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縄文旋風 第6話 鹿肉のうたげ

本文


「バタバタ走るんじゃないよ!ホコリが立つだろう。肉が砂まみれになるよ!」
子供達は元気一杯、裸足だ。タマが言ったくらいでは効き目が無い。これから始まる鹿肉の宴がうれしくてしょうがない様子だ。飛び石の河原で、ムマヂカリが大鹿を解体する様子を見ていたのだ。それから数日間のお預けをくらい、これからやっと食べられるのだから無理もない。しかしタマにしてみれば、いろり屋のそばで走り回られては、邪魔でしょうがない。
「言う事聞けん子は、オオヤマネコが樹の上のジョリ場まで咥えて行くぞい。」
クマジイのこれは効いた。走るのをやめて、子供係りの女のそばに戻って行く。子供同士で集まって食事をするのだ。

いろり屋のかがり火と、広場の焚き火。満月の光も斜めに差して、手火は無くても辺りは明るかった。
そこに臨時の調理台が組まれている。4回し(280cm)ほどの長さの丸太を半割りにして、割り面を上にして脚台に載せた長テーブルだ。
調理台の脇には焼き石が置かれていた。丸座布団ほどの大きさの安山岩で、焚き火の炎で熱せられていて相当に熱いはずだ。安山岩とは火成岩の一種なのだが、元がマグマであるから熱しても割れにくいのだ。焼き石は他に三つあり、それが3ヶ所に分散して置かれていた。
村人達は、ゴザに座るのではなく立っている。鹿肉の宴は立食形式だった。

タマが調理台に立つと、子供達はさっそく台の真ん前に陣取った。台には鹿肉の大きな塊りが載っている。タマは両手に持った2本の棒で肉を挟むと、軽く持ち上げ、焼き石にドンと落とした。ジューと音がし、煙が立つ。タマは素早く肉を持ち上げ、今度は違う面を下にして、ふたたびドンと落とす。またジューと音がして煙が立つ。
香ばしい匂いがあたりにただよい、やがて肉の全面に焼き色がついた。タマがその肉を板に載せて高々と掲げて見せると、子供達は大はしゃぎだ。

次は一口大に切り分ける作業だが、ここは黒切りサバキの腕前が問われる場面だ。黒切りとは黒曜石のことである。タマは小刻みに手首を動かし、塊りの端からどんどん肉を切り分けていく。黒曜石の小さな破片を指でつまみ、人差し指を添えているのだが、まるで人差し指で肉を切っているかのように見えた。
すると思った通り、中はナマだ。テカテカ光っている。
肉はナマのままやってもいいし、焼き石にジュッと付けてもいい。香草で包んでもいいし、各自の好みのやり方で食べるのだ。タレの入った半ビョウタンの小鉢も用意された。
「今夜のは大鹿だ。肉はまだ他にもあるからね。これから次々に切っていくよ。よし、まずはチビ達からだ。」
タマの号令に、待ち構えていた子供達が肉に飛び付いた。


一旦、登場人物紹介 
シロクンヌ(28)タビンド タマ(35)料理長 クマジイ(63)長老 ハニサ(17)シロクンヌの宿 ハギ(24)ハニサの兄 クズハ(39)ハギとハニサの母親 ムマヂカリ(26)大男 アコ(20)男勝り ササヒコ(43)ウルシ村のリーダー コノカミとも呼ばれる ヤッホ(22)ササヒコの息子 お調子者 ヌリホツマ(55)巫女 ホムラ(犬)ムマヂカリの相棒


「うまい!旨いなあ!」
一切れ食べて、シロクンヌがうなった。
「美味しいね!」
ハニサはシロクンヌに寄り添っている。と言うより、くっついている。シロクンヌの横に、体を密着させている感じなのだ。それはどこか不自然にも見えるのだが、村の連中からすれば、今、変に何かを言って、ハニサが元の男嫌いに戻ってしまっては大変だという思いがあり、いままでの反動なのだろうと見守っている感じだった。
「このナマは最高だな。熟しだろう?」
「ああ、磐座(いわくら)の室(むろ)で吊るしておいたんだ。肉をコナレさせるには、あそこは特別な場所だな。よそではこうはならんよ。」
「ムマヂカリは鹿肉にはうるさいんだ。食べ頃になるまでは人に触らせない。これだって、今日までずっとお預けだったんだよ。」
そう言ったハギの横で、アコは、
「ホムラは毎日食べてたぞ。」
二人が並んで食べる姿は、一見すると恋人同士のようにも見える。
「それならおれは本当にいい時に来たわけだ。だが肉も旨いが、このタレだ。これは絶品だな。こんなタレ、よそには無いぞ。」
「旨いだろう。そこのアコが作っておるんだ。どんぐり小屋で甕(かめ)を二つ、半分土に埋めて作っておる。作り方を聞いても、決して教えてはくれんな。」
ムマヂカリは地面にあぐらをかいて、ホムラに鹿の筋を与えている。
「死んだ母さんから教わったやり方だからね、あたしも自分の子にしか教えないんだ。」
「アマゴやイワナを突いて来いとうるさく言う時があるから、魚の何かが入っているのは間違い無いな。」
うお突き自慢のハギは、グリッコに肉をのせて食べるやり方だ。グリッコとは、ドングリ製の乾パンと思ってもらっていい。
「シロクンヌ、この味はここでしか味わえんのだぞ。アコのタレはウルシ村を出たら死んでしまう。シカ村の連中がそう言っておるのだ。」
ヒョウタンを傾け、ササヒコがクズハに酌をしている。山ブドウのおんな酒だ。ヒョウタン仕込みだから、ヒョウタンごとに味も強さも違うという。
「村を出ると味が落ちるという訳か。やはり不思議な村だな。ハニサ、悪いがもう少し離れてくれんかな。肉が取りにくいんだ。」
「あたしが取ってあげる。ねえ兄さん、黒切りのいいの持ってたら、1個ちょうだい。」
「ああ、何かに使うのか?」
「シロクンヌのヒゲのお手入れ。」
「ハニサ、おれはヒゲには貝を使うんだ。ハマグリという海の貝だ。」
「ハマグリなら持ってる。粘土磨きに使うの。でもハマグリでどうやるの?」
「貝殻を半分に割って、そこを研いで刃にする。丸みを帯びていて具合がいいようだな。研ぎ方にコツがあるんだが、おれは貝殻も砥石も持っているよ。」
「そうなんだ。じゃあそれを使うね。」
「ヤッホはうらやましかろう。」
クマジイはクサミの葉(行者ニンニク)で肉をくるむやり方だ。
「そりゃあうらやましいさ。だってハニサだぞ。あーあ、ハニサが男にくっついてるなんてな。おれは見たくなかったよ。」
「ばかもの!目出度い席に水を差すことを言いおって。おまえには、もう子がおるんだぞ。おまえはジョリ場で吊られておれ。」
父親に一喝され、ヤッホはますますしょげ返ってしまった。
「コノカミ、さっきから気になっていたんだが、ジョリ場って何だ?」
「ジョリ場と言わんか?オオヤマネコは樹の上の方の枝を噛んで尖らせるだろう。獲物をその枝に突き刺しておいて、ゆっくりと引き裂いて喰らう。そこがジョリ場だ。」
「オオヤマネコは、そんな事はせんがなあ。まあここらのオオヤマネコはするのかもしれんが。」
「私達、子供の頃からそう教えられていたわよ。言う事を聞かないと、オオヤマネコがジョリ場に咥えて行くって。あー、なんだかいい気持ち。このヒョウタン、けっこう強いわね。」
「そりゃ5年物じゃぞ。わしの特製じゃ。飲みやすかろう。」
「婆さん、また怪しげな草の実を入れたんじゃろう。クズハ、わしにも一杯くれい。」
「入れたのは草の実ではないわ。根じゃ。」
「何の根じゃ?」
「それは言えん。」
「クズハ、早う一杯くれい!」
「ごめんなさい。もう無いの。全部飲んじゃった。」
「くっ、婆さん、まだ仕込んであるじゃろ。一本くれい!」
「仕込んでは、ある。が、ぬしにはやらぬ。」
「何じゃと!くれてもよかろうが。」
「ぬしにやらねばならん謂われなど無かろうが。」
「この偏屈婆さんが、一本くらい寄こしても・・・」
くれ、やらん、このやり取りが延々と続くことになるのだが、周りは知らん顔だ。
「クマジイとヌリホツマはね、時々ああなるの。」
ハニサがささやいた。「昔、付き合ってたって噂があるんだよ。」
「そうなんだな。ヤッホには子がいるのか?」
シロクンヌとハニサのひそひそ話が始まる。
「うん。トツギではないから別のムロヤで暮らしてる。ヤッホは男ムロヤだよ。」
「ムマヂカリは?」
「あそこに子供係りの女の人がいるでしょう。あの人とトツギなの。」
「優しそうな女だな。ハギはアコと付き合っているのか?」
「違うよ。兄さんはよその村に好きな人がいるの。アコもそうじゃないかな。」
「そうなのか。アコだが、いつもあんなに短いのか?」
「なにが?」
「下巻き(スカート)だよ。」
「いつもだよ。あたしも短くした方がいい?」
ハニサからは、時々ふっといい匂いがただよって来る。シロクンヌは不思議だった。まったく身を飾っていないハニサが、匂いにだけは何か気を遣っているのだろうか。
こうして見るハニサは、確かに美しい。しかしシロクンヌにとって、美少女だと言う事よりも、あの器の作り手だと言う事の方が、遥かに関心深かった。あれは、どう見ても神の手が生み出した器だ。
「そのままでいいさ。だけどハニサはいつもそういう格好なのか。飾りを付けないのかって意味だが。」
「大体そうだったよ。あまり服とか、気にして無かったの。でもこれからはオシャレするね。」
「いやそのままの方がいい。だが体が冷えるといけない。これをやるよ。」
シロクンヌは首に巻いていた布をハニサの肩に掛けてやった。貝染めの糸で編んだ、紫の布だ。
「ありがとう!いいの?」
「ああいいさ。」
「これ、きれいな色だね。素敵だなって思ってたの。わー嬉しい!シロクンヌからもらった、あたしの宝物。」
無邪気に喜ぶハニサの姿は、どう見ても普通の娘だ。とてもあの器の作り手には思えない。が、さっき見た自信に満ちた眼は、まさに作り手の眼であった。
それに今までに立ち寄った村々で、それなりに女達から慕われては来た。だが出会ったばかりの娘から、好きだと言われ露骨にくっつかれたりしたことはない。こんな娘はハニサが初めてだ。あの器の作り手から慕われている。シロクンヌは不思議な感覚の中にいた。

「お、ハニサ、良い物もらったな。」
「うん!あたしの宝物。」
ムマヂカリの笑顔は人懐っこい。
「おれは陽の光で見たが、昼に見ると一段と綺麗だぞ。」
「きっとそうだよね!」
「素敵ねー!ハニサ、良かったわね。」
「母さん、顔が真っ赤だよ。」
「今日はいいのよ。シロクンヌが村に来てくれたんだもの。」
「ああそうだ、大事な事を聞いておくか。クズハ、塩渡りはどうなっているんだ。」
「この村が終わりなのよ。シロクンヌと出会った飛び石あるでしょう。あの川は、御山から流れて来ているの。」
「上流には、もう村が無いんだな。」
「そうなの。北から流れて来て、この村のところで曲がって東に向きが変わるの。そしてその先で、また南に向かって流れて行くのよ。」
「その川沿いの村々が、塩の道なのか?」
「そう。ここがウルシ村でしょう。塩渡りの終点ね。そして一つ下流の村がシカ村。」
「ムマヂカリが育った村だな。」
「おおそうだ。その下流にアマゴ村。その向こうがツルマメ村。そうやって、ここから見て七つ目がシオ村だ。塩作りの村だな。」
「塩街道で七つ目か。やはりここは海から遠い丘なのだな。」
「西に行けば村があるのだけど、こことは違う塩渡りなの。」
「という事は、南の海の物が渡って来る訳か。塩以外に、どんな物が来る?」
「まず貝殻。あとは、乾かした海藻か。ああ、あとたまにだが干しエビが来るな。あとはなんだ?」
「スルメもたまに来るわね。あとは途中の村からの物かしら。でもそれは少ないわね。どこも塩の礼に、シオ村に向かって出すから。」
「この村は、塩の礼に何を出すんだ。」
「まず黒切り。だが話では、シオ村は他からも黒切りが入るようだな。海に黒切りの島があるそうだ。」
「ああ、ある。なるほど、シオ村はフジが綺麗に見える海の辺りなのだな。ここから見れば、フジの右向こうだ。」
「ああそうなるな。他には鹿の角、猪の脂、熊の肝(くまのい)、毛皮は白毛が喜ばれるらしい。向こうは雪が降らんのだな。オコジョや狐、ウサギなんかの雪毛。それから、カモシカの真冬毛の毛皮。がだこれは、どうもシオ村まで届いておらんようだ。ウチでも使うから、出す数は少ないんだが、途中の村が欲しがってな。あとはダケカンバの皮や蚊遣りキノコなんかだ。」
「なるほど、だいたい分かった。すっかりご馳走になったな。本当に美味しかったよ。コノカミ、そろそろ荷を解こうと思うがどうかな。」
「待ってました!随分大きな袋だもんな。」
「なんじゃいヤッホ、しょんぼりしておったくせに。」
「そんなこと言って、クマジイだって早く中身を知りたいだろう。」
「もちろんじゃ。」
「ではお披露目と行くか。気に入ってもらえればいいが。いいだろう、コノカミ。」
「皆の衆、タビンドのシロクンヌが、荷を解いてくれるそうだ。」

子供達が駆け寄って来る。女衆も集まって来た。男衆は、その外側だ。
誰もがシロクンヌの袋の中身に興味津々だ。
苦労して特産品を運び、行った先でそれを無償でプレゼントしてしまう。それがタビンドなのだ。
「ハニサ、悪いがチョットの間、離れてあの女衆の所で見ていてくれないか。」
「うん、邪魔してごめんなさい。」
ハニサが離れた一瞬、ふと心に響くものがあった。それは、なにがしかの寂しさであった。シロクンヌは、戸惑いを感じずにはいられなかった。

第6話 了。


用語説明 オオヤマネコ 一回し グリッコ 貝刃 蚊遣りキノコ 塩渡り


オオヤマネコ  
5千年前(縄文中期)には生息していたようです。縄文後期に絶滅したのではないかと言われています。
縄文時代には小猫も家猫もいなかったのだから、オオヤマネコと言わずにネコと言えば済むところですが、この物語りの基本的な考え方として、当時の縄文語で行われた会話を現代語に意訳していると思ってください。

山梨県御坂町 縄文中期 東京国立博物館

あと、縄文時代に生息していなかった動物はと言いますと・・・
牛や馬はいませんでした。犬は狩りの友ではあったでしょうが、荷物を曳かせたりはしていなかったと思われます。つまり、使役させる動物は存在せず、すべての労働は人力で行われていたと思われます。
それから豚に関してですが、おそらく本土にはいません。ですが沖縄には7千年前にいたかもしれないという説があります。猪を家畜化していたかもしれないと言うのです。それは、そう思われる骨が出土したからですが、ただし点数が少ないようですし、豚として定着したのかどうかは疑問視されています。 

一回し
手の親指で挟んだ縄を、ヒジに引っかけてぐるりと1周させる・・・ それが一回しです。5周させれば5回しとなります。樹と樹の間に縄を張り、その縄が、今のやり方で5周したのであれば、2本の樹の間は、「5回しの距離」となります。
一回しとは長さの単位で約70cm。半回しの35cmは、縄文尺と呼ばれる長さです。
(35cmが縄文尺と呼ばれるのはその通りですが、あとの部分は物語り内の設定だと思って下さい。)

グリッコ  
どんぐりクッキー。
作り方は、アク抜きしたドングリ粉に、水と山イモなどの繋ぎを加え、練ってビスケット風に成形したら乾かします。それをいろり屋の灰だまりの熱い灰にうずめて焼きます。焼き上がれば、灰は簡単に吹き飛ばせます。サクサクした歯ごたえです。基本的に味付けはしませんが、何かを練り込む変化グリッコの種類は多いです。
(これも、物語内の空想上の食べ物です。でも、似た感じのものが、わずかですが出土しています。縄文クッキーと呼ばれています。)

貝刃(かいじん)

横須賀市 自然・人文博物館

普通、貝刃と言えば、こんな感じの物を指します。魚のウロコ落としや解体に使われたのではないかとされています。
こうして見ると、シロクンヌのやり方は特殊だと言っていいかもしれませんね。
余談ですが、貝印カミソリは、どんな貝刃を想定して社名にしたのか、気になるところではあります。

蚊遣りキノコ
山岳地方に生息するサルノコシカケの仲間のキノコ。乾燥させて使います。火持ちがよく煙りも出るため、虫除けに使います。火口(ほくち)に加工するケースもあります。
以上、物語内設定です。ですが実際に縄文遺跡から、サルノコシカケの仲間だと見られるキノコが出ています。このキノコはたべられませんから、似たような使い方をしていたのかもしれません。

塩渡り
中国で海水から塩を取ったのは、日本の平安時代からです。それまでは、塩湖で塩の結晶を手に入れたり、多いのは岩塩。かの地では、塩は掘ったり削ったりして得ていました。
対して日本では、縄文時代からすでに海水から塩を取っています。製塩土器(塩がこびり付いている薄手の土器)は、縄文後期の遺跡から出土しているので、5千年前(縄文中期)は、まだ製塩法が考案されていないかも知れません。
しかしこの物語では、海辺の村人は、製塩を行っているという設定にしてあります。製塩法については、物語のもっと先で、登場人物に語らせようかと思っています。
さらに塩渡りという設定もあり、海辺で余力のある村は、山の村の為に製塩をしてあげていることになっています。
海から山に向かっての塩街道に点在する村同士が、助け合っているという設定です。山の村の特産品が、海の村に向かう訳ですね。塩渡りの村の間では、人や物の行き来が頻繁に行われていることになっています。そこではタビンドの手を介さずに、定期的に物流が行われている訳です。
物語りの中では製塩された塩が登場しますが、実際の縄文社会では「塩気の物」の流通があったかもしれないですね。塩分を多く含む加工食品の流通です。貝塚の中には、貝を煮て加工した痕跡があるものもあり、日持ちのする状態にして運んだのではないかと言われています。



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