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縄文旋風 第15話 縄文海進

本文


     夕食の広場

シロクンヌがウルシ村に来てから二度目の夕食である。今回もササヒコの計らいで大ゴザが敷かれた。ただし場所は村の出口付近ではなく、いろり屋と広場中央の焚き火の中間だ。
シロクンヌの周りには、昨夜と同じような面々が座っている。子供達と同じように、大人だってシロクンヌの話を聞きたいのだ。

一旦、登場人物紹介

シロクンヌ(28)タビンド シロのイエのクンヌ ムマヂカリ(26)大男 タマ(35)料理長 ササヒコ(43)ウルシ村のリーダー コノカミとも呼ばれる ヤッホ(22)ササヒコの息子 お調子者 アコ(20)男勝り クマジイ(63)長老 ハニサ(17)土器作りの名人 シロクンヌの宿 ハギ(24)ハニサの兄 クズハ(39)ハギとハニサの母親 ヌリホツマ(55)巫女 タヂカリ(6)ムマヂカリの息子 タホ(4)ヤッホの息子 ホムラ(犬)ムマヂカリの相棒


「このグリッコ、美味しい!」
ハニサが感激の声を上げた。ハニサは当然、シロクンヌの隣に座っている。
「本当だ。匂いもよい。初めて食べるが、これは?」
ササヒコがタマに向かって問いかけると、代わりにシロクンヌが答えた。
「キッコだ。早速使ったのだな。」
キッコとは、昨夜シロクンヌがプレゼントした、南の島の木の実の皮を干した物だ。
「試しに作ってみたのさね。試作だから数は少ないけどね。どうだいシロクンヌ、美味しいだろう?」
「ああ旨い。上手に作ったな。どうかすると、えぐ味ばがりの出来になってしまうんだ。タマは腕がいいな。これは旨いよ。」
「キッコはまだ沢山あるから、当分楽しめるよ。」
アコは相変わらず狐の毛皮の超ミニだ。先ほども注目を集めて、ストンと座った。
「キッコグリッコも旨いが、この友蒸しは最高に旨いな。栗がホクホクだ。」
「やったー!  それ、さっきあたしが作ったんだよ。栗実酒は、寝かしの効いた良いのを使ったんだけど。」
「ハニサが作ったのか。おれは栗の友蒸しが好きなんだ。疲れが取れるだろう。これは美味しいよ。」
「うれしい!」
ハニサがシロクンヌの腕を取り、しな垂れかかる。
「ちぇ!  イチャイチャするのはムロヤでやってくれよな。」
ヤッホが、ササヒコの耳に届かぬ程度の小声で言った文句を、ハニサは聞き逃さなかった。
「いーでしょ!  あたしはシロクンヌに100グリッコなの!」
ハニサはシロクンヌの腕にしがみついている。男嫌いだったハニサの変わりっぷりに、一同は改めて驚きの目を向けた。
「変われば変わるもんだなあ。」
一同を代表して兄のハギが感嘆の声を上げ、さらに続ける。
「そうだシロクンヌ、さっき子供達相手に海の話をしていただろう。シロクンヌは東の海にも行ったことがあるのか?」
「ここから東の方角にある海ってことなら行ったことはある。おれが行っていないのは東北の海と遠い島だな。あとは大抵行っている。」
「東では、海が離れて行くって噂を聞いたぞ。本当なのか?」
「ああ本当だ。村も幾つか打ち捨てられているよ。」
「なんで村が捨てられるんじゃ?」
クマジイは相変わらずグイっとやっていた。
「海まで出にくくなったからだろうな。海だった場所はぬかるんでいるし沼になっている所も多い。そこら中で貝が割れていて、ぬかるみの中で足を切る。すると悪い物が体に入るだろう。それに風向きによっては臭いんだよ。塩が残っていれば草木の育ちも悪いし、海の底だったのだから、陸になったところで、すぐには使い物にならないんだ。海に出るのにそこを通るのは敵わんのだろう。それでどこかに引っ越したのだと思うぞ。」
「見る見る遠ざかって行くのか?」
ササヒコが心配そうに訊ねる。
「いや、見ている限りでは分からない。それで何人かに話を聞いたんだ。一年であのいろり屋くらいまでと言う者もいれば、その半分だと言う者もいる。そして、もっと向こうだと言う者もいた。だからおれは言ってやった。次の満月に、満ち潮から10歩の所に杭を打てと。」
「満ち潮ってなに?」
ハニサの問いかけに、
「海の水は、満ちたり引いたりする。東の海は遠浅で、潮が引いた時は海が遠くになる。満ちたら近くになる。満ち引きは毎日起きるのだけど、それを繰り返しながら、全体的に段々と離れて行っているんだ。」
「でも何でそんな事になってるの?  あたしらの聞いた昔ばなしでは、海が寄せて来て、沈んだ村の話が多いよ。」
「アコの言う通りで、連中も昔ばなしでは、沈んだ村の話ばかりだと言っていた。もしかすると、毎日の満ち引きと同じように、もっと永い間に起きる大きな満ち引きがあるのかもしれんな。」
「父さん、シオ村は大丈夫なのかい?」
ヤッホも心配そうだ。
「そこだ。今度の祭りには、弟も帰って来るはずだ。詳しく様子を聞かねばならんな。」
「コノカミの弟は二人いて、一人が塩作りの加勢にシオ村に出向いているの。」
クズハの説明を受けササヒコが続ける。
「シオ村の弟は、向こうで所帯を持ち、息子もおるのだが、5年に一度、明り壺の祭りに合わせて帰って来る。今年がその年なのだ。しばらく滞在するだろうから、シロクンヌとは話が合うかもしれんな。」

第15話 了

用語説明

グリッコ=どんぐりクッキー。
ウルシ村=5千年前の中部高地、物語りの舞台の村。人口50人。巨大な磐座(いわくら)の上に村の目印の旗塔が建っている。 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物。集会所。 神坐=男神と女神を模したオブジェ。大ムロヤの奥にある。子宝と安産祈願にお参りする。石製の男神は石棒と呼ばれる。
月透かし=シロクンヌがウルシ村にプレゼントした翡翠の大珠。 黒切り=黒曜石。 ネフ石=ネフライト。斧の石に最適。割れにくい。
手火(たひ・てび)=小さなたいまつ。手で持つか、手火立てに挟んで固定する。 
村のカミ=村のリーダー。 コノカミ=この村のリーダー。 ヨラヌ=村に所属せずに一人(一家族)で暮らす人。 ハグレ=村から追い出された者。
トコヨクニ=日本。 クニトコタチ=初代アマカミ。ムロヤや栗の栽培の考案者。 イエ=クニトコタチの血を引く集団。八つある。 クンヌ=イエの頭領。 ナカイマ=中今。一部の縄文人が備えていた不思議な力。
御山(おやま)=ウルシ村の広場から見える、神が住むと伝わる連山。 コタチ山=御山連峰の最高峰。
タビンド=特産品の運搬者。 塩渡り=海辺の村から山部の村まで、村々でつなぐ塩街道。
  

幕間 「縄文海進」


http://blog.livedoor.jp/beckykusamakura/archives/53636849.html

私がよく行く図書館は、縄文時代関係の本なら100冊以上、陳列してあります。私が読んだのはその中の一部ですが、未だに縄文海進について腑に落ちる解説には巡り会っていません。納得の行かない説明ばかりでしたから、ネットで調べるしかありませんでした。

「今から9千年前から海面が上昇し、6千5百年前がピークで今よりも5m海面が高かった。これを、縄文海進と言う。」
と、大体この様に図書館の縄文時代の解説書には書かれています。
ひどい物になると、
「最終氷期終了後に地球は急速に温暖化していった。縄文時代初期から温暖化はさらに進み、ピーク時には現在よりも気温が2~3℃高くなった。
その結果、北極と南極の氷が溶け、氷河も溶けて海に流れ込んだ為に海面が上昇した。」
と、この様な事がへっちゃらで書かれています。最近発行された縄文本でも同様でしたので、あきれます。著者も著者ですが、編集者も大概ですよね。
でも大概な本って、縄文関係では結構多いのです。

① [北極の氷は海上に浮いているので、溶けたとしても海面は上昇しない。]
北極圏という意味なら陸地も存在していますから、そこの氷が溶ければ海面は上昇します。でもそれなら「陸上の氷が溶けて上昇した」と言えば済む話です。
ただし細かいお話をすると、洋上の氷は塩分濃度が非常に低いため、それが溶けた水は海水よりも軽い。アルキメデスの原理に従えば、軽いが故にその氷は海上に出ている部分の嵩(かさ)が大きいということになる。したがって北極海のすべての氷が溶ければ、4㎝ほど海面が上昇すると言う説は聞いたことがあります。

② [南極大陸の氷が溶ければ海面は上昇するが、非常に寒いため、それくらいでは溶けない。]
ただ南極では、氷塊の海面への落下はよく起きます。波に浸食されて重みに耐えられなくなったり、押されたりで落ちるのです。海に落下すれば、その分だけ海面は上昇します。溶けなくても上昇します。
でも南極大陸全体で見れば、中央部は地球上で最も乾燥していると言われますが、沿岸部では雪が降って新たな氷も作られているわけで、近年で言えば南極大陸の氷は増えているという説が有力ですね。

そもそも縄文海進は、日本で確認された現象であり、同様の現象が、イギリスや北アメリカの海岸で起こっていた訳ではありません。もちろん地球規模の現象ですが、上昇の仕方については地域差がありました。
でもこの表現も、私から見れば実はおかしいのです。
どこがおかしいかと言えば、「上昇の仕方」の部分です。なぜなら縄文時代に起きた現象は、「海進」ではなく「海退」だからです。
日本では、縄文前期、6千5百年前に海退が始まったのです。海退が進んで、現在に至っています。海進の方は、縄文時代よりもずっと以前から起きていました。
ですから「縄文海進」というネーミングがおかしいのです。
私の考えでは、「縄文海退」と言った方が的を射ていると思います。
海退が落ち着きを見せ終了するのも、縄文時代の終わりとほぼ同時期ですしね。
事象の観察軸の中心を現在に置けば「縄文海進」と見えますが、時間の流れにしたがって事象を見て行けば「縄文海退」であったことが理解して頂けると思います。

ここではその「縄文海退」の発生メカニズムについて、私の理解の範囲で、ごく簡単に説明しておきます。
まず最初に言っておきますと、新たな氷河の形成が要因ではありません。
ですから、「このまま温暖化が進むと、縄文海進のようになって東京は海に沈んでしまう」と言う考古学者がいますが、それはデタラメです。
文系考古学者って、ハッキリ言って大学教授クラスでもア〇ポ〇タンが混ざっています。いちいち実名は挙げませんが、発言を鵜呑みにしない方がいいですよ。
たとえばアイヌ新法が議論されている時に、彼らはいったい何をしていたのでしょうか。
縄文時代に、アイヌは日本列島にいませんよ。オホーツク文化人たるアイヌの一方の祖先が渡来したのは、平安~鎌倉時代です。一説によれば、モンゴルに攻め込まれたために、大勢のオホーツク文化人が難民化して北海道に押し寄せたとも言われています。とにかくその時点で、すでに確固たる独自の言語も文化も、彼らは持っていました。そして北海道の先住民たる擦文文化人と交わって行くのですが、その際に、擦文文化を受け入れるよりも、独自の文化の保持にこだわった可能性も高いのです。にもかかわらず、やたらと縄文とアイヌを結び付けた発言を繰り返すのが一部文系考古学者です。
アイヌ文化は日本が誇る文化の一形態ですが、内地文化と同じように、海外の文化の影響を色濃く受けているのは間違いありません。アイヌの言語や宗教観をそのまま縄文文化に直結するのは、あまりにも乱暴に過ぎると言わざるを得ません。

では説明に入ります。
最終氷期の最寒期は、約1万9千年前だとされています。
その時にヨーロッパ大陸北部、北アメリカ大陸北部、グリーンランドの氷床はピークに達し、厚さは数千メートル、南極大陸の氷床に匹敵するものであったようです。
ですから海面は現在よりも130mほども低かったとされています。
それらの氷が、それから急激に溶け始めるのですから、当然海面は上昇します。
急激に溶け始めたのには理由があり、太陽と地球の位置関係で、北極付近の夏場の日射量が増え始めたからだと考えられています。
ただしそのまま順調に温暖化が進んだのではありません。
約1万3千年前に北半球で急激な寒冷化が起こります。ヤンガードリアス期と呼ばれる亜氷期に突入するのです。
縄文時代の草創期と言われる時代は、非常に寒かったわけです。
そんな寒冷期も1万年前には終了します。そこからが現代と同じ完新世です。その前は更新世。絶滅動物が生息していました。
でも縄文時代には、マンモスもナウマン象も、すでにいませんよ。象狩りの絵を背景に縄文時代を語る動画がやけに多いので、念のために書いておきます。

ですから上記のように「今から9千年前から海面が上昇」した訳ではなく、もっと前から上昇しています。
9千年前が、現在の海岸線と近かったと言いたいのかもしれませんが、その前からの上昇の途中であるのは間違いありません。
その上昇が続くのが6千5百年前までなのです。
そこで逆転現象が起きました。
つまり、陸上の氷が溶ける勢いよりも、海底が沈下する勢いの方がまさったのです。

どういう事かと言うと、氷が溶けて軽くなったので、そこの地面は上昇(隆起)し始めました。
数千メートルの高さの氷が無くなって行くのですから、無理もありません。
この隆起は完了した訳ではなく、一部の地域では現在も続いるようです。
スカンジナビア半島やハドソン湾周辺では、現在でも土地が隆起しているそうです。

そして逆に海は重くなり、海底は押されます。
その結果、非常にゆっくりとなのですが、海底部のマントルが、氷床があった陸地側に移動し始めたのです。
結果、海底の沈下が始まりました。
つまり海退の要因は、海底の沈下にあったのです。
その海退が日本で始まったのが、6千5百年前だと言う事です。
海底沈下の方は、もっと前から起きていたのだろうと思います。

海退の高低差については、氷床から離れた所ほど顕著であったと言われています。
私が読んだ資料では、「氷床から遠く離れた所では、100m以上の上昇があった。」と書かれていましたから、私の言い方では、高低差100m以上の海退が生じたとなります。
そのメカニズムについては、お椀が傾くような状態を想像したりするのですが、よく理解できません。

ただ7~6千年前頃の日本列島が今よりも温暖であったのは間違いないようです。
樹木の生育も速かったようですし、海水温も高かったらしく、遺跡からシロワニの歯が出土しています。シロワニは、熱帯海域に棲む鮫の一種です。
その他にも、温暖であった証拠はいろいろとあるようです。
ですが日本列島が暖かかったからと言って、地球全体がそうだったと考えるのは早計です。
実際、地球全体では、そうでもなかったようなのです。そんな中で日本列島が暖かかったのは、海流に原因があったのかもしれません。
でもそれは別のお話になってしまいますので、ここで終了致します。
だけど近海の海水温が高かったのですから、とんでもない巨大台風が縄文人を襲っていたのかもしれませんね。

次回の幕間では、完新世最大の火山噴火である鬼界カルデラのアカホヤ大噴火に触れてみたいと思います。


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