5年前片想いしていた後輩と会った。

なぜ会えたかと言うと、それはただのラッキーであった。義理で母校の文化祭に行かなければならず、どうせならと高校時代のグループにいくつか声をかけた。すると、5年前片想いしていた後輩から承諾の連絡が来たのであった。

「わ!」と思った。同時に、ぐっと堪えてその連絡をひとまず大事に閉まった。要するに次の日の朝まで寝かせた。
誰かに喋りたくなった。昔好きだった人とふたりで文化祭に行けそうだ!と。だけども声に出したら途端に夢のようにふわっと消えてしまいそうだったからやめた。

次の日の朝、起きてまずLINEを開いた。ある。連絡は、昨日見たまま、そこにあった。ある、ある。浮かれる気持ちを必死に押し殺して、確かお昼頃連絡を返した。ふたりで文化祭へ行くことが、決まった。ふたりで行くに当たって、向こうに恋人はいないのだろうかと頭を掠めた。でも、多分いないなと思った。彼はモテる人だけど、恋人がいるのに異性とふたりきりで出かけるタイプではないと思った。自然とそう思える人だった。

約束が決まってからの私はしっかりと腹を括った。こんな千載一遇の機会を楽しまないでどうする。幼い頃からもらえるものはもらっておく性分だ。ありがたく謳歌しようじゃないか。
バイト先のおばちゃんや友達に服装の相談をした。みんな、私以上に喜んでいて笑ってしまった。

だけども私はそれからも、彼からくる待ち合わせ場所や時間を質問する連絡を寝かせていた。なぜかって私は割と恋愛において客観的に見れる方だからだ。相手が自分に気があるかどうかなんて、大体わかる。特に男の人の好意は非常に分かりやすい。こちらに恋愛的な期待をしていない男性は、無駄なLINEを続けないし質問をほとんどしない。なにより雰囲気がそう言っているのだ。なんとも思ってませんよ〜と、顔に書いてあるどころか空気が形作っている。そんな人相手に浮かれた速度の返信は出来なかった。ついでに、私の客観視という名の「察し」が確信に変わるのが怖かった。だけど、だからこそ。もう開き直って楽しんじゃおう!と、私は結構ウキウキで当日を迎えた。

(ちなみに洋服は首周りの開いた黒のブラウスにシルバーのネックレスを合わせ、大人になったんだぞというアピールをした。これも自己満足だ。私は幼い頃から形から入る性分でもあった。)

久しぶりに会った彼は相変わらず飄々としていた。当時からキャッキャしない人だった。キャッキャする男性というのも珍しいのかもしれないが、私はそれが余裕にみえて好きだった。
彼はちょっとだけ口を上にあげて、軽く頭を下げた。そのまま目の前の軽音の演奏を見続けた。そうそう、こういう人だった。物足りないやり取りをする人だった。嬉しくて、むず痒くて、私もまっすぐ演奏を見た。香水の匂いが強すぎただろうかと心配になった。彼は派手な感じが苦手な人だった。

転換の度に私から話しかけた。彼は小ボケを挟む私の話にそれなりにつっこみながら、楽しく会話をしてくれた。たまに肩を揺らして笑ってくれた。だけど目が合うことは無かった。多分それが彼なりの距離の置き方なのだ。そういうところが好きだった。

12時からみたい劇があったから、30分だけ軽音を見て、そのあと体育館に移動した。
彼はひとつ下だから私に敬語を使う。だけど、慣れないスリッパで足がつっかえた私に対しては「大丈夫?」と敬語を外して小さな声をかけた。思わずヒエッと怯えたような気持ちになってしまった。大丈夫?には大丈夫と答えなくちゃいけないのに、私はついスルーした。なかったことにしたいくらいその一声が嬉しかった。

体育館は真っ暗で、困った。人はなんで暗い方がドキドキするんだろうって現実逃避的思考が過ぎった。まあ普通に考えて吊り橋効果だと思うけど、冷静じゃなかった私はその現実逃避に答えを出せないまま、いそいそと彼の隣に座った。
体育館の椅子は連結型のパイプ椅子だったから、さっきより距離が近くて、また困った。彼は演目の原作を知らなかった。軽く要を教えると「じゃあ、これが初めて見るピーターパンです」と言った。初めて。初めてですか。そうですか。
男は最初に、女は最後になりたがると言いますけど、私今日をもってして最初派になります。sumikaよ、今度からLoversを聴く度首を傾げることを許してください。また現実逃避をした。真正面から楽しむには少々ハッピーがデカすぎた。

高校の文化祭の劇だ。そんなクオリティの高いものではないから、時々何が起きてるのか分からなくなったりする。その度にお互いこっそり顔と耳を近付けて尋ねたり答えたりした。あーあ一生続けばいいのにな、なんて思った。劇はきっかり30分で終わった。優秀なクラスである。

そのあとも私は彼に翻弄されっぱなしであった。なんていうか一々そつない人なのだ。私をちょっとだけばかにしたら、その後すぐに嘘ですってさっきより低い声で言うのだ。
そして彼は、私の「実習行ったよ〜」とか「バイト先はどこどこだよ〜」みたいなたいしたことない情報に、いいですねと笑った。いいですね、なんて英語にしたらただのナイスだ。ナイスなんて私に言わせればグッドよりも全然下だ。へぇ、とニアリーイコールだ。なのに、彼から言われるいいですねは底抜けに嬉しかった。みるみる5年前のどぎまぎを思い出す私自身に戸惑った。私ってまだこんな気持ちになれるんだって戸惑った。

彼は真面目な人でもあった。並ぶ列が違ったとなればすぐに一旦列を抜けるし、スリッパでいていい場所なのか常に気を配っていた。私は割と結構適当であまりそういう所にさっと気付けないので、人として、あくまでも人として、かっこいいなと思った。ついひとつ前の恋愛と比べてしまった。あの人は信号が赤だったら、信号がある手前の道路を「ここは信号ないから自己判断だ」と言って渡る人だった。二十歳の誕生日に煙草をやめると言い出して二週間後には吸い始める人だった。
こんな人もいるんだ。いや、いたな。いた。好きだったんだから、いたことは知っていた。ああ、5年前のままでいてくれて、ありがとう。そんな気持ちになった。

外はちょっとだけ風が強くて、彼の顔が見たかったけど、前髪が吹き飛ぶのが怖くて肩くらいまでしか見れなかった。だから、彼の顔や髪より、洋服の肩の部分の景色の方が覚えている。彼は私の姿を思い出す時、どこを思い出すんだろう。できれば、笑ってたり楽しそうな様子だったらいいな。だって本当に楽しかったから。

帰ってから、少しだけLINEが続いた。
お礼LINEには、また高校に行けて嬉しかったから誘ってもらってよかったと書いてあった。私にとって今日は彼と文化祭に行った日だけど、彼にとってはただ文化祭に行った日なんだと再確認した。分かっていた。分かっていたから落ち込みはしなかった。いや、ほんの少し落ち込んだ。だけどそれよりも嬉しかった。私はもう、誰かに純粋にドキドキしたり嬉しくなったり振り回されたり、そういうことはできなくなっちゃったんだと思っていた。全然そんなことなかった。それを分からせてくれただけで、もう十分すぎるくらいであった。ありがとう後輩、いい思い出が出来ました。

5年前私は確かに恋をしていたが、今のこの気持ちは恋とは言えないくらいの好意である。まるで恋の美味しいとこ取りをさせてもらったような気分だ。過去の私が報われたような気持ちにもなった。

次の恋もこんな恋だったらいいなと思う。
純粋に尊敬して楽しくて、大好きな人。それまでは、この日感じた浮かれた気持ちが私の中に確かにあるんだってことを忘れないように生きていこうと思う。
恋なんてって気持ちは簡単には消えない。だけども、恋って案外良いもんかもなという気持ちはそんなやさぐれた気持ちとも両立できるみたいだ。

私の次回の恋愛に乞うご期待としたところでこの恋話はおしまいにする。改めて、夢みたいな半日だった。

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