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【乙女ゲーム】短編

◼背景:カフェのカウンター 差分:昼(朝)◼  

裕太くんから文学記念館に誘われた日の朝。
私は一日お店を預ける為、新しいエプロンを尊さんに渡し、頭を下げていた。
【ヒロイン】
「すみません、なんだか、すごく図々しいお願いをすることになっちゃって……」
【吉原 尊】
「カフェ店員のバイト、学生時代やってみたかったんだよね〜」
「でもほら。会社が当たっちゃって出来なかったでしょ。俺今、夢叶ってる!」  
のらりくらりと、尊さんはいつものように笑う。
(でも本当は、私が一日楽しめるよう、さりげなく気を使ってくれてるんだよね)  
裕太くんの気持ちを知ることが出来たのも、尊さんがいなければ、あそこまでスムーズには 行かなかったかもしれない。
【ヒロイン】
「お世話になりっぱなしで、申し訳ないです」
(本当にちゃんと、恩返ししなきゃ)
【吉原 尊】
「言ってるでしょ。俺の趣味はヒロインちゃんのフォロー&アシストだから」
【ヒロイン】
「でも本当に、会食断っちゃって大丈夫なんですか」
【吉原 尊】
「……ん。どうせフレンチと言う名の見合いだしね」
「今回は本当に、大した会社じゃなくて、向こうがどうしてもって言う話でね」
「断る用事が出来て、こっちこそ大助かりだよ」
【ヒロイン】
「そうなんですか」
にっこり笑う尊さんに、少し安心する。
(結婚はステータスだって言う尊さんだけど、しばらく予定はないみたいだし)
相手には気の毒だけれど、それでよかった……のかもしれない。
【吉原 尊】
「そんなことより時間。遅れたら、あいつ挙動不審になってその辺に隠れちゃうんじゃない」
【ヒロイン】
「あっ、いけない」
店の壁時計を見て、慌てて私はカウンターから出た。
【ヒロイン】
「すみません、じゃあ明日、お店の鍵、受け取りに行きますので」
【吉原 尊】
「ん。楽しんできて」
まだ申し訳なさを感じながらも、私はお店を後にしたのだった。

◼背景:カフェのカウンター 差分:昼(朝)◼ ※尊目線

ヒロインを見送った後、尊はぼんやり、本棚を見つめていた。
【吉原 尊】
「……」  
ちょうどその時、カウンターにおいたスマホが鳴る。  
着信相手は尊の会社の秘書だ。
【吉原 尊】
「……なに」
【秘書】
「なにじゃないですよ社長! 田中企業との会食、断ったって本当ですか」
 【吉原 尊】
「本当なのはわかるでしょ」
「俺、フレンチの会食に来てないって電話あったから、今話してんでしょ」
【秘書】
「もう! そうですよ!」
「娘さんと結婚して買収、売り上げ2倍の話はどこ行ったんですか!」 【吉原 尊】
「あのさあ。人生には金とか時間より」
「時にはだけど、大事にしなきゃいけないもんがあるじゃない?」
【秘書】
「は? 何言ってるんで……」  
通話を切ってスマホを置き、尊は少し困ったように呟いた。
【吉原 尊】
「まあ、なかなかそう言うのって、気づけなかったりするみたいなんだけどね」
「……要領はいい方だと、思ってたんだけどなあ」

◼駅前・待ち合わせの銅像前(朝)◼ ※ヒロイン目線

カフェを出て電車に飛び乗り、どうにか私は待ち合わせ場所にたどり着く。  
文庫本を睨んで棒立ちする裕太くんは、すぐに見つかった。
【ヒロイン】
「裕太くん! ギリギリになってごめん!」  
息を切らして近づくと、いつものように一瞬構えてから、裕太くんは頷く。
【柳 裕太】
「最後まで読めた」
【ヒロイン】
「え?」
【柳 裕太】
「少し……前から来てたけど」
「ヒロインのおかげで、短編、最後まで読めた」  
文庫本を掲げてみせ、裕太くんは口の端をあげる。
【ヒロイン】
「あ! この前仕入れて、買ってくれたやつ。気に入ってくれたんだ」  
嬉しくなって笑うと、裕太くんは慌てたように目をそらしてしまう。
【柳 裕太】
「……」
そしてなぜか下を向き、空いた手の指をわずかに動かした。
(照れて……るのかな?)
そう思うとこちらも意識してしまって、頰が熱くなってくる。
【ヒロイン】
「えっと、それじゃあ行こっか!」
照れ隠しに勢いよく行って私は歩き出した。
【柳 裕太】
「あ……」  
初めての遠出で浮かれていたのも相まって、私は何か言いたげな裕太くんに気づけなかった。

◼背景:文学記念館・内観 差分:昼◼
 
 急行に乗って文学記念館に着くと、裕太くんの表情は一気に晴れやかになる。
【柳 裕太】
「す、すごい……。初稿と万年筆……、創作ノートまである」
「あ、机。これ、本物? 本物だ。傷が残ってる、すごい」  
一番好きな作家の身の回りの品に、興奮が止まらない様子だ。
(本は何度も読んだけど、ここに来るのは初めてなんだよね)  
裕太くんの日常は、大学とマンションの往復、たまにカフェ。
(ニワカって言われそうで心配もしたけど、ここを提案してよかった)  
そっと見守っていると、視線に気づいたのか、ふいに裕太くんが振り向く。
【柳 裕太】
「……ヒロインは、暇じゃないの」
【ヒロイン】
「全然! 面白いよ。気にしないで」
(この作家のことは詳しくないけど) (裕太くんのいきいきした様子を、いっぱい見られそうだから)
【柳 裕太】
「……そっか」  
それだけ言うと、裕太くんは少しだけ表情を曇らせて、奥を指差す。
【柳 裕太】
「そっちの展示も、見たいんだけど」
【ヒロイン】
「うん! どれどれ?」
【柳 裕太】
「……」
(あれ? 黙っちゃった。また『文学の地雷』、踏んじゃった!?)
【柳 裕太】
「こっち。ヒロインも見たいとこあったら、言っていいから」  
ふい、と裕太くんは背を向け、先に歩き出してしまう。
【ヒロイン】
「うん……」
(『地雷』ではなかったみたいだけど)  
なんとなく流れる気まずい雰囲気に、戸惑いながらついて行くしかなかった。

◼記念館外・作家の記念碑の立つ丘◼

展示を見終え、記念碑があるという記念館の裏手に回る。  
記念館は丘の上にあるので、海を含めた街の景色が一望できた。
【ヒロイン】
「わあ……!」
広がる景色に思わず顔が綻ぶ。  
すると隣に立つ裕太くんは、なぜかほっとしたように息を吐いた。
【柳 裕太】
「きれい?」
【ヒロイン】
「うん! きれいだよ。裕太くんもきれいに見えるでしょ」
【柳 裕太】※表情 微笑み
「……ん」
 【ヒロイン】
「!」
(よかった……。なんかテンション下がってたけど、回復したみたい)
【ヒロイン】
「じゃあ、そろそろお昼食べる?」
お腹も空いてきた頃だし、と提案してみると。
【柳 裕太】※表情 悲しみ
「……」
(あれっ。えっ、えっ、なんで?)
【柳 裕太】
「わかった。……じゃあ……」
言いかけたきり、裕太くんはまた俯く。  
そして待ち合わせ場所の時のように、パンフレットを持つ手を動かした。
(私、なんか順番間違えた? もっと展示が見たかったのかな?)
【ヒロイン】
「ごめん、お昼じゃないなら違うことにしよう。あっ、もう一回中入る?」
【柳 裕太】
「ヒロインはもう一回展示見たいの?」
【ヒロイン】
「えっ。……私は……」  
展示自体には興味を持てなかったのを見透かされた気がして、上手く答えられない。
【柳 裕太】
「楽しくないのに、なんでずっと笑ってたの?」
【ヒロイン】
「ち、ちがうよ。私はただ……!」
(裕太くんの楽しそうな姿が見られればそれで……)  
でもそれを言ってしまったら、作家に興味がないことがわかってしまう。  
そうしたら、幻滅されてしまうかもしれない。
好きでなくなられてしまうかもしれない。
【ヒロイン】
「……」
どうしていいかわからず私も俯いた。
二人の間を、丘から流れてくる風が吹き抜けていく。
(せっかく、両思いだってわかったのに……)
(好きってだけじゃ、やっぱり上手くいかないのかな)
【柳 裕太】
「……っ!」
裕太くんがふいに顔をしかめ、持っていたパンフレットが地面に落ちる。
(あ。買ったばかりなのに)  
思わずそれに向かって伸ばした手に、裕太くんの手が重なった。
【柳 裕太】
「……っ、俺はっ」
【ヒロイン】
「……っ」
ぎゅっと手を握られる。その手がすごく赤くて熱いことに、そして予想より大きなことに驚く。
【柳 裕太】
「俺は、ヒロインと出かけると決まった時、か、必ず、喜ばせようと思った」
裕太くんは視線を泳がせながら、どこか必死に言葉を紡ぐ。
【柳 裕太】
「だから、俺の好きな文学記念館に行くことになって……」
「どうしたら、ヒロインを楽しませられるか、今日までずっと悩んで」
「できるだけわかりやすく、展示の説明をして、興味が持てるように練習した」
(! そ、そんなことしてくれてたの……?)
【柳 裕太】
「だけど、いざ来たら一人で夢中になってて」
「これじゃあ、いつも本読んでる時と、何も変わらないダメな奴だって……っ」
【ヒロイン】
「裕太くんは全然ダメじゃないよ!」
私は赤い手を握り返して、裕太くんを真剣に見つめた。
【柳 裕太】
「ダメな奴だろどう考えても! 待ち合わせでも、さっきも」
「ずっとヒロインにリードさせて、何もできないし、何も言えない」
(あ……!)

◼回想◼
【ヒロイン】
「えっと、それじゃあ行こっか!」
【ヒロイン】
「じゃあ、そろそろお昼食べる?」
◼回想終わり◼

【柳 裕太】
「確かに俺は年下で、学生で、勉強以外、今は何も取り柄がない」 「でもいつかは、……ヒロインをリードする男になりたい」
(それって……この先も、こういう機会があるってことだよね?)  
裕太くんの真摯な言葉に、私は胸が熱くなる。
【ヒロイン】
「ちがうよ。ダメなのは私。……作家に興味がないのに」
「裕太くんに喜んでもらいたいって理由で、行きたいって言っちゃった」
「ごめん。また私『文学の地雷』踏んじゃったね」
【柳 裕太】
「……」
裕太くんは少し黙ったあと、意を決したように口を開いた。

※スチル表示 開始イメージ※

【柳 裕太】
「何も踏み抜いてない。俺を射抜いただけだ」
【ヒロイン】
「……えっ」
【柳 裕太】
「今のは俺の言葉じゃないからな。とある作家の引用だ」  
照れ隠しのように裕太くんはまくしたてる。
(本当に引用なのかな?)
(今まで聞いた引用に比べて、全然それっぽくないけど)
【ヒロイン】
「引用でも、意味は、その、裕太くんの気持ちなの?」
【柳 裕太】
「だから。引用というのはそもそも、その状況に当てはめる為に使う」  
顔を赤らめつつ、ボソボソと裕太くんはそれを認めた。
【ヒロイン】
「……裕太くん」
【柳 裕太】
「本当は、今日会った時からずっと言いたかった」
「俺と……付き合ってほしい」

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【ヒロイン】
「……うん。……うん!」  
嬉さと、色んなものがこみ上げてきて、少し泣きそうになる。
(よかった……。また、二人とも、同じこと考えてた)
【柳 裕太】
「それから」  
裕太くんはパンフレットを拾い、手をつないだまま歩き出した。
【柳 裕太】
「本当はずっと、こうやって、……手をつなぎたかった」
【ヒロイン】
「……!」
(そう言うことだったんだ!)  
何かと空いた手を動かしていたのを思い出し、ようやく納得する。 【ヒロイン】
「ふふ……っ」
【柳 裕太】
「笑うことないだろ」
(だって、言えばいいのに)  
でもきっと、色々考えて言えなくなってしまうのが裕太くんなんだろう。
(そんな裕太くんが、好き。焦ることはないんだ)  
ゆっくり、一歩ずつ進んでいけばいい。  
ようやく二人らしい結論が出た気がして、私は裕太くんに微笑んだ。
【ヒロイン】
「これから、よろしくお願いしますっ」
【柳 裕太】
「こちらこそ」※照れ  
海風に揺られながら、私たちはしばらく、丘からの景色を見つめていた。

◼了◼

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