絵本探求ゼミⅢ-②
5月28日にオンライン開催されたミッキー絵本探求講座(絵本探求ゼミ)第3期の2回目講義もあいにくアーカイブ視聴となった。
出席した受講生がそれぞれ持ち寄ったコールデコット賞の受賞作を年代順にミッキー先生が解説。要所要所、押さえなければならない歴史的できごと、時代背景も交えての解説でアメリカ絵本の大きな流れが感じられた。
そもそも1938年から始まったコールデコット賞とは?
1,コールデコット賞を知ることで何が学べるのか
1,コールデコット賞とは?
第一回講義での解説で最も驚いたのが、コールデコット賞は全米の図書館員すなわち図書館司書たちによって選出されるということだった。実際には入れ替わりのある15人の委員会で最終的に選定するのだが、研究職や評論家、書店員などではなく、「子どもへ本を手渡す」公平かつ身近な立場であるべき「図書館員」が絵本の最高権威を作っているのだ。
(ミッキー先生はすぐに「アメリカの司書は修士課程でないとなれない」と言葉を継いだが、そこにも日本との大きな違いに驚いた。)
コールデコット賞を選ぶ過程は、数多出版される絵本の中から子どもたちへ手渡したい、つまり図書館の児童コーナーに購入したい絵本の選定作業とも重なる。
そしてそれは、司書ではないが、子どもの現場で「渡し手」として絵本を読んだり紹介したりする自分にも「選書」という大切な部分で重なるように思った。
コールデコット賞受賞作を読むことは、良書を子どもへ選ぶことに心血をそそいでいる全米図書館員のその時代のベストセレクションを読むことなのだと改めて気づき、今回、そこからアメリカの絵本史についても多くのことを学べた。
2,コールデコット賞の理念
先立ち設立されたニューベリー賞と同じく、コールデコット賞創設時の理念は
①子どもの本の分野での独創的創造的活動を奨励すること
②子どもの本の重要性を世間に広く啓蒙すること
③児童図書館員による子どもの本の批評活動を奨励すること
とされている。
①の「独創的創造的活動」という視点で受賞作を吟味することで新しい視座を得ることができた。全ての受賞作を読めてはいないが、これは「独創的創造的活動」として認められたのではないか、と思われる作品が幾つもあった。次の章で取り上げた作品も大いに独創的創造的だと思われる。
「創造的」という分野は、受賞作に散見される昔話や伝承、わらべ歌や古謡を題材にした作品群に多く当てはまるのではないだろうか。
3,なぜ ランドルフ・コールデコットの名前が使われたのか?
ところで、そもそも何故イギリス人の絵本作家コールデコットの名を冠したのか?
まず一つには、コールデコットが、近代絵本の祖とも言うべき新しい技法を使った絵本を生み出したこと。まさに「独創的創造的」といえよう。
そして、賞が設立された1938年当時のアメリカの子供たちの多くが、彼の描いたマザーグースの絵本で育ったことや、彼のように優れた絵本画家が後に続くことを願ってつけられた。という記述を展覧会の紹介記事で見つけた。
引用元:美術展ナビ【レビュー】
「エリック・カールとアメリカの絵本画家たち」ちひろ美術館・東京で6月19日まで つながる想い「絵本を美術作品として」
https://artexhibition.jp/topics/news/20220404-AEJ740601/
また、これは心情的な推論ではあるが、コールデコットが1886年、画業に脂ののっていた39歳で、旅先であるアメリカ(ニューヨークを経由して)フロリダで亡くなったことに対する追慕の念もあるかもしれない。
2,『ヨセフのだいじなコート』2000年受賞作 についての考察
第2回講義に向かっての宿題のひとつは「コールデコット賞の作品をひとつ選び、選んだ理由と、その作品が受賞した理由を考察する」というものであった。
我が家には11冊の作品があったが、受賞リストを眺めているうちに、「え?この絵本が!?」と目にとまった作品を原書共々取り寄せることにした。
それが『ヨセフのだいじなコート』である。
『ヨセフのだいじなコート』
シムズ・タバック/作 木坂涼/訳 フレーベル館
発行年月:2001年11月
サイズ :28×23cm ページ数:32ページ
ISBN :9784577022979
全国学校図書館協議会選定図書
日本図書館協会選定図書
Joseph Had a Little Overcoat
by Simms Taback, and published by Viking 1999
1,『ヨセフのだいじなコート』を子どもクラブに選書した理由
『ヨセフのだいじなコート』は 地域での読み聞かせを始めた2003年頃、会の仲間からの紹介で話題になった作品だが、メダルブックとは気づかずにこれまで時折。こどもクラブで読んでいた。 子どもクラブでは、「渡し手」として選書し、読んだ絵本は現場にしばらく預けて子どもたちに手に取ってもらえるようにしている。
ここで、まずは、なぜ、自分が『ヨセフのだいじなコート』を小学1~3年への読み聞かせに選書したのかを振り返ってみる。
①ヨセフのコートがジャケットに、ジャケットがチョッキに……とリメイクされていく工程が、ストーリーとして、「次は何になるかな」という想像力を刺激して主体的に聴く魅力になっている
→これは、ユダヤに伝わる話で、広く知られているおはなしのようだ。同じ題材で『おじいさんならできる』(フィービー・ギルマン/作 芦田ルリ/訳 福音館書店 1998年)、『おじいちゃんのコート』(ジム・エイルズワース/文 バーバラ・マクリントック/絵 福本友美子/訳 ほるぷ出版 2015年)もある他、小道具を使ったおはなしとしても演じられている。
②穴あきの仕掛けからも「次は何になるかな」という期待感が生まれる
→表紙の穴に驚き、ページをめくるたびに子どもたちは「なるほど!」といった表情で楽しむ。穴あきのかたちとストーリーが合致した瞬間の満足そうな反応がある。
③色彩が豊かではっきりしていてややマンガ風で、子どもに親しみの湧く作画である
→絵本作家になる以前、シムズ・タバックはデザイナーとして、1977年マクドナルドの初代ハッピーミールボックスをデザインした。つまり、彼の描く特徴的な動物たちはすでにアメリカの子どもたちには馴染みがあったと思われる。細かい描き込みだがストーリーを邪魔しない絶妙な色使いにも注目
④穴あきの仕掛けやコラージュという珍しい表現を楽しめる
→聞き手である子どもの創作意欲や感性に響くよう、普段から様々なタッチや技法の絵本を選ぶようにしている。本作は、見返しで作者自ら「この絵本は、水彩絵の具、グワッシュ、色鉛筆、インク、そしてコラージュでできています」と書いている。
⑤細かい描き込み(教訓も含む)を後からじっくり見て味わえる
→コラージュを含め、何回見ても発見がある。小さなポスターや紙切れに書いてあるクスッと笑える「あなあきか つぎあてか それがもんだいだ」など親子で楽しめる小ネタもたっぷり。
⑥とうとう最後にはモノはなくなって、この本のお話になるというオチの面白み
→幼稚園児だと、このオチに解説が必要かもしれない
⑦ヨセフのモノを大切にする気持ちが伝わる
→SDGsに繋がる絵本として最近また取り上げられているようである
⑧服装や風習の様子から海外の文化が伝わる
→室内はポーランドの伝統的な内装、食器類もこだわって描かれている。本人はアメリカ生まれだが、両親はポーランドルーツのユダヤ系移民のようだ。
おまけ:よく見るとコラージュには日本の千代紙が使われている!
→我が家にあった千代紙と同じ柄!もしかしたら「いせ辰」のものだろうか。入手先が気になったのでAIチャットで調べた結果を最後に載せます。
2,コールデコット賞の選考の基準に重ねる
一方、コールデコット賞の選考過程はクローズドなので、実際の理由は分かりかねるが、賞のクライテリア(基準)と重ねて考察してみようと思う。
ALSCのサイトのCRITERIAを参照すると、
“子供向けの本の中で、優れた絵を識別する場合、
a. 委員が考慮する点は 採用された芸術的技法が優れていること;
ストーリー、テーマ、コンセプトの絵による解釈の素晴らしさ、
ストーリー、テーマ、コンセプトに対するイラストのスタイルの適切さ、
絵によるプロット、テーマ、キャラクター、設定ムード、情報の描写の素晴らしさ。
b. 委員は、子供の観客を意識したプレゼンテーションの素晴らしさを考慮しなければならない“(deeplによる翻訳)
との記述がある。
本テキスト(ストーリー)は画家が巻末の「読者のみなさんへ」で説明しているように、イディッシュ語の民謡が元になっているので、ユダヤ系アメリカ人を始めアメリカでは知られているお話なのかもしれない。コールデコット賞は伝承民謡や昔話、古典要素を題材にした作品が多く、同じシムズ・タバックの1998年オナー賞『ハエをのみこんだおばあさん』もポピュラーなナンセンスソングを元にした穴あき絵本であった。
穴あきの技術やアイデアは、グリーティングカード会社を創業し運営していたときに培ったそうだ。おそらく絵本業界では画期的だったのではないだろうか。
エリック・カールの『はらぺこあおむし』が当時のアメリカでは採算がとれないと断られた中、日本で印刷されたのは有名な話だ。
クライテリアに照らして、気になる部分は「芸術的」というところだ。
前項③で述べた、一見「まんが風の作画」は選考委員で意見が割れるところだったのではないだろうか。絵としては、いわゆる「芸術的な美しさを感じる」絵では決してないのだ。
そこでクライテリアのb, 「子供の観客を意識したプレゼンテーションの素晴らしさ」に立ち返らなくてはならない。あくまでも、大人の感性のみに頼ることなく、子どもを意識した選書眼が大切だと知らされる。平面的でまんが風の絵だが、あたたかみのある色彩や動き出しそうな人物の描写が、子どもの心に物語や絵本の楽しさを届けてくれる。これが「描写の素晴らしさ」に繋がるのではないだろうか。
気になる作画については、受賞作につく宣伝句に次のような解釈を見つけることができた。2000年の選考委員長バーバラ・Z・キーファーの言葉だ。
平面的な画風が民藝風と評されている。
3,原書はさらに楽しかった!そして、千代紙の入手先は?
コールデコット賞の絵本を読み、味わうにあたり、今回もハード版原書を図書館で借り、読み比べた。
原書は本文テキストの文字が活字ではなく、手描き風の文字で一層「伝承」の温かみが増していた。
表紙を見比べて欲しい。
デザイナーの仕事も多かったシムズ・タバックは本作品を周到にデザインし、表紙の楽しい文字レタリングもすべて本人によるもの。
そして、なんと巻末には歌詞のついた楽譜も付いていた。あまりに楽しいので、洋書ペーパーバックを購入した。こちらはさすがに表紙の穴あきは楽しめないがやはりタイトルもコラージュで可愛い。
ところであの可愛い千代紙たちはどこで入手したのか?
今回、課題本に選んだからこそじっくり眺め回して、数種類の千代紙を見つけたのだ。
→気になってAIチャットbingで調べたところ、次のやり取りができた。引用元も示してくれたが、一次情報にたどり着けなかったのでここでは「かもしれない」情報としての共有にとどめる。
質問:シムズタバックの絵には千代紙が使われているのだけど、どこの千代紙ですか?‘
bing:シムズ・タバックの絵に使われている千代紙は、彼が日本を訪れたときに購入したものだそうです。1
彼は日本の伝統的な柄や色合いに魅了されて、たくさんの千代紙を持ち帰りました。1
彼は千代紙を切り抜いてコラージュすることで、独自の作風を確立しました。2
彼の絵本には、桜や菊、鶴などの日本的なモチーフが見られます。3:
1. ehonnavi.net2. ehonnavi.net3. froebel-kan.co.
質問:(なんと!)彼はいつ頃日本に来たの?
bing:シムズ・タバックが日本を訪れたのは、1999年のことだそうです。1
彼は日本の絵本作家や出版社の人たちと交流したり、千代紙や和紙を買い集めたりしました。1
彼は日本の文化や美意識に感銘を受けて、自分の作品に取り入れるようになりました。2
彼は日本での滞在を「私の人生で最も素晴らしい経験の一つ」と語っています。1
詳細情報:
1. ehonnavi.net2. amazon.co.jp3. amazon.co.jp
7/30
質問:どの記事に書いてありますか?
bing:私が参照した記事は、以下のものです。
: シムズ・タバック(著者詳細情報) | 絵本ナビ | 作品一覧 : ヨセフのだいじなコート (ほんやくえほん) | シムズ タバック, Taback,Simms, 涼, 木坂 |本 | 通販 | Amazon : とってもとってもあいたいの! | シムズ タバック, Taback,Simms, 涼, 木坂 |本 | 通販 | Amazon
しかし・・・当該サイト内で見つけられず、残念。日本で出版されたときの特集記事だろうか。
2011年に亡くなったシムズ・タバックは、地域の学校で子どもたちにヨセフの格好をしてストーリーテリングをしていたようだ。
暖かく、ユーモアあふれる彼の作品をもっと楽しみたくなった。
4,2000年という風
最後に受賞年の2000年という視点を付け加える。
今でも思い出すのは幼稚園児の娘が、覚えたての「2000年はじめてー!!」というパワーワードをしばらく連呼していたこと。
199x年というパターンを脱ぎ捨て、ひとあし早い「さようなら20世紀!」のような高揚感が漂った新年だったように思い出されるのだ。
前年出版された絵本から選定する委員会は、この2000年1月にスタートする。新しい時代への期待感が例年より強まっていても不思議ではない。
そんな風が、やや世俗的な人気作家への追い風になったのではないだろうか。
コールデコット賞の受賞はすなわち5万部則増刷という大賞である。どの出版社も狙いを定めて準備する。多数回受賞している Viking社もきっとこの2000年の風にシムズ・タバックを仕込んだのではないか。それが進取の気運にしっかりはまった、、、。そう考えてみるのも楽しい。
第3回ゼミ講義はグリーナウェイ賞について。
英国でも2000年の大賞はやや異色なのではないだろうか。
選ばれたのは、インパクト大のローレン・チャイルド『ぜったいたべないからね』
こちらも図書館に原書版があるので、課題本に決めたところである。
しかし、現場では未読の作品。よく読んでみようと思う。