手元に現金がない不安

父の葬儀の後、母が心配なので何度か面会に行っている。
特に落ち込んでいる様子はない。
連れ合いが亡くなった事は一応、理解していて、遺影と遺骨が欲しいという。
「長生きしたし、旅行も沢山行って、いい人生だったと思うよ」
「なんで亡くなったんだったかな?」
「腎臓が悪かったからね」
「うちの旦那と一緒だね」
「そうだね。おんなじ人だからね」

お金が一銭も無いので困ると言う。
「ここはお金は、いらないんだよ」
というと
「そんでもね、バス券は買わないといかんでしょ」
「バス券もね、ここの人が用意してくれるからね」バス券?

会うたびに、お金が手元になくて困ると言う。施設では現金はトラブルになることが多いので持ち込み禁止だ。事情は分かる。

施設に入居中の親が、現金がない不安を訴える話は何度か聞いた。もう少し自由度の高い施設にいる親に1万円渡してあるけど、1万円じゃ服も買えない、10万はないと困ると言うリッチなお母様もいた。

私たちは毎日、お金を稼いだり、支払ったり、残りのお金を数えたり、お金と無縁の日はない。
自由に使えるお金があると気持ちにゆとりができるし、お金が沢山あると嬉しい。お金は社会に参加して生きるためのツールだ。お金を稼げる事が誇りにもなり得る。

だから自分のお金を取り上げられ、娘とはいえ他人に管理されている状態は居心地が良くないのかな。

心配しなくていいよ、お金がいる時はいつでも持ってくるからね。と言いおいて母の部屋を出ると廊下で男性の入居者と行き合った。

「ここの支払いをしなくちゃいけないんだが、財布が見当たらなくてね」
この人もか!
「そうですか、それはお困りですね」

すぐにスタッフの方が気づいて
「お支払いは済んでますよ。すぐに夕飯ご用意しますね」
と、個室に連れ戻した。

みんな、お金が心配なんだ。

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