小此木さくらがいない二年四組。ヴァルキューレVSネームレス2

「あの状態から聖テレジアのコンビネーション・スラストを避るなんて!」
右足のかかとから間断なく噴き出すホバーの激風を、右足を動かすことでコントロールし、上空に制止しているヴァルキューレの乗り手であるアラーナは目を見張った。
ドラゴンスレイヤー・聖テレジアの刺突は、武器が細く軽いレイピアであるだけに重さが倍はあるソードの突きとは比べ物にならないほどに速い。
ヴァルキューレの必殺必滅捨て身の突きのとき、灰褐色の巨人であるドラゴンスレイヤーは咆哮した。
そして今も。
それはドラゴンスレイヤーがドラゴンスレイヤーたる力を、出し切った証に他ならない。
竜殺しの力を。
「やりますわね」
聖テレジアの乗り手である聖騎士キャサリンは、侯爵家の出であり、たしなみとしてフェンシングを学び、一昨年のワールドカップジュニア大会では銀メダルを獲得し、メダイユ・ダルジャンリストとなっている。
種目は突きも斬り払いも有効なサーブル。
メダリストになれれば、聖騎士試験を受けてもいいと言われたので、そうしたのだ。
もちろん実戦と試合は違うし、ドラゴンスレイヤーでのレイピア攻撃はやったことがない。
だが、実際にドラゴンスレイヤーに搭乗しているキャサリンにしてみれば、この機体は搭乗者の能力を上げることはあれ、下げることはないと確信できる。
それをこうも易々と交わされてしまうとは。
眼前には飛びずさって、レイピアの攻撃をかわしたネームレスがロングソードの切っ先を右斜め下に向けて、突進してきている。
その勢い、その迫力、その流麗さ。
まさに。
「騎士の模範たる姿ですわ」
キャサリンは姿勢を正し、盾を捨て、構えをとる。
サーブルの、キャサリンが最も得意とする戦闘姿勢だ。
「いけない!」
アラーナは思わず声を上げた。
上から見るとロングソードの長さがよくわかる。
聖テレジアがネームレスの突進に応じて、一歩踏み込み、レイピアを突き出した。
レイピアの切っ先がブレているのがわかる。
フェイントだ。
突き出した切っ先で相手を威嚇し、足元へと切り払いをかけるキャサリン得意のハロッシュだ。
実はアラーナの体当たりにも似た必殺必滅捨て身の突きは、キャサリンのハロッシュに対抗するために生み出したもので、よく「アラーナは私より年上なのに、無茶するところが可愛いですわ」とからかわれている。
もっともゲームになると「少しは手加減してください。ズルいですわ! 大人げないですわ!」と涙目でコントローラーを放り出すわけだけが。
「あなたはどうしますの?」
キャサリンはハロッシュへと飛び込んでくるネームレスへと心の中で呼びかけた。
期待と不安の入り混じった高揚の中で。

大地に足がつくと同時にホバー機能を全開にして、前へと機体を動かした風魔さんは踏み込んでくる相手を見て、コントローラにおいてある指を激しく動かした。
急制動をかけるか、それとも薙ぎ払うか、あるいはネームレスのかかとにあるホバー機能の偏差を使うのか。
様々な行動を指示しながら、キャンセルを繰り返す風魔さんの指がかすんで見える。
ネームレスには行動キャンセル機能がある。
その機能は世界最高峰と言われるロボテクバトラーのコントロールシステムを間違いなく凌駕している。
だから――
銀光棚引く一閃がネームレスの右目を貫いた。
正確無比、会心の一撃で、相手が人間ならばこのままレイピアを振動させ、その脳を破壊できたであろうという一撃だ。
しかし震わせたレイピアはネームレスの右目の形を、いやその頭部の形を破壊せずに上下左右へと振動した。
瞬間、聖テレジアの前に十のネームレスが出現する。
「えっ」
「分身殺法・シャドウムーン」
「な、なんですの?」
黒い闇と赤い閃光にも似たマフラー流星が流れる。
衝撃は驚きの中に溶けている。
慌てて態勢を立て直そうとした聖テレジアは、ごく自然に大地に転がっていた。
一回転。
いや半回転だろうか?
そこへ重い音を立てて何かが落ちてくる。
数は五つ。
それがドラゴンスレイヤー・聖テレジアの両手足と頭部であることまではわからない。
ただ手足をもがれた無力感、寂寥感を察することはできる。
「負けですわ」
切断され、吹き飛ばされた頭部についている目――モニターが丸くなった聖テレジアの胴体を映している。
それは搭乗者であるキャサリンには決してわからないことだったが、もはや自分の機体に戦う力が残っていないことははっきりと分かった。
ネームレスの十の影に覆われたとき、ドラゴンスレイヤーの突出部分――つまりは胴体をのぞく両手足と頭部をすべて切断されたのだ。
「あれは」
中空を舞うヴァルキューレの中で、アラーナは歓喜に近い、慄きを感じていた。
なぜなら、激しい突進と常識離れした反復上下運動により、巻き上がった土煙が晴れた場所でカッコよくポーズ――確か残身といったはずだ――を決めているのは間違いなく、ロボテクバトラープレイヤーなら誰も知っている漆黒赤頸布のロボットつまりはニンジャマスター・シャドウそのものだったのだから。

「ドラゴンスレイヤーが変化したぁ?」
聖騎士隊長である青年が搭乗する聖アンドレを助け起こしていた聖ドグラーナから絶妙なイントネーションで驚きの声が漏れる。
片目を潰されたドラゴンスレイヤー・聖アンドレは驚きのあまり声も出ない。
「どうしますぅ。わたぁしはとてもまずいと思うんですけれどねぇ」
漆黒の体に赤いマフラーを棚引かせるドラゴンスレイヤーだったものが、ゆっくりと機体を起こしていく。
大地に複数の重いものが叩きつけられる音がした。
重いが、どこか軽さを感じさせる音に目を向けると無残に切り落とされて、ドラゴンスレイヤーの頭部と目が合った。
「ぎゃっ」
聖アンドレの中から驚きから目が覚めたというより、驚きで硬直していた思考に、さらに強い驚きと恐怖を得た青年の声があふれた。
「逃げられそうにはありませんねぇ」
聖ドグラーナは鞘ごとソードを引き抜くと地面へと突き立てる。
左手にある盾は地面に突き立てるには小さすぎるので、腕にかけたままにしている。
「降伏します」
ドラゴンスレイヤー・聖ドグラーナは両手を上げた。
そして――
ネームレスは上空から落下いや突撃してきたヴァルキューレを避けきれずに激突し、後ろへと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながらも、転倒はしない。
恐るべき操縦技術と言っていい。
だが目標からは遥かに遠くに突き放され、すぐに動けないことも確かだ。
秘技が決まった後の硬直状態を抜けた瞬間に「降伏」を口にされたことが原因だった。
もっともそれは半瞬の間で、本来は隙とも言えぬものだった。
一流のロボテクバトラープレイヤーでも敵機を倒した後には意識の切り替えの時間が必要となる。
超一流である風魔さんでもそうだ。
そして超一流の世界ではそれが半瞬もあるというのは、充分に長い。
隙を予測して、それを狙って、落下突撃を仕掛られる超一流のプレイヤーの駆るヴァルキューレにとっては・・・。
「やっぱり倒れないかぁ」
右足のホバー機能を全開にして、地面激突寸前まで加速して、左手の盾でチャージをかましたヴァルキューレは膝立ちになり、聖ドグラーナが大地に突き立てた鞘からソードを抜き、構えをとった。
右足のホバー機能だけが増大しているので、直線的な落下運動ではなく、機体がかなり右回転に傾いた落下加速だったせいで、地面への激突を意識しながら斜めに盾をぶつける格好になったが、威力の減衰は最小限だったはずだ。
それでもニンジャマスター・シャドウは倒れない。
いや倒れないのはいいが、ろくにダメージが入っていない様子のニンジャマスター・シャドウの姿を見ると日本の特攻と同じく、ヴァルキューレが壊れるのを覚悟で、機体を直接ぶつけるべきだったかとも思う。
そうしなかったのは、ドラゴンスレイヤーは唯一無二であり、未知のテクノロジーの塊であったからだ。
ロボテクバトラーのようにステーションで気軽に修理することができない一品もの、それを惜しんだ。
「もしヴァルキューレだったら」
アラーナは思う。
ヴァルキューレの必殺技であるメテオチャージは発動するときに、ビームコーティングウィングでその身を覆う。
ビームコーティングウイングは飛翔翼でもあり、ミサイルなどの迎撃のための射出兵器ともなる。
飛翔翼から分離して稼働する光の槍羽から放たれるビームの一撃は、ロボテクバトラーの部位破壊すら可能な威力を持っているのだ。
そのエネルギーを一つにして突撃をかけるメテオチャージには複数のロボテクバトラーを粉々に破壊するだけの破壊エネルギーがあった。
「もしこれがヴァルキューレだったら」
アラーナはそう思った。
強く願った。
瞬間、感覚が変わった。
「あとは頼みますよぉ」
「降伏」の言葉を吐いた聖ドグラーナは悪びれる様子もなく、立ち上がった聖アンドレとともに弾き飛ばされたネームレスとヴァルキューレの間合いを避けるように大きく円を描きつつ、聖テレジアの胴体へと向かった。
悪魔との契約は守る必要はなく、ドラゴン族との約束するなど以ての外だ。
そもそも戦場での一瞬の判断の正しさとは戦況に応じて変わる。
聖ドグラーナはそのことをよく理解していた。
彼は、レイ・カリーニンと行動を共にしたこともあるのだ。

ヴァルキューレのメテオチャージで半ば吹き飛ばされたネームレスは機体を半回転させて、転倒を免れるとそのままさらに機体を回転させる。
きらり、きらりと輝くものが、ネームレスとヴァルキューレの間をつなごうとして、遮られる。
黄金に輝く光によって――。
それを風魔さんは知っていた。
時には盾となり、時には投擲武器となる恐るべき戦乙女の翼から放たれるビーム。
そして光の翼の羽根を分離コントロールし、そこからビームを放つことができるのはロボテクバトラーの中で唯一、ヴァルキューレの名を許されたトップランカーの使う機体のみ、
「ダブルワン」
風魔さんは珍しく頬を高揚させ、目を輝かせた。
RBワールドカップの初の連覇を果たしたヴァルキューレは、そうも呼ばれている。
RBワールドカップ連覇つまりは二度のナンバーワンを獲得した者はその栄誉と実績により、W1|《ダブルワン》と呼称される。
それは前人未到の快挙であり、伝説なのだ。
ニンジャフーマが参戦していれば、ヴァルキューレのW1はなかったとも囁かれているが、風魔さんは気にしない。
仮定の話に興味がないわけではないが、参加もせず口出しするのは卑怯というものだからだ。
もちろんボイスチャット機能をオフにしているニンジャマスター・シャドウの姿に他のプレイヤーたちが話しかけることを遠慮していることもあるし、風魔さん自身がゲームを心から楽しんでいるためでもある。
風魔さんはロボテクバトラープレイ中に感じる楽しさに真剣なのだ。
それを邪魔するノイズを排除する域にまで達しているともいえる。
だからこそ、「もし」とか「かもしれない」に頼ることはしない。
中学生である風魔さんには億が動くビックマネートーナメントであるRBワールドカップへの参加資格がない。
風魔さんには学校があり、ゲームにログインしていられる時間も限られている。
だからこそ「かもしれない」にかまっている暇はない。
そしてだからこそW1を果たしたヴァルキューレは憧れであった。
いつか会って戦いたい。
そう思っていた。
別に大会なんかでなくていい。
誰も見ていなくてもいい。
ただ死力を尽くして、楽しみたい。
その機会が今、やってきたのだ。

ネームレスとヴァルキューレ。
漆黒頸布と純白有翼の二体のドラゴンスレイヤーはしばし見つめ合う。
互いに求めた戦いだった。
もちろん現実の世界で、実際の巨大ロボであるドラゴンスレイヤーを駆って、戦うことになるとは思ってもいなかった。
だがそれは不満にはならない。
むしろ望んでいた以上の状況だ。
今、たった一度だけ許された最高の舞台に、最高の状況で、最高のロボットを与えられたのだ。
これを逃すのは――
「ゲーマーじゃない!!」
「プレイヤーとして失格だわ!」
漆黒と純白が交わり、激しく火花を散らす。
ニンジャマスター・シャドウを駆るニンジャフーマとヴァルキューレを駆るヴァルキリーが今、初めて交わったのだ。

「すごい。ニンジャフーマとヴァルキリーが」
丘の上のえむえむは興奮に両手を振り回していた。
MMOプレイヤーとして複数のゲームで上位ランカーに入っているえむえむにとって、それは夢にまで見た対決だった。
えむえむはロボテクバトラーでヴァルキリーといっしょにプレイしたこともあるし、風魔さんといっしょにプレイしたこともある。
まあ、そのときは風魔さんはニンジャフーマだったわけだが・・・
超困難度ミッションを二人とともにしたことのあるえむえむは二人の力量をそれなりに把握していると思っている。
協力プレイをするには相手の実力の把握が最重要になる。
もちろん完璧にではない。
相手が対応できる範囲を考え、その幅で動けるように準備すると言うことでしかない。
超高難易度ミッションは複数のプレイヤーチームが参加する。
ヴァルキリーも、風魔さんも、仲間のチームプレイヤーを引き連れての参戦だ。
ヴァルキリーと風魔さんは形は違えどもチームプレイヤーを守り導く点では同じだった。
ヴァルキリーとニンジャフーマの超高難易度ミッションでの生存率の高さは群を抜いている。
超高難度ミッションでの生存トッププレイヤーはヴァルキリーとニンジャフーマが所属したチームの誰かだとまで言われているし、実際にそうだ。
ちなみにチーム生存率ランキングではヴァルキリーの所属したチームに比べて、ニンジャフーマの所属したチームはかなり劣る。
しかしそれには理由がある。
ヴァルキリーが長時間ログインしているためであり、ニンジャフーマが22時にはログアウトするからだ。
超高難度ミッションへの接続時間が短く、離脱ペナルティがあるのでそうなっている。
成果としてはヴァルキリーに劣るのは当たり前だ。
ちなみにそれはレイドボス討伐報酬を放棄しての生存ログアウトなので、プレイヤー内での評価は低くはならない。
いや一時は我儘プレイヤーとして名を馳せたのだが、今では「超高難度レイドボスの報酬を顧みないクールなニンジャ」となり、ニンジャフーマの評価を押し上げてさえいる。
えむえむが見るところ二人の力は――
「ぼ、僕の色指定が・・・」
「うおーっ、トリコロール・ブルーが真っ黒に!?」
「ねえねえ、あれどうなってるの?」
メガネくんこと重藤くんと滝、井沢が頭を抱え、ラブやんがえむえむの袖を引く。
「パワーアップイベント。きっとドラゴンスレイヤーと搭乗者のシンクロ率が100%を突破すると――」
「ハイパー・パイロットリンク、メフィストレベル到達で魔術と科学がフュージョンして真の進化形態を構成した?」
KJが腕を組んで天を見上げ、ラノベマスター田中がこぶしを握る。
黒鵜くんを見ると
「魔術的な力は働いているようだけど、魔法というわけでもないかな」
と自信があるんだか無いんだか首をひねり、顎に手をやっている。
「ただ機械兵器として、あの変形としてはあり得ない。あれが可変ロボだとしたらああいう変形ができる理屈が通らない。どんなに柔軟な形状記憶合金を使ったとしても、あんなことにはならないはずだ」
「うーん、つまりはわかんないってことかぁ。それなら考えても仕方ないね」
「そうですね。わたくしたちは見守るだけです。風魔さんの勝利を信じて」
いろいろと言い募っていた二年四組のメンバーは淀殿の言葉に深くうなずいた。
それをみて、解説のために戦力分析と戦闘技能比較をしようとしていたえむえむはにこりと笑う。
そうだ。
いろいろと考えるのは後で良い。
今はこの世紀の一戦をただただ楽しめばいい!!






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