたさまもわたくしと変質者退治の一員として駆り出されるような予感がいたしますです。ですから、またお会いするでしょう。積もる話はその時にいたしましょう。グッドラックです。はやく帰ってきてください。ええ、わたくしも、まったく間違ったことばかり致してきましたが、あなたさまとお話をできてうれしく思っております。必ず健康でお戻りください。お待ちしております。では、ごきげんよう。

そうして、十月に一人が世界からいなくなった。その人の持つ身体以上のサイズに膨れていた悲しみ、やりどころのない悲しみとその悲しみが生み出した怒りとその怒りが生み出して周囲にもたらした暗い物は太陽の元に弾けて辺りに漂った。それらは、暫くして風に流されて消えていった。男のいた場所には光が差して風が吹いて、怒りや嫉妬の根になっていた悲しみの匂いも洗われて消えていった。後には通りがかった人々の賑やかな声が、ざわめきが空いた空間を埋めていった。







さて、積もる話
クレーみたいな絵をね、、、描いていたんですよ、帰ってきた男は話す。それで、食べていける訳もなくて。でも、その道で踏ん張れて売れた奴もそりゃ割といて。結局、力がなかったんですね。才能も好きな物を愛しきる力もしがみ付く力もなくて、なんだかまわりがちやほやしてくる物に流されたというか、まあ、自分で選んでいって固執した部分も大きくなってそれに振り回されたというか。結局、自分の中にある劣等感や卑屈さを暴力的に発散する表現しかできなかったんですよね。付き合った彼女やね、母親、父親になった友人達にも散々言われましたよ、色んなものが見えていないからそんなものをやり続けれるんだとかなんとかね。でも、その時の自分は、ただ美しいものだけを掬いあげている人達は選ばれた人達で、俺向きの世界ではないと反感しか持てていなかったし、実際にキャンバスに向かっていてもね、美しい形を、整ったものを打ち崩したくて仕方なくなっていった。そりゃ、自分は超絶技巧を持った集中型でもなかったから、まわりに出来る奴がわんさかいる中で、、、結局、逃げたんだよね。。。いいものを描く奴はいたし。…実際にね、本当の暴力に晒されたことがないから、安易に暴力的な表現に憧れたり手を付けられるんだっていう、、ね。それだったんだよね。美しい表現に固執する人がその裏で、俺なんかより固い決意と意地を持って暴力と暴力性の排除と闘っていたとかさ、そういうことは10代20代の時には見えていなくてさ、見当違いなやっかみで、そういう人達を十把一絡げに見下してみたりね。大体さ、暴力を受けて悔しかったら向かう矛先は暴力を振るってきた野郎どもだったりするだろう? でも、実際の俺は傷付いた傷の表現の代弁者として万が一刃向かってきても太刀打ち出来るような弱い女子供を選んだし、どんな立派な御託を並べても、結局のところ、俺が憎んでいるはずのタイプの男の勃起と暴力を肯定して煽るだけの作品の中で女子供を犯して崩して、、、俺の作品を楽しむ奴らに見下されながら重宝されて、たまに変わり者の女が寄ってきてさ。金にならなきゃやっていなかったのか? それはもうわからない。でも、これだけは言える。俺は確かに加害性が強くて、その元になっている劣等感を埋めるための努力をしたかと言われれば、してなかったね。してるつもりで全然ね。それでも、当時は、がむしゃらにやれることをやって…。目の前のやれるだけのことはやってやろうと…必死にもがいてはいたんだ


とかなんとか。

飲めなくなった紅茶を前に、たち上る湯気を美しく思いながら。

再会を喜んで。やれやれ。少女たちの願いであり、自分達の願いでもあった、斧を手にして。さて、いきましょうか、そろそろ?

ええ、いきましょう、そろそろ。

そろそろ。

そろそろ。

立ち上がって、ズボンに付いた草を払う。
ねえ、わたくしたち、生きているときにお会いしていたらどんなによかったでありましょうか。

わたくしがそう話しかけますと、帰ってきたその男性は「いやいや、お互いに目も合わせず、内心軽蔑し合って腹の中を探り合う消耗するだけの仲になっていたと思いますよ。俺はきっとあなたを作中で殺していた。同じ穴のムジナなのにね」そういって彼は笑って、わたくしも全くのところそうに違いないと思いまして、わたくしたちはしばし笑い合いました。誰かと笑いあうということの素晴らしさがわたくしの腹の中に、胸の中に収まりまして、わたくしはその幸福にこの草原の上で涙を溢しそうになり、やれやれ、弱さや恐怖、不安、そして孤独がどれだけわたくしの人生からわたくしの喜びを奪い、その喜びを奪い返すためにどれ程の人を傷付け不安にする間違った道のりを歩んできたのか、目眩を覚えながら、わたくしが大切に思っていたこと、密かに焦がれていたこと、渇望していたことをきちんと味わい胸にしまい、本当に欲しかったものの代用品で、必要だと思い込み縋っていた不必要なものとやっと別れることが出来たのでした。

それは、斧によらず
人と笑いあうことの声の響き
笑いあえたことによる胸の震え
それによって
もたらされました

もうわたくしたちは幽霊となって
草原の草は揺れてわたくしたちを
受け入れも拒みもいたしませんが

わたくしが生きていました時
草原の草でさえ、わたくしを拒絶し
聞こえてくる全ての笑い声は
わたくしを嘲笑し
ているような
わたくしはそんな孤独な世界におりまして
もうわたくしには誰かと繋がることができるのならば手段など選べるはずもなく
より一層、過激な…

それで、これ以上は言い訳になってしまうのでやめることにいたします。

今日のように晴れ渡った空の下におりますと孤独がさらに身にしみてしまう方々の為にわたくしはあのような生き方を選んでまいりました。それが、誰かの悲痛な孤独に寄り添う可能性があるのならば、と。あれは最初のうち、わたくしの追い詰められた心情の吐露であり、助けを求める叫びであり、何処かに居られるだろうあなたさまへのラブレターであったのです。それから、でも、わたくしは過ちました。

今は幽霊となって
過ちを正すために斧を握ることになりましたが、それでも今でも本当にわたくしが求めているのは、ただ気楽に笑いあえる人に出会い、またね、といって別れ、離れているその時にもその人の幸福と健康を願い合うことのしあわせを感じることの出来る人達の一員になることでありまして、斧を振るうよりも、まず先にしたいことを述べさせていただけるのであれば、わたくしはあなたにお茶を一杯入れて差し上げたいのです。それを一緒に楽しみながら様々なことを話し合うこと…。あなたの話したいことが、本当に打ち明けたいことが、その舌のあるうちに解き放たれて、共鳴され、なだめられ落ち着き、安心し安定し、開かれることを願っておりますです。

願いは

開かれた心で沢山の人に出会いよろこびに満ちたしあわせな時を少しでも多く掴みとって、不安な夜にあなたをひとりにしないあたたかな人、あたたかな人の存在がその心をあたためることです。あたため合うことです。

わたくしは真剣にあやまちました。わたくしのいくつかの仕事は真剣に自分と誰かを傷付け危険にさらしました。気をつけてください。荒ぶる時、荒む時、あなたの舌があなたの欲するものをきちんと叫べるように、自分自身と普段から仲良くしてください。わたくしは過ちました。わたくしはわたくし自身の願いでさえ読み違え過ち孤独を深めました。あなたは気をつけてください。あなたはしあわせになって、腐った水を慎重によけてください。その舌に乗る歌は美しくなって空を駆け巡る。そうであっていいのです。その手の紡ぐものは美しくなって誰かを魅了してあたためる。そうであっていいのです。あなたのその目は美しいものを見て美しくなっていいのです。その方が世界とあなたを救うのです。わたくしは過ちまして、独りで置いていかれた悲しみから泥を食べ泥を吐き出して、そうすることによって誰かを独りにしないと思い込んでいたわたくしは、いつからか総身に毒がまわり、人でなくなり、自らが泥沼となり多くの人を汚しました。いいですか。美しい人と助け合い、楽しい人の手を握ることを怖れないでください。あなたが美しいと思う以上に世界に存在する複雑で豊かな美しさに目を見開いてください。美しいという言葉を怖れないでください。美しいという言葉の守備範囲である、ごく一部の表面的な残酷さに囚われずに、深く広くあなたの美しさを見出して、そしてそれを楽しんでください。美と善を兼ね備えて雄々しく進んでください。

この草原から、この手紙を流します。
不必要であったならば、
破って捨ててください。
それでも、必要な時は思い出してください。
草原には幽霊がいて、変質者の舌を斧で叩き切る役目を負っています。

あなたが弱虫のままでも、偽らず、強がらず、誰かと助け合って、自然に存在して美しい夢を見る為に

強くなるための手段を違わないでください。哀しすぎる日にはこの幽霊が深夜零時にお茶を淹れますから、それを一緒に頂きましょう。それから、少しでも寝て、明日のために備えてください。

目覚めた時にはまた違う気持ちがあなたには生まれています。そのあなたは今日よりもすてきなはずです。誰がなんと言おうとあなたは毎日すてきになっているのです。そうでないと思わせる声はわたくしが以前そうだったような厄介な者達による声かもしれませんから、きっぱりと無視をして、あなたは毎日をすてきなあなたとして、すてきにお過ごしください。わたくしも最近はそのように自分に話してきかせておりますです。

では
10月のよく晴れた日に
幽霊となった者より


この手紙は、運悪く、若しくは、運良く器用で賢いカラスに見つかった。このカラスはこの手紙をびりびりに割いて巣材にした。それで、毎晩、深夜零時をまわる頃、このカラスの親子は世界中のお茶が燻らせる香りを辺りに感じた。カラス達はこの不思議な現象を気に入って深く眠りながらも、たち上る微かな香りにしあわせな気持ちになっていた。それは、野の花とも、木々のたてる香りとも違って、心地良く温かかった。これが、忙しなくおかしな草原にいる元人間たちのすることのひとつであろうことは、なんとなくこの鳥にもわかっていた。奇妙な人間たちのすることの中には想像も及ばない位、美しいことも悍ましいこともあるようで、それは、鳥の世界でも同じであった。

であるから、目まぐるしく変わる厳しい季節の中、ゆっくりと羽を休めることのできる自分達の巣の中で、美しい夢を見て、明日がすばらしい日になることに期待しつつ、豊かな香りに包まれて眠ること。それが心と体に必要不可欠なことで、幽霊が誰かに向けて毎晩、淹れているお茶は、毎晩、無駄になっていたが、僅かにこの小さな命たちが健やかに生きていく為の助けになっていた。




p.s どなた様でも、わたくしを少しでも必要とし求めて下さるのであれば、わたくしはこの場所からあなた様を思い、あなた様の毎日が少しでもよきものになることを願いながらお茶を淹れて、あなた様の夜が、少しでも柔らかく親しみやすくなることを願っておりますです。幽霊となって眠る必要のなくなった身のわたくしですが、それでも、夜の深さ、長さ、そして短さに、未だ怖れを抱くことが多々ございます。朝の訪れに慄くこともございます。そんな時に、あなた様がわたくしを思い出してくださっているかもしれないという僅かな可能性、希望がわたくしの胸に沸き上がる不安の雲を払う力となりますのです。

最近、仲間が増えまして、忙しい毎日を送っておりますが、何分、一癖も二癖もある方々ばかりの上、わたくし自身、人付き合いが苦手な質で在ります故、溜息ばかりを尽いて、空ばかり見上げております。以前のわたくしからしてみましたら、随分と贅沢な悩みを抱えていることになっておりますが、至極大変、消耗しきって疲れ果てておりますです。あなた様もどうかまわりに振り回されず、ゆっくりとした御自身の時間を大切になさって下さい。


それでは 草原の幽霊より

           草々 :)


届かない手紙を幽霊は書き続けた。いつか届くかも知れないという希望を持って、カタカタカタ…。草原で背中を丸めて、タイプライターに向かう幽霊は時々、肩をまわして、空を見上げて、草原に吹く風を受けながら。

カタカタカタ……
















































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