六、外道の剣

半蔵は茶碗を手に怒り震える様の陽下将軍を見てかけがえのないものを失ったことを知った。
「巴様・・・いや、陽下将軍」
「将軍の位衣はそないに温いものですか」
「無礼な!!」陽下将軍は茶碗を半蔵に投げつけた。
儂と団子の串を皿に並べた巴様はもうおらんのや。ここにおるんは将軍様か。

大殿、半蔵は今、四つの蔵を満たしましたわ。
四つの蔵を満たした半蔵は今ここに人に成り得た。

大殿が遂にはこの国の戦火を消し均しこの国を去る船に乗る時、それを見送ったのは半蔵ただ一人だった。
大殿は誰にも告げずに一人、国を去ろうとしていたからだ。
「水臭いでんな」
「おお、半蔵か」
義経は薄い笑いを浮かべて振り返った。
「嬢のえぇモンを見んと発つんでっか」半蔵には大殿がどんな想いで国を去るのかを分かってはいたが、やはりまだ諦めきれなかったのだ。
「それはお主に頼もうかの」
小さく頷きそう返した大殿を見てやはり諦めざるを得ないことを悟った。
大殿がこの国の二千年に及ぶ戦火を消し均すに思い至ったたった一人の曾孫の娘への想い。半蔵はその想いを託された。

二人は口を開かずに語り合った。
十年を超す時をだ。
長く短い静かな沈黙を破ったのは義経の方だった。
「半蔵、四ツ蔵の名は満たしたか」
「まだやな」
「そうか」
この時の半蔵自身は分かっては無かったが半蔵は既に三つの蔵を満たしていた。
皆で鍋を囲んだ時の楽しみ、巴様と嬢と団子の皿を同じくした時の喜び。
そして坂の城での最後の戦。
半蔵は城兵を出さなかったと聞き高田に怒りをぶつけた。
最後の戦までをも大殿に担がせた高田にだ。
「なぜ兵を出さんかったんや!!」そう憤る半蔵に応える高田の理は簡潔で至極真っ当であった。
「最後の戦だったのだ。城兵は火の無い明日に夢を見ておったが敵は死兵となりその身を城に撃ち付けておったのよ」
それはそうだ、そうだ。そうなのだが・・・。
明日を夢見る兵どもと明日を捨てた死兵どもが城門を開き戦えば結果は火を見るよりも明らかだ。
だがそれであっても大殿が担いでいる物を知ればそうとは言えまい。

しかし大殿が何を担いでいるかを知っているのは半蔵だけなのだ。
なぜ大殿がただの一騎で万の敵であっても斬り均せるのかは高田も聞いてはいるだろうが、その結果に大殿が何を担ぐのかは知る由もないだろう。
だが半蔵だけがそれを知っている。

石ノ家が坂東の覇者となった宴の日。
皆が酔いつぶれた後に半蔵は義経と二人、酒を酌み交わしていた。
すでに半蔵はその時までに義経が渡りの中で何故、刀を手にできるのかを察してはいた。
半蔵は配下の者の多くを義経に付けその動向を探っていたからだ。

半蔵が初めて大殿の下へと向かった時、義経がただの一騎で走り去った時だ。義経は兵を集め北坂東の地、鷹崎に先行しているかと思えばそうではなく本当に一騎で福須磨の地へと向かっていた。
福須磨の地は一城の国だ。普通は国の要所要所に城を築くものだが福須磨の地は山に河が多く、複数の城を築いてもその連携が難しくその代わりに天然の要害に囲まれた絶対不落の福須磨城がただ一つあった。
義経はただの一騎でそこへと向かったのだ。半蔵は義経が福須磨を下らせる交渉に向かったのだろうと思ったし、それ以外に思いつくところもない。
「渡り」が使えるのならば逃げるには容易いからだ。
だが配下の報告は違った。義経はただの一騎で福須磨を斬り均したというのだ。
その場に配した多くの配下が命を落としていたが義経が兵を連れていたのを見た者はおらず、義経がどのようにして福須磨を切り均したのかを見た者もまた居なかった。それを見たであろう者は皆死んでいた。多くは無残にも斬りばらされていたそうだが、中には卒中か何かで死んだかのように傷一つなく死んでいた者もいたそうだ。

義経はあの宴の日、二人で酒を酌み交わした日に言った。
「半蔵、儂を追わせるのは止めよ」
「何のことやら」
半蔵はすっとぼけようとしたが義経は「渡り」に入った。
反射的に半蔵も渡りを使う。
義経は杯を置き刀に手を伸ばし抜いた。音切りの刀、白銀の隼をだ。
半蔵は義経の背後に数千の侍の影を見た。
義経が刀を納めた。同時に亡者のような侍の群れも消えた。
「お主であれば分かるであろう、これは幽世の剣」

そうや、やはりそうや。
半蔵は「渡り」の秘術の極意が殺意を捨てると言うところにあることは分かっている。それは自らの命も捨てるという事だ。
自らの命を捨てるという事、それは常世の一歩手前である幽世に踏み出すという事なのだ。
そして殺意を捨て幽世を踏んでいるのだから、そこで殺意を持って刀に手を伸ばすことは不可能だ。
しかし義経はそれを手にしている。
それは義経が人であるから侍だから出来る事だからだ。殺意を捨て幽世を踏みつつも刀を手にするは獣である半蔵には出来ぬ。
半蔵は義経が背負っている者、これから更に背負おう事になるであろう物をはっきりと知った。

人であるからこそ振るえる剣。
獣である半蔵は銭の為に人を斬る。
しかし義経は侍と言う人であるからこそ、人であることを捨てることが出来るのだ。
人に銭を見る獣である半蔵には決してたどり着けない人外の極み。
人の道を外れた剣、それが義経のいう幽世の剣だ。
義経が幽世を踏みながらも刀を手にできるのは殺意を持たないからなのだ。
義経は殺意を持たぬままに幽世を踏み、殺意を持たぬままに刀を手にし人を斬るのだ。
それは道を歩み進めるかの如く人を斬るという事だ。
人であるならば道を行くときに一寸の虫を踏んだとてそこに僅かな憐憫を持つであろう。
だが義経は道を行き、土を踏むが如くに人を斬り捨て逝くのだ。
義経が幽世を踏んでなお刀を手にできるのは、人を人と思わずままに斬り均せるからなのだ。
人が道を行き進めるのは、踏まれた道に何も思うことが無いからだ。
だが義経は人に対しそれをするのだ。幽世を踏み土を踏む様に人を斬る。
義経は人を人と思わずに土を踏むかのように人を斬りばらすのだ。
道行く人が踏みしめられる道を哀れと思わぬように義経は幽世を踏み人を人と思う事もなく哀れとも思わずに殺意を持たぬままに斬りばらすのだ。
獣である半蔵には決してたどり着けぬ人の道を外れた極み。

幽世の剣で斬られたものは幽世を失う。
幽世に行けねば輪廻を失う。
輪廻を失った者は留め置かれる。
義経の背に。

人外の剣。
それは人の道を外れた外道の剣。
それが義経のいう幽世の剣なのだ。
義経がそんな外道の剣を振るう理由。
それは一人の曾孫の為なのだ。
あれは銭だとか将軍の位衣を纏うためだとかと言うつまらぬ欲で振るえる剣では決してない
義経は曾孫の幸せがこの国の幸せに繋がると信じているからこそ、地獄を担ぐ外道の剣を振るうのだ。

義経が何を背負っているのか、義経がどれほどの地獄を背負っているのか知るのは同じく幽世を踏める半蔵だけなのだ。
高田様も巴様も、大殿が何を背負っているかは知ってはいるかもしれぬが、それを見ることができるのは義経と同じく幽世を踏める半蔵だけなのだ。それがどれほど重いものなのかを知れるのは半蔵だけなのだ。
だから義経は半蔵のもとを訪れた。
自身が背負う地獄を見てくれる者として半蔵を頼ったのだ。

半蔵がいたとて義経が背負う重みを肩代わりしてくれるわけではない。
義経は、自分がどれほどの重いものを背負っていくかを誰かに見て欲しかったのだ。
自分がどれほどの者を背負っているかを、その辛さを誰かに見て欲しいと、この辛さのほんの僅かな慰めをと半蔵を頼ったのだ。

半蔵は陽下将軍の投げた椀を小枝を受けるかの如くに事も無げに受け止めそれをまじまじと見た。
「はぁさすが将軍様、ええモン御持ちや。京は逆井のあきんどならこれに大判の二十か、いや三十は出すやろな。それを投げ寄こすとはさすがは将軍様や。ま、要らんのならもろうとときますけどな」
半蔵は薄半纏の裾で椀を丁寧に拭くとリンの前に転がした。
椀は畳の上を転がりリンの前でくるりと止まった。
「嬢、それに六文入れ」
「え?」戸惑うリンに半蔵は再び言った。
「六文銭や、持っとるやろ。入れえ」
「六文銭って、籠代のですか?」
「そうや、幽世を逝く籠代。ええから入れ」
リンは事を図りかねていたが懐から懐紙に包んだ六文銭を取り出すと言われるままに椀に入れた。
「持ってきぃ」儂は畳には触れられんとばかりに半蔵が手招きする。
リンは椀を手に膝行し半蔵の前に六文銭を入れた椀を置いた。

半蔵は細い革紐を取り出し六文銭に通しそれを首掛けるとスッと立ち上がり「行くで」と言い放った。
高田が「あれは・・」と呟いた。
高田には察しがついたようだが陽下将軍とリンには半蔵がどこへ行こうと言うのかまだ分からない。
「はよせい、大西海を渡るんやろ」
「え?まことですか?」リンは驚き陽下将軍はまた怒りをあらわにする。
「何を言うか!リンは祝言じゃ!」
「さあの、儂は祝言なぞ知らん」半蔵は背を向け縁を降りようとしていた。
「リン!ならぬぞ!そなたも将軍家の者、そんな年寄り一人を伴に旅路などおろかな!」
半蔵はゆっくりと振り向き黒に染まる目を皆に向けた。
「儂を斬れるもんが居るなら連れてきてみいや」

半蔵はあの木上で全てが哀れと思い殺意を捨てた時に渡りの秘術を得た。
そして今、あの心温かかった女性が将軍の位衣で温まっているのを見て最後の蔵を満たしたのは深い哀しみだった。
半蔵は今、人と成り得た。
人として幽世を踏める半蔵は今や幽世の剣を振るえるのだ。
それはまさに無敵外道の剣。
それどころか半蔵は日ノ下一の大忍び頭、四ツ蔵ノ半蔵なのだ。
今の半蔵が守れぬ者など何一つないし、半蔵が切れぬ者は何一つ無い。それは半蔵に守れぬ者は誰にも代わりは務まらぬし、半蔵が切れぬ者は誰にも切れぬという事だ。
「お主、先ほど断ったではないか!」だが陽下将軍もそう簡単には引かない。
「ああ、気が変わったわ」
「男のくせに二言を返すのか」陽下将軍が鼻で笑う。
「そや、儂も日ノ下の男やが忍びなもんでな。銭の為なら嘘もつくし二言も返すわ」
「何が銭の為か!たった六文ではないか」そう言う陽下将軍に半蔵は叩きつけるように返す。
「これより重い銭はないわ」
「バカな、忍びが六文仕事などするわけがない。いかぬぞリン、どうせ途中で投げ出すに決まっておる」そう鼻で笑う陽下将軍に半蔵もまた鼻で笑い返した。そこへ高田が口を挟んだ。
「将軍、あれは半蔵殿と大殿との約定にござれば・・」

いよいよ義経の乗る船が出ようとする時、半蔵は思い出したように首にかけた六文銭を外し、着ていた薄半纏を脱ぎ義経の前に置いた。
「大殿、これは返しますわ。もうええやろ」
義経は置かれた薄半纏と六文銭を見つめた。
「半蔵、ご苦労であった」義経はそう言って頭を下げて六文銭を手にした。
「半纏はええんか」
「もう寒いぞ、それは着ておれ。半蔵、自由に生きよ。叶うならば蔵を充たせ」
「そうかい、安生な」
半蔵はふわりと薄半纏を羽織りくるりと背を向け歩き去った。

半蔵の首に掛けられていた六文銭、半蔵が常に身に着けている薄半纏。
六文銭は半蔵が初めて義経の下を訪れた時に渡された懐紙の中身だった。
半蔵は蕎麦代程度のケチな餞別だと思い気にも留めていなかったが、北坂東の地から帰った時、まさに蕎麦を食おうと思い飯屋に立ち寄りそこで初めて懐紙の中身を見た。
そこには四分銀どころかたったの六文しか入っていなかった。
半蔵は銭が無かったと蕎麦屋の者に深く詫び店を出たのだった。

この国で六文で買える物は何一つない。六文と言う値は誰もが避ける。
六文の値を付ける者も、六文の値が付いたものを買う者もどこにもいない。
六文とは、幽世を逝くための籠代であるからだ。
それが無くては常世には逝けぬ。この国では六文を誰かに渡す者も受け取る者もいない。六文銭が無くては幽世を逝けず常世への道を断たれ輪廻から外れるからだ。
六文とはこの国で最も安く、最も重い値付けなのだ。
義経という侍はそれを半蔵に渡した。

半蔵はあの宴のあと、二人で酒を酌み交わしていたあの時に義経の前に懐紙に包まれた六文銭を置いた。
「なんやこれ、どういう意味や」
「そのままの意味だ」義経は杯を空けまた酒を注いだ。
六文銭が無ければ幽世を逝けぬ。それを他人に託すという事は生死をも任せるという事だし、託されたものは命を懸けて守らねばならないという事だ。

六文銭を他人に託す。
それは百の言質、千の約定よりも重く、全幅の信頼を寄せるという事だ。
そこに言葉は要らない。
「重すぎるわな」半蔵はそう言ったが懐から革紐を取り出し六文銭に通すと首にかけた。
半蔵は義経の六文銭を受け、義経は頭を下げた。
「そうじゃ、半蔵。半纏を脱げ」
半蔵は訝しむも薄半纏を脱ぎ義経の前に置いた。
義経は「黒山の者では色々と面倒もあろう」そう言い半纏を開くと手を薄く切り薄半纏の麻裏地に血の手形を貼り、筆を手にするとその横に免状を書いた。

半蔵は縁を降りリンを見て言った。
「はよせい、行くで」
「忍び如きが勝手をするなど許すか!」まだ戸惑うリンの代わりに陽下将軍がまた怒る。
半蔵はカッと目を見開き薄半纏の襟を掴むとばっと脱ぎ縁に叩きつけた。
「そうや儂は忍び!やが大殿に免状を貰っとる忍びや!儂に意見できるのは大殿だけや!」
「あれは勝手御免状・・」高田は感嘆した声を呟く。
半蔵が縁に叩きつけた薄半纏にはすっかり黒くなった大殿の血手形とその横に此者生死之勝手也と書かれていた。
これは大殿が半蔵に与えた御免状。
この者は生から死までの汎ゆる事この者の勝手だと言う免状だ。
「お主がリンと共に大西海を渡り竜ノ地を行き届けると言うのか!」
陽下将軍が叫ぶと半蔵も叫び返す。
「この六文銭にかけて守ったるわ!!」

陽下将軍は半蔵を睨み、半蔵もまた陽下将軍を睨み返していた。

「なら頼みましたよ。リン、四ツ蔵殿によくお礼を言いなさいね。あまり困らせぬようにな、言い付けは守りなさい。高田殿あとは任せました」
陽下将軍はつい先ほどまで癇の筋を浮かべていたとは思えないほどの笑みを浮かべ座敷を後にした。
高田は縁の前に寄り懐からいくつかの小さな革袋を出し薄半纏の横に置いた。
「大西海を渡ればそこは竜の巣まう地、路銀も大判小判は使えぬでしょうから粒金と一応ですな粒銀も入れておきました。そうそう大西海を渡る船は用意してありますのでご心配なく。おお、これが大殿の勝手御免状。拝見してもよろしいかな」
そういう高田に仁王のように睨み顔のまま固まる半蔵は小さく頷いた。
「では失礼して。おお、これが火ノ源で、いやさ日ノ下で四ツ蔵殿だけが許された勝手御免状ですか」
高田は半蔵の薄半纏を手に掲げ隅々まで見収めると丁寧に畳みまた縁に置いた。
「いや、眼福眼福ありがたき」そう言って半蔵の薄半纏に頭を下げた。
「そうそう、あの椀ですが最近来田の地に上り窯が出来たのはご存じでしょう。陽火様が見たいと言うので行ってみましてな、そこで陽火様が御手自ら焼いた一品。四ツ蔵殿に金三十両と値踏みされたは陽火様も喜んでおられるでしょう。では四ツ蔵殿しかとリン殿を頼みましたぞ」
そう言って高田も座敷を後にした。

残されたのは心底申し訳なさそうに頭を下げ上目使いに半蔵を覗き見るリンと仁王像のように睨み顔のまま固まっている半蔵。

どうしようかと思い悩むリンに漸く半蔵が口を開いた。
「嬢か?」
リンは大きく首を振って答える。
「高田様か」
「いえ・・」とリンは今度は小さく首を振って答えた。
「巴様か」
「は、はい」リンは小さく頷いた。
はぁー!!半蔵は大きなため息をついて縁に腰を下ろし路銀が入れてあるという革袋の中身を確かめた。
そこには大判十両にも満たない僅かな粒金とそれよりもさらに少ない粒銀だった。

銭の多寡はどうでもええ。やられたわ。
そうやな、巴様が嬢をあんな中川のチンチンに寄こすわけないんや。
「嬢が大西海を渡りたい言うたんか」
「はい」リンはこれ以上ないほどに身を縮込めている。
「そうやろうなぁ、そらそうやろ」

巴様は誰よりも大殿を分かっていた。もちろん大殿の想いも分かっていた。
だからこそ大殿が頼った半蔵を間違っても獣扱いなどせず団子の皿を同じくしたのだ。
だが横八華の石ノ家に従うようになった者達は違う。
彼らは横八華の古の高貴さに心服したのだ。半蔵の首にかけられた六文銭の意味を知る者は、はっきりとその態度を示すことは無かったし半蔵は宴の後に大殿の指図で関を西に越え石ノ家配下の者どもと接する機会は多くはなかったがやはり彼らの中で半蔵は獣でしかなかった。

半蔵が銚子を手にしてもそれを進んで受けようとする者はいなかったし、受けたとしてもコッソリと床に杯を空けていることも半蔵は知っていた。
だが巴様と高田様は違った。
高田様は半蔵と鍋を共にしたし、巴様は嬢まで連れて半蔵と団子の皿を同じくしたのだ。

だからこそ半蔵は大殿の為に、そして高田様、巴様の為ならばこの火ノ源の国を斬り均す手助けをしようと心に誓ったのだ。大殿の言う四ツの蔵を充たしてみようと思ったのだ。
しかし巴様は嬢を政の添え物にしようとし、畳に触れた半蔵に怒りを向けた。
巴様はそんな人ではない。そんなことは百も承知だ。
大殿が将軍を任せた人なのだ。
だがそんな巴様が変わってしまったと半蔵が思うほどに将軍と言う位衣は重いのだ。

半蔵は笑った。己の未熟さを。
巴様はたとえ再びこの国が火の源に戻ろうとも嬢を中川家なんぞに嫁がせるわけは無いし、あのチンチンがなんぞ下手に動こうとも高田様があの手この手で何としても燻ぶる火を止め消すやろ。

まだ上目遣いに事の成り行きを見ているリンに半蔵は言った。
「行くで嬢!竜見物に行こうやないか!」
半蔵は縁を叩き立ち上がった。

「はあぁ!!大殿の柿がぁ!!!なぁい!!」
庭の奥から高田の声が響いた。
「はよ、はよ行くで嬢!」
半蔵は逃げるように屋敷をあとにした。


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