再び鮭が食べられるようになるまで
わたしは焼き鮭が好きだった。今も好きだ。だが、ある理由で最近まで食べられなかった。
数年前のこと。いつものように夕食に焼いた鮭を食べていた。すると突然、喉に違和感を覚えた。
喉に骨がひっかかったのかな? わたしは洗面所で何回かうがいをした。しかし、違和感はとれなかった。母に「明日耳鼻咽喉科に行ってくる」と言うと「そんな大げさな」と言われた。騒ぐ母を尻目に、その日は早めに寝た。
翌朝早く起きて耳鼻咽喉科に行った。違和感の正体を早く知りたかった。病院に行くと喉の写真を撮られた。
「あー、刺さってますね」
先生はそう言うと、写真をわたしに見せて喉の入り口に骨が刺さっていることを教えてくれた。
「抜きますか」
そう言うと、わたしに舌を押さえるように指示し、つばをたらさないように舌を押さえるための布をくれた。その後十数分間、先生が手にしたピンセットで骨を抜くまで口を開けっ放しにしなければならなかった。その後しばらくして痛みとともに骨は抜けた。
この経験で、わたしはダメージを受けた。母にしばらく骨のある魚は出さないでほしいとお願いした。母は仕方ないわね、と言ってくれた。
しかし一年経ち二年経っても鮭のトラウマから抜けられないわたしを見て、母は「まだ食べられないの? おかずが少ないままで不便なんだけど」と言った。わたしはいつしか焼き魚のほとんどが食べられなくなっていた。わたしは「わたしだって食べたいけど、骨が怖い」と答えた。話し合いの末、食事に鮭フレークを入れることにした。
鮭フレークは味気なかった。不味くはないけれど、骨付きの焼き鮭にはかなわなかった。でもわたしは鮭の骨が怖い。そこからまだしばらく焼き鮭は食べられなかった。
数年後。勧められて鮭のおにぎりを食べた。焼いた鮭が久しぶりに食べられて美味しかった。骨がなければ食べられるんだ。そう思うと無性に焼き鮭が食べたくなった。
母に「おかず何食べたい?」と聞かれ、「焼き鮭食べたいなあ」と答えた。すると母はうれしそうにメモ用紙に「鮭」と大きく書いた。
それ以来、週に二回は焼き鮭を食べている。以前よりかなり注意して骨を避けて。
心の傷は、いつかは癒えるものなのだなと思った。どんなに焦らされても、自分のペースで立ち直ることができれば再び好きなものだって食べられるのだ。
わたしは、以前よりもきれいに鮭を食べられるようになった。
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