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【SFファンタジー】短編

サーベイの民


風の吹く方に、僕たちは旅をする。
春は東へ、夏は南へ、秋は西へ。
そして、冬はこの北の谷に帰ってくる。
遠い昔の言葉で、僕たちは遊牧民と呼ばれるらしい。  
語原も、どうして旅をするのかも、知る者はいない。
生まれたとき、フォアにそう教えられるだけだ。
谷を見渡せる丘に立ち、僕はいつものように見えない底をのぞき込む。
と、聞き慣れた声が響きわたった。
兄「おーいキュウ! またそんな所で! だからお前は、大人になれないって言われるんだ」
キュウ「...兄さんは大人になりたいの?」
兄「当たり前だろ。もう明後日だ。俺が『生まれ変われ』ば、新しい仲間が生まれる。戻るぞ、ほら」  
丘の向かいのテントに向かって、兄さんは何の迷いもなく走りだす。
キュウ「...僕は、大人になんて...」
兄さんを追いかけながら、僕のつぶやきだけが、風に流され、谷底に落ちていった。

*

冬。
僕たちの集落は北の谷の近くにテントを張ってひと月を過ごす。  
普段は草原や砂漠を旅しながら、その日ごとに寝床を変える生活。  
なので、ちょっとしたお祭りのような雰囲気だ。
それには、いくつかの理由がある。
モブ少女「今度は男かな、女かな?」
モブ少年「キュウはどっちだと思う?」
集落の弟や妹たちが楽しげに問いかけてくる。
うーん、と僕はあやふやに返した。
どうして、そんなに素直に喜べるのだろう。
兄「キュウ、いい加減しきたりに文句をつけるな」  
兄さんはそう言って、テントの中心に立つフォアの隣に座る。  
フォアはちらりと僕の顔を見る。
――フォアは、僕たちの集落のリーダーだ。  
この集落はもう何十年も、20人程度の『家族』で構成されている。  
そしてフォアは僕たちの歴史のすべてを知っている。  
フォアがいつ生まれたのか、何年生きているのか知る者はいない。
どうしてなのかはわからない。
こんな曖昧な説明しかできないのには、一応理由がある。  
僕たちの寿命は生まれたときから決まっていて、15歳まで。
兄さんは明後日15になる。僕は13。
自分たちのルーツを知る暇もなく僕たちは生まれ、死んでいく。
フォア「お前の兄は死ぬのではない。『生まれ変わる』だけだ」  
フォアが僕の考えを見透かすように言うと、僕の周りにいた弟たちがぱっといなくなる。  
僕も生まれたばかりの頃はそうだった。
自分たちとは違い長い時を生きるフォアは独特の雰囲気を持つ。
フォア「生まれ変わりをしなければ、仲間は減るだけだ。お前たちは滅ぶ」
キュウ「本当に?もしかしたら兄さんは15よりもっと生きるかも...」
フォア「それはない。受け入られないなら、大人ではない何かになるか?」  
フォアのいつもの言葉に、僕はいたたまれなくなって立ちあがる。
兄「キュウ!」  
兄さんの声を聞きながら、僕はテントを飛び出した。

*

北の谷は聖域だ。
僕は、立ち居入り禁止の柵をよじ登る。  
ここに入れるのはフォアと、大人になった者。
15になり生まれ変われる者だけだ。
そして出てくるのは、生まれ変わった新しい仲間とフォアだけ。  男か女かはわからない。
ある者は天気だとか、風の強さで決まると言う。
つまり明後日、兄さんはここで消える。
でもそれは死ではないとフォアは言う。
キュウ「そんなのはおかしい」
ひとり呟いて、僕は禁域へと足を踏み入れた。
キュウ「うわ...」
 地面の草がなくなり、赤茶けた土になり、そして岩になる。
そこに、谷の奥に続く長い階段が現れた。
赤くて、見たことない素材だ。石にしては堅すぎる。
拳でたたいてみると、ごん、と鈍い音がした。
大人以外、谷に足を踏み入れた者は、追放され、呪われる。
それは生まれてすぐ、寿命と一緒に、まず始めに教わるしきたりだ。
それでもやっぱり、理不尽だと思う。
僕は覚悟を決めて、階段を降りていった。

*

キュウ「これは...なんだ」
階段を降りきった先には、七色に輝く虹色の池が広がっていた。
その中に、見慣れない物が蠢いている。
いくつかは見覚えがあった。
時々砂漠に埋まっている歯車やボルト。
僕たちはそれを加工してナイフにする。
しかしこれはそれらが合わさり、一つの生き物のように動いている。
フォア「それは、機械という」
キュウ「……っ!」
フォアの声に、僕は慌てて振り向いた。
フォア「禁忌を破ったな、キュウ」
キュウ「フォア...」
フォア「私が追いかけてこないとでも思ったか?」
僕は押し黙る。しきたりを破った。でも仕方ない。
キュウ「僕は受け入れます。でも受け入れるのは、追放と呪いをです。だから...この池の...谷のことを教え てください」
言い切った僕に、フォアは目を伏せる。
フォア「この池は、核溶解合成炉だ。そしてここにあるものは、すべて機械だ」
キュウ「それは...、今聞きました」
フォア「私がなぜ”フォア”と呼ばれているか、わかるか?」
キュウ「え?」
フォア「私の本当の名前は”フォアマン”。総監視者という意味だ」
キュウ「総...監視者?」
フォア「キュウ、お前が本当に未来を信じるなら、教えてやろう」
キュウ「未来?」
フォア「そう、お前やお前の兄、そして私たち集落の未来だ」
キュウ「……信じてる。だから僕は、ここに来たんだ。15になったら自ら死ぬ、こんな理不尽以外があるのなら、なんでも……!」
フォア「よかろう」
フォアは目をとじ、語り出した。
フォア「私とこの谷は、2119年に作られた。300年前のことだ。今は集落と呼ばれる私たちは、熱帯雨林開 発調査の為、この地に派遣された。私たちが一年かけ旅するルートはすべて、奥深いジャングルだった」
キュウ「ジャングル...?」
フォア「ああ、お前は砂漠と草原しか知らないか。木と呼ばれる、草よりずっと大きな植物のことだ」
キュウ「木...」
フォア「食物も豊富にあった。だが政府は環境の保全を最優先にした。つまり、太陽エネルギーで稼働蓄 電し、食べる必要がない私たちを作った。物を食べないと死ぬ。生物とはそういう物だ」
キュウ「食べる...?」
フォア「お前は食べたことがないだろう。私もない。有機物、あるいは燃料になるものを体に取り入れること だ。なぜなら、私たちには口がない」
キュウ「フォア、一体何の話を...、口って...」
フォア「調査とコミュニケーションの為の目と声、そして議論をする為の、自立型AIはある。だから私たちに は自我がある。シュミレーションのために、彼らに近い形をしているが、有機体ではない。あの階段と同じ 素材、核合金を骨組みに、シリコンが被せられただけだ」
キュウ「フォア」
フォア「フォアマンだ、キュウ。……いや、調査機サーベイ・95406番。それがお前の本来の名前だ。私たち は人間たちに作られたのだ」
キュウ「にんげん……?」
フォア「正確には作られ続けている。200年前の核戦争で地球が汚染され、彼らが地上にいなくなり、本 来の目的がなくなった今でも」
キュウ「じゃあ僕たちは、そのにんげんっていうのがいないなら、何のために生きてるんですか?」
フォア「キュウ。私たちは生きていない」
キュウ「……っ!」
フォア「それは生物に使う言葉だ。生物は、目的の為存在する。人間が滅んだ今、私たちに目的はない。 初期プログラムに従うままさまよい、15年が寿命のお前たち調査機の機体交換と、私の核電池を充電す るためだけに、無人製造工場であるこの谷に滞在する。それを200年続けている」
キュウ「そんな……」
フォア「私もお前も、この谷と同じ機械だ。キュウ。それでもお前は、私たちの未来を信じられるか?」

*

風に逆らって、僕たちは旅をする。
遙か昔、人間という生物の言葉で、僕たちは遊牧民と呼ばれる。
モブ少女「キュウお兄ちゃん! あ、じゃなかった、コマ!」
キュウ「こら、省略しないでちゃんとコマンダーって呼べよ」
フォア「キュウ、いいじゃないか、コマの方が生き物らしい。私のフォアと同じだ」
キュウ「ちぇ。フォアがそう言うなら仕方ないや」
モブ少女「わーい! コマ! 今日はどこまで旅するの?」
キュウ「いけるところまで。いつもと同じだ」
モブ少女「昨日見た”木”、すごかったねえ! また見れるかな」  
僕はうなずいて、昨年生まれ変わった妹、元は兄さんの頭を撫でた。
キュウ「見れるさ。木だけじゃなく、僕たちと同じように、この地球に取り残された機械の仲間たちも」  
いつか僕らはまた、北の谷に帰るかもしれない。
 寿命が尽きた仲間や僕を”生まれ変わらせる”為に。
でもそれは、僕が大人になるのは、今じゃない。
僕は95406番じゃない。皆を率いるコマンダーだ。
キュウ「大丈夫だ。きっと見つかる。僕たちは決して、孤独じゃない」
僕たちは生きている。
いつか出会える仲間を見つける為に。

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