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縄文旋風 第13話 ハニサのムロヤ

本文


「あれがあたしのムロヤだよ。ちゃんと宿せたら、あそこがそのまま産屋(ウガヤ)になるの。」
ハニサは嬉しそうだ。
すでに二人は、ヌリホツマの言いつけに従い大ムロヤの神坐の前で絡み縄を綯(な)い、お参りを済ませていた。それからハニサにせかされるようにして、シロクンヌは荷物を持って大ムロヤを出たのだ。ハニサは、とにかく早くシロクンヌに新居を見せたいらしい。これから始まる二人の暮らしが楽しみでしょうがない、そんな風に見える。
「軒下の梁(はり)が二重になってるでしょう。ああなってるのはあたしのムロヤだけだよ。」
「ホントだ。他は一本だけか。見分けやすくていいな。」
どのムロヤも入口にはヒサシが張り出している。それを二本の柱と梁(はり)が支えていた。他のムロヤは梁が一本だけなのだが、ハニサのムロヤのヒサシだけ、上の梁から少し下にもう一本横棒が渡してあった。その骨組みだけを現代人が見れば、のようだと思うだろう。の形に見える梁のムロヤは、村ではここだけだった。
二人はその梁をくぐり、入口の前に立った。そして絡み縄を入口上部の軒下に渡し掛けた。絡み縄は決して外すな、ヌリホツマはそう言っていた。絡み縄の見た目は注連縄(しめなわ)に似ている。

「靴はここで脱いでね。」
ムロヤの中は土禁であった。
入口から三段の木のステップを下りると床になる。床とはつまり竪穴の底の地面なのだが、土は一切見えない。中央に石囲いの炉が設置されていて、その他の部分には念入りにムシロが敷き詰められ、さらにその上にゴザや毛皮が敷かれていた。そして斜めになった屋根裏部には、精麻を編んだ簾(すだれ)が天蓋のように張り巡らされていた。それが光を反射する構造になっている。だからわずかな灯りでも、室内は意外に明るいのだ。シロクンヌは靴を脱いで中に入った。三月の間、ここで寝起きするのである。
「小ざっぱりしていて綺麗なムロヤだな。それにいい匂いがする。」
昨夜のハニサから漂って来たのと同じ匂いだ。
「気に入ってくれた?」
「ああ気に入ったよ。なんだかすがすがしい気分だ。」
シロクンヌに褒められて、ハニサはさらに嬉しそうな顔になった。
「良かった! 荷物は好きな所に置いてね。シロクンヌの好きに使ってくれていいから。」
室内には物が少なかった。着替えの入ったカゴ。畳まれた毛皮。おそらくそれが寝具なのだろう。そしてハニサが作った土器が三つ。昨夜、その土器を見た時の驚きを、シロクンヌは忘れられずにいる。あとは広場用のゴザと小物類を入れたカゴ。それから謎の木切れの束が隅に置かれていた。
シロクンヌは真っ白な狐の毛皮の上に、足を投げ出して腰を下ろした。
「ハニサ、火が熾(お)きてるなら、その器で湯を沸かしてくれんか。三月の間、その器で沸かした湯を毎日飲めるんだな。」

水煙渦巻紋深鉢

ハニサが炉に苧殻(おがら)を投げ入れた。
「この器、気に入ってくれたみたいだね。ちょうど昨日焼いたばかりなんだよ。これで調理した最初の一杯をシロクンヌが飲んだの。」
「そうだったのか。おれは、これは神が作った器だと思ったよ。」
「あたしもこれ、いい出来かなって思ってる。」
苧殻から炎があがった。ここで言う苧殻とは、おびき(皮剥ぎ)した後に残る大麻の茎の芯を、カラカラに乾燥させた物だ。短く折って焚き付けにしていた。
「種火が生きていたからお湯を沸かすね。飲んだら広場に行こう。」
夕刻が近づいていた。

器の話をする時のハニサは、どこか普段とは違っていることにシロクンヌは気付いた。何と言うか、神々しいのだ。やはりハニサは特別な娘なのだと改めて思うのだった。
「なあハニサ、あそこの木の束だが、あれはいったい何に使うんだ?」
「夜まで取っておこうと思ったんだけど、見てみる?」
「あれで何かをやるのか?  見てみたい。」
「じゃあ、シロクンヌ、入口に戸板を立てて塞いでくれる。暗くなきゃ駄目なの。だから苧殻が消えるまで待ってね。」
そう言うと、ハニサは部屋の奥で木を組み始めたのだった。
少し経つと苧殻も燃え尽きた。炉では炭がにぶく赤い光をわずかに放っているだけだ。
「いい?じゃあ火を点けるよ。」

シロクンヌは息を呑んだ。
「影の模様が面白いでしょう。あたしが川原で拾った流木をクマジイに頼んで磨いてもらったの。流木は他にもあるし、毎晩その場で組むから、模様もいろいろ変わるんだよ。真ん中で燃えてるのは漆蝋(うるしろう)。炎がゆらぐと、影が生きてるみたいでしょう。ヌリホツマにせがんで、三月分の蝋をもらったの。」
「こんなのは初めて見たよ。見ていて飽きないな。これはハニサが考えたのか?」
問うた弾みでハニサに顔を向けたのだが、シロクンヌはそこで再び息を呑み、目を見張った。
「そうだよ。」
おぼろに浮かんだハニサの横顔が、あまりにも美しいのだ。この美しさは、ヒトを越えてはいないか?
「ここは、ヤシロか?」
光と影が織りなす妖しい空間に浮かぶハニサの美しい横顔に圧倒され、思わずシロクンヌは独り言のようにつぶやいていた。
「ヤシロって?」
「ああ、ハニサは知らないな。イエに伝わる言葉だよ。人の住まいがムロヤだろう。神の住まいがヤシロだ。」
「そうなんだ。でも変なの。あたしは人だよ?」
「本当に人か?」
相変わらずハニサからはナカイマは感じられない。だがシロクンヌにしてみれば、一度はハニサにそれを問うておかなければ気が済まなかった。
「えー、本気で聞いてるの?  当たり前でしょ。人に決まってるじゃん。今夜には分かるよ。」
そう言うと、ハニサは恥ずかしそうに下を向いた。
この空間で、神々しくも見えるハニサと事を成す・・・
どこか実感の伴わない、浮遊感めいた感覚を打ち消すかのように、シロクンヌは大きく伸びをして、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「この毛皮、気持ちいいな。ハニサ、天井の模様も面白いぞ。ここに来て、寝転がって見てみろよ。」
「うん!」

第13話 了

登場人物紹介

シロクンヌ(28)タビンド シロのイエのクンヌ ムマヂカリ(26)大男 タマ(35)料理長 ササヒコ(43)ウルシ村のリーダー コノカミとも呼ばれる ヤッホ(22)ササヒコの息子 お調子者 アコ(20)男勝り クマジイ(63)長老 ハニサ(17)土器作りの名人 シロクンヌの宿 ハギ(24)ハニサの兄 クズハ(39)ハギとハニサの母親 ヌリホツマ(55)巫女 ホムラ(犬)ムマヂカリの相棒

用語説明

ウルシ村=5千年前の中部高地、物語りの舞台の村。人口50人。巨大な磐座(いわくら)の上に村の目印の旗塔が建っている。 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物。集会所。 神坐=男神と女神を模したオブジェ。大ムロヤの奥にある。子宝と安産祈願にお参りする。石製の男神は石棒と呼ばれる。
月透かし=シロクンヌがウルシ村にプレゼントした翡翠の大珠。 黒切り=黒曜石。 ネフ石=ネフライト。斧の石に最適。割れにくい。
グリッコ=どんぐりクッキー。 手火(たひ・てび)=小さなたいまつ。手で持つか、手火立てに挟んで固定する。 
村のカミ=村のリーダー。 コノカミ=この村のリーダー。 ヨラヌ=村に所属せずに一人(一家族)で暮らす人。 ハグレ=村から追い出された者。
トコヨクニ=日本。 クニトコタチ=初代アマカミ。ムロヤや栗の栽培の考案者。 イエ=クニトコタチの血を引く集団。八つある。 クンヌ=イエの頭領。 ナカイマ=中今。一部の縄文人が備えていた不思議な力。
御山(おやま)=ウルシ村の広場から見える、神が住むと伝わる連山。 コタチ山=御山連峰の最高峰。
タビンド=特産品の運搬者。 塩渡り=海辺の村から山部の村まで、村々でつなぐ塩街道。



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