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消えゆく光とともに 3つのお題 ・ ショートショート

 私と先輩は屋上でお弁当を食べていた。
「それにしてもいい天気だなあ」
 先輩は空を見上げる。
「ほんとですね」
 私も同じようにして、ひたいに手をかざす。白い飛行機雲が映えそうな、じっと見ていると目の奥がじんと痛くなりそうな青だ。
「冬にしては暖かいな」
「秋だったら小春日和って言いますけどね」
「え?春じゃないの」
と首をかしげる。
「秋に使う言葉らしいですよ。最近知ったんですが」
「へえ。さすが文芸部」
 いえいえ、と頭をかく。
「暑くて喉が渇いてきた」
「私の、飲みます?」
と水筒を差し出した。

「いや、いいよ。ちょっと買ってくる」
 先輩はそう言うと、先に食べ終わっていいからと下へ降りていった。

 風が心地よい。明るい光が斜め上から差している。のどかだなと思う。2人でこんな所に居られて、心もポカポカしている。
 目を閉じて深呼吸した。空気はひんやりとしているが、日差しが暖かい。

「お待たせ」
 目を開けると先輩は戻ってきていて、入口で水のペットボトルを振った。光に反射してキラリと輝き、思わず目を細めた。私は笑って答える。
「お帰りなさい」
 はい、と先輩は何かを投げてよこす。慌てて受け取ると、イチゴ牛乳のパックだった。
「おみやげ」
とニコニコしている。

「別に気を使わなくていいのに…」
 嬉しいけど、そういう風に言ってしまう。
「要らないなら僕が飲んじゃうよ」
「いいえ!いただきます」
 焦って言うとそう? と、スカートをひらめかせてふわりと私の隣に座り、ペットボトルの水を飲み始めた。

「ユミのお弁当、いつ見てもうまそう」
 先輩は私の手元を覗き込みながらつぶやく。そんなにまじまじと見られると恥ずかしい。中身はクマの形のおにぎりや、タコのウィンナー、丁寧に巻かれただし巻き卵などが詰められていた。
「お母さん、料理上手いから…私は下手くそで」
「そうなの?」
「このみかん大福、私が作ったんだけど形がいびつになっちゃって」
と横半分に切られたものを指す。
「みかん大福?え、美味しそう…初めて見た」
「そうなんですか。よく作るけど、昨日は失敗しちゃって」
「どうやって作るの」
「みかんの皮をいて、丸ごと白あんで包むんです。それを、片栗粉と水で練った餅で包んで…」
「ねえ、食べてもいい?」
「え⁈でも、お腹壊しちゃうかも」
 びっくりしたのと恥ずかしいのとで、声が上ずってしまう。
「壊しそうなものが入ってるの」
「そんな事ないです!」
「じゃあ大丈夫だよ。どれ」
 そう言うと、不格好なそれをひょいと1つつまんで口に入れた。
「あっ…!!」
 大福をほおばって、先輩の少しふっくらした頬や形の良い唇がもぐもぐと動く。やがて、細く白い喉元がごくんと動き、体内へ入っていった。
「あ…あ、っ…」
 その様子を、釘付けになって見ていた。

「──うん」
 私の作ったデザートを、意図的にではないにしろ食べさせてしまった…
 ドキドキしてしまう。大丈夫だろうか。急に真っ青な顔色になったりしないだろうか。冷汗が背中や膝裏にじっとりと浮かんだ。

「大丈夫!ジューシーですっごくおいしい」
 そう言うと、お日さまみたいな笑顔を見せた。
「…っっ、よかった…」
 私は体中の力が抜けて顔を伏せる。
「え、どうしたの」
「いや、体調が悪くなったりお腹が痛くなったりするんじゃないかと…」
 動揺してドキドキと波打つ胸を押さえた。

「全然平気!ミユは心配性だなあ」
 風でなびいた髪の毛を耳にかけながら、先輩はアハハと笑う。
 キーンコーン、と昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。

「あ、もう教室に行かないと。急ごう」
 私たちは慌てて片付けると、クラスに戻るために屋上を後にする。

「まだ今のところは使えるけど、そろそろ閉められちゃうかもな」
 階段を降りながら先輩がつぶやいた。
「そうですね。結構気温が高くなってるみたいだし」
「衝突までどれくらいだっけ」
「たしか2週間位じゃ…」
 私は昨夜のニュースを思い出しながら答える。TVで連日のようにカウントダウンをしていたが、それほど興味を持てなかった。
「あーあ、ミユと屋上で食べるの楽しかったのになあ」
「…そうですね」
 私は先輩の腕に思いきって抱きつく。

 あと何回、先輩とここでご飯を食べられるだろう。
 空には刻一刻と近づいている隕石が、時を追うごとに大きくなっていた。

 ──近い将来に巨大な隕石が落ちてきて、地球が破壊されるという最悪なニュースの後、私たちはパニックになり右往左往していた。
 みんな家に引きこもったり、暴動が起きたり、学校へ来ても教室で息をひそめてじっとしたりしていた。
 私はやりきれなさに、ある日お昼を食べに学校の屋上へ行った。そこで同じように来ていた先輩に会って、意気投合する。それから私たちは、お昼になると時間が合えばそこへ集まるようになったのだ。

 先輩と一緒にご飯を食べられるなら、この先どうなったって構わない。
 世界があと少しで終わるとしても、最後の一瞬までともに笑っていよう。

             了

『以下の三つで即興小説を書いてください。
「みかん」
「隕石」
「ペットボトル」
 ジャンルはガールズラブです。』

 2/17に投稿した、先輩と後輩の話と繋がっているようないないような話です。

(2,031字)

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時雨
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