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彗星

父と見た彗星。

高校生の時だと思う。反抗期真っ只中の10代半ば。世の中の中心が自分で自分さえ良ければそれで良しと考えていた今となっては封印したい黒歴史時代。

子育てを一通り終えた今は恥ずかしさと後悔でひたすら反省してしまうあの時期のこと。

夕飯の後にテレビで彗星のニュースを見ていた父が何気なく、その彗星を見てみようと私を誘ったのだ。

多分、百武彗星だと思う。Googleで調べたら時期と見え方がとても似ていた。あと長い長い周期。

薄っすらとぼんやり明るい頭部と長い尾。

東の空にぼんやりと浮かんでいたあの彗星。満月に満たない月の明かりにすら負けてぼやけて見えづらかった。

はじめは何処にあるかわからなかった。まさかあんなに大きなほうき星が山の上に見えているとは想像もしていなかったから。

どこだどこだとキョロキョロしていた時、父が言った。

「なんだ、目の前にあるのがそうだな、あれだ」

目の前に?

「視線を山の背に合わせてみろ。視界のすみに彗星が映る」

視線を山の背に、視界のすみに…


彗星がいた。視界のすみに薄っすらと大きな彗星がいたのだ。

いた、いたよ、お父さん。でっか!! あれが彗星⁈ すっごい!!

反抗期をすっかり忘れて彗星に燥いだ私を父はニコニコ笑って見ていた。多分、晩酌のほろ酔い加減も手伝い父も燥いでいたと思う。  


薄っすらと大きな、小さい頃に絵本で見たままの、想像通りの大きなホウキ星が目の前にいたのだ。

言葉も出せずただ宇宙のなんちゃらをひたすら呆然と見入っていた時父が言った。

「次は15000年後だと。長いな。次はお父さんは見れないな」

当たり前じゃん。

私すら死んでるよ。とは、言えなかった。

次にこの彗星が来る頃にはみんなはもういないのだと。てかこの彗星は今何周目なんだと、色々考えたけど次に繋がる言葉が出なかった。

また別の彗星が来るじゃん。

反抗期を思い出したように、急につまらなそうな声色で返した。そう返すので精一杯だった。いやだよ。お父さんがいなくなるって考えたくもない。てか死にたく無い。

「そうだな。UFOもまた見たいな。お父さんそれっぽいのは見たことあるんだ。あの時カメラがあればなぁ」

やめてよ。怖い。カメラで撮っても星にしか見えないっつぅの。

そんな会話で締めくくって家の中に戻った。その後、彗星の話をしながら凹んでいるのを悟られない様ににこやかに過ごした。

いつかみんないなくなるのだと。考えたくもないけど祖母も両親も兄弟さえもみんなみんないなくなるのだと怖くて怖くて仕方がなかった。

てか、死にたい死にたい死んでやる死んでやるって反抗期ならではのアレで言いまくっていたんだけど実際、普通に彗星の周期でなぞらえてみたらいつかみんな本当に死ぬのだと、途端に恐怖に襲われたのだ。

なんだか反抗するのが急に馬鹿らしくなった夜だった。その日は素直に言われるままお風呂に入った。時間が沢山余ってみんなでコーヒーとか飲んだりもした。なのにちょっとまだ素直になるのがなんだかとっても恥ずかしかった。

彗星は反抗期の私がいるピリピリムードだった我が家に久しぶりにちょっとほんわかしたコーヒータイムをもたらした。


アホか。また別の彗星が来るんだからそれをまた見ればいいじゃん。あの彗星の次の周期は生まれ変わったらまたみんなで見たらいいじゃん。

そう父に言えたのはすっかり彗星が見えなくなった数日後だった。

「んだな。」

父は私の言葉に同意してくれた。その3文字だけでどこか寂しかった気持ちが急に心強くなりまたなんの根拠もない無敵の反抗期に戻る事が出来た。

正直、ホッとした。

なんだもっと早く言えば良かったと安心した反抗期真っ只中。いや反抗期のちょっと終わりかけ。

この彗星のあと割とすぐ、終わりが無いように思われた無尽蔵のイライラと似非だと解った死にたい願望が全て無意味な事だと悟ったからか、すんなり消えた。

本当にすんなり居なくなった。

部活を楽しみアルバイトに励み、大好きなバンドのコンサートにも通った。花が咲いたように私の時間が色とりどりに見えた。

なんだったのかあの暗黒期は。自分も苦しかったけど親兄弟も散々だったと思う。

あの彗星が来なかったら私は暫くはまだ長い長い真っ暗な反抗期のトンネルの中にいたのかな。

あの彗星は私を我に返らせる為に来てくれたと今でも本気で思ってる。

悪いもの全部持って行って15000年かけて浄化して頂いて、また生まれ変わったらみんなで、今度はわいわい家族みんなで見ることにするよ。


百武彗星の周期は113782年だそうです。父はわかりやすく私に15000年と言っていたのでしょう。次に見れるのは115778年付近らしいですが果たして生まれ変わる地球自体まだあるのでしょうか(笑)




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