縄文旋風 第14話 グリッコベット
本文
シロクンヌとハニサはムロヤを出て夕食の広場に向かっていた。すると子供達が駆け寄って来てシロクンヌの腕を取る。
「遅い遅いー! シロクンヌ、早くー!」
子供達に引っ張られ、シロクンヌは広場の真ん中に連れて行かれ、子供達に囲まれた。一人取り残されたハニサは軽く溜息をつく。「こうなると思ってた。炊事の手伝いしよう。」
広場ではシロクンヌが子供達から急かされている。
「シロクンヌー、遅いよー!」 「お話ししてくれるって約束だったでしょう。」
「ん? 約束したっけか? まあいいか。何の話が聞きたい?」
シロクンヌが一つ問いかけると、子供達は一斉にしゃべり出す。
「遠くの村のはなし」「海のはなし」「怖いはなし」「エッチなはなしー」
「うーん。じゃあ、海の話をしてやろうか。」
「海ってどっちにあるの?」「シロクンヌは海に行った事ある?」「海の怖いはなしがいい」
「待て待て! 一度にしゃべるな。一人ずつだ。」
「エッチな海のはなしー」
「・・・ そんな海など、知らん。おまえ、父さんは誰だ?」
「ヤッホー」
一旦、登場人物紹介
シロクンヌ(28)タビンド シロのイエのクンヌ ムマヂカリ(26)大男 タマ(35)料理長 ササヒコ(43)ウルシ村のリーダー コノカミとも呼ばれる ヤッホ(22)ササヒコの息子 お調子者 アコ(20)男勝り クマジイ(63)長老 ハニサ(17)土器作りの名人 シロクンヌの宿 ハギ(24)ハニサの兄 クズハ(39)ハギとハニサの母親 ヌリホツマ(55)巫女 タヂカリ(6)ムマヂカリの息子 タホ(4)ヤッホの息子 ホムラ(犬)ムマヂカリの相棒
いろり屋では女衆が大忙しだ。そこへ手持無沙汰の男達がちょっかいを掛けに来るからややこしい事になる。
「アコや、そこの栗実酒をチビッとこれへ。」
クマジイが椀を差し出す。
「駄目だよ。料理に使うんだから。」
「ホムラが寂しがっておる。気付けにグイっと行かせようかと思うてな。」
「犬が酒なんか飲むもんか。自分がグイっとやるんだろ!」
「ハニサ、おれとシロクンヌが魚突き勝負したら、どっちが勝つと思う?」
魚突き自慢のハギだ。シロクンヌのヤスを見て以来、突き師魂に火がついていた。
「魚突きなら兄さん・・・ じゃなくてシロクンヌ!」
「あたしゃハギにグリッコ10個。」
タマが割り込んだ。
「あたしはシロクンヌに、グリッコ15!」
ハニサも負けていない。そこにヤッホが思いの丈をぶつける。
「おれはハギの応援だ。ハギ、おれのカタキ討ち、頼んだぞ! ハギにグリッコ15!」
「なによカタキって! あたしはシロクンヌにグリッコ30!」
子供達は、目を輝かせてシロクンヌの話を聞いている。
「丸太を削って舟にするの?」
問い掛けたのは、ムマヂカリの息子のタヂカリだ。
「そうだ。手斧(ちょうな)と言ってな、台に載って丸太をまたいで振り下ろす。鹿の角で削ったりもするんだぞ。タヂカリの父さんなら、大きな角を持っていそうだな。」
「あるよ。こんなに大きいの。うちに掛けてある。シロクンヌも舟を作ったことあるの?」
「もちろんだ。木はな、伐りたてならば軟らかいんだ。時が経つと乾いて硬くなる。だから軟らかい内に出来るだけ削ってしまうのがいい。」
「その舟で海を渡ったの?」
「舟は浮く道具だ。漕ぐ道具が要るだろう? 櫂(かい)と言ってな、それも木を削って作る。自分の舟と自分の櫂があれば、セトの海は島だらけだ。好きな島に行けるぞ。」
「いいなー!」
タヂカリの夢は広がる。
「だが最初は簡単には行かない。波打ち際で、漕ぎ方の練習をしないとな。」
「練習しないとどうなるの?」
「ひっくり返って海に落ちる。深場で落ちると、舟に上がるのに苦労するんだ。」
「シノクンノも落ちたー?」
「ノではないが、まあいいか。おまえは何て言う名前なんだ?」
「タホー」
ヤッホの息子である。
「タホ、おれだって最初は何度も海に落ちたさ。練習して巧くなったんだ。」
「いいなー。ぼくも海に落ちたいー」
「おまえはそこか!」
いろり屋では魚突き談義が白熱を帯びている。そこへアコやクマジイも参加し、会話も入り乱れ、収拾がつかなくなっていく。
アコ 「魚突きなら、ハギに決まってるよ。」
ヤッホ 「そらみろ。アコだって言ってるじゃないか。」
クマジイ 「シカ村にも、ハギの右に出る者はおらんのじゃろ?」 グイっとやった。
ハニサ 「あたしはシロクンヌにグリッコ50でいいもん。」
アコ 「クマジイ!また栗実酒を、掠め取ったね!」
タマ 「アマゴ村になら、居そうだね。」
ヤッホ 「クマジイ、その早業、おれに教えてくれ!」
ハギ 「いない、いない。だってあそこは網で捕ってるよ。」
クマジイ 「人聞きの悪いことを言うでない。天の施しじゃぞ!」
タマ 「網の方が、一度にたくさん獲れていいだろに、なんでハギは網を打たないんだい?」
アコ 「まったく、こんな時だけ、すばしっこいんだから!」
ハギ 「ここの流れじゃ無理だよ。もっと下流に行かないと。」
ハニサ 「えっと・・・ あたしはシロクンヌに、グリッコ100!」
第14話 了
用語説明
グリッコ=どんぐりクッキー。
ウルシ村=5千年前の中部高地、物語りの舞台の村。人口50人。巨大な磐座(いわくら)の上に村の目印の旗塔が建っている。 ムロヤ=竪穴住居 大ムロヤ=大型竪穴建物。集会所。 神坐=男神と女神を模したオブジェ。大ムロヤの奥にある。子宝と安産祈願にお参りする。石製の男神は石棒と呼ばれる。
月透かし=シロクンヌがウルシ村にプレゼントした翡翠の大珠。 黒切り=黒曜石。 ネフ石=ネフライト。斧の石に最適。割れにくい。
手火(たひ・てび)=小さなたいまつ。手で持つか、手火立てに挟んで固定する。
村のカミ=村のリーダー。 コノカミ=この村のリーダー。 ヨラヌ=村に所属せずに一人(一家族)で暮らす人。 ハグレ=村から追い出された者。
トコヨクニ=日本。 クニトコタチ=初代アマカミ。ムロヤや栗の栽培の考案者。 イエ=クニトコタチの血を引く集団。八つある。 クンヌ=イエの頭領。 ナカイマ=中今。一部の縄文人が備えていた不思議な力。
御山(おやま)=ウルシ村の広場から見える、神が住むと伝わる連山。 コタチ山=御山連峰の最高峰。
タビンド=特産品の運搬者。 塩渡り=海辺の村から山部の村まで、村々でつなぐ塩街道。