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鏡の中の音楽室 (8)

第一部 さくら と まゆ

第四章 突然の別れ④


「里香?あの日、お父さんは二人に何を言ったのか知っているかい?」

進には不思議でたまらなかった。たった十分足らずの三人の病室での会話以降、勇の死に対してうろたえまくっていた二人の悲しみを止め、むしろ使命感にかられたように、レッスンに取り組んでいる。さらに、合唱コンクールまでの残された時間で何かを完成させようとしているように周囲には感じられた。

「ごめん。私にもわからないの。お義母さんに訊いてもおじいさんから何も聞いてないって言ってたわ。まゆちゃんのお母さんは、『二人がスマホを手に入れたから』と言ってたんだけど、そんな単純な話じゃない気はするわね。まぁ。なんにせよ二人がやる気になってくれていて、何とか2週間前で合唱コンクールのピアノ伴奏できそうで安心はしたわね」

「僕にもわからない部分が多くて納得はいってないけど、『親としてどうしたらいいか』本当にあの病室の前でとてつもなく考えたからね。僕はね、あの時二人が出てきたら、何を言っても立ち直れないぐらい落ち込んでいると予測したんだ。さらに何もかもやる気を失い、合唱コンクールのピアノ伴奏も放棄するはずだと考えたんだ。それを何とか親の役割としてどれぐらい説得できるか。納得させるか。ってことをずっと考えていたんだ。けれど、病室から出てきたとたんあの表情だろ?」

夕食後の食卓で、進と里香はお茶を飲みながら話している。里香は進の話をうなずきながら聞いた。そして、一口お茶を飲み、ため息をついた後

「私も全く同じことを考えていたわ。けれど、さすがお義父さんだよね。すべて計算されていたっていうことなのかなぁ。ちょっと悔しかったんだよね。病状のことも先に知らされていて、彼女たちの元気は自分が作るんだと思っていたから・・・・」

里香はまた両手で湯呑を抱えて口に持っていく。

「僕もここまで来ても、お父さんに勝てないんだってつくづく思わされたよ。僕らは現役の先生なんだけどね。安達勇はでかい壁だな」
さくらとまゆがこれまで通りの生活を送ってるうらで、進と里香は複雑な気持ちで過ごしいた。
 
合唱コンクールまで残り2週間となった時、レッスン場に勇の姿はなかった。しかし、勇の声は響いていた。

「さくら!今のところの3小節目からもう一度!」

スマホの遠隔会議ソフト『200M』から勇の画像と声が届けられている。

「師匠!さくら、もう一度弾きます!」

病室の勇はヘッドホンを付けて、タブレットの中に映る二人の姿と演奏に指導をしている。

「まゆ!君はもう一度最初から弾いてみてくれ!」

勇には遠隔指導は苦肉の策ではあったものの、うまく回っていることに満足感を得ていた。今まではレッスン場で立つのもしんどい時、ピアノに体重を預けたり、いろいろごまかしながら指導していた。それよりはかなり体への負担が減った。その分指導にも集中できた。

「二人とも、合唱コンクールの課題曲は完成されているから、来週は毎日が一発勝負ということで、1日に1回だけ通して演奏することを課題とする。毎日2回目はないので、自分で失敗したと思う部分はしっかりメモを取るなりノートに残したりして、次の日に活かすという練習とする。明日は日曜日なのでお休みとする。演奏は完全に休むように、わかったな。」

「はい。しっかりと約束を守ります。だから、おじいちゃんもしっかり体を休めてね。」

「はい。まゆもさくらが暴走しないようにしっかりと監視しておきますので、安心して体を休めてください。

二人はそういうと通信を閉じた。

「さくら、なんか物足りない感じしない?」

「うん、わかる。楽譜通りだもんね。なんかアレンジするとかアドバイスもらえるかなと思ったんだけどね。学校の先生も『さくらさんの演奏はもう完成されているから、本番で上がらないようにするとか気を付けてね』っていうだけだし」

「まゆもおんなじだよ。先生だって遠隔で合唱コンクールを見てくれるに決まっているんだから、二人の伴奏をほめてもらいたいよね。」

「そうだ!まゆ。ところどころアレンジを加えてみない。強弱なんかも曲のクライマックス部分なんかもアレンジ入れてみるとかどう?」

何か悪だくみに挑むいたずらっ子のように目を輝かせながらさくらが言う。

「ダメダメ。もうばれてるんじゃない?だから、来週から『一日一回演奏』にされているんだって!」

顔の前で指を左右にゆっくりと振りながらまゆが強くいう。それに対してさくらも続く。

「だから練習しようとしたらダメなの!それはバレてしまうから、頭の中でイメージするんだって、ここでこの音を入れてみたらどうなるか?とか、あの部分を強めにたたくと盛り上がるんじゃないかとか。前に図書館で『君もF1レーサーになれる』って本を読んだんだけど、『一流のレーサーは走ったことのないレーシングコースでも、イメージするだけでしっかり走れる』ってかいていたの。しかも、走った後では100分の1秒単位で同じタイムでラップできるっても書いていたんだ」

まゆはさくらが何を言っているかよくわからなかったが、頭の中で演奏するということ、すなわち『イメージトレーニング』のことを言っているんだということは理解した。

「さくら?それって『イメージトレーニング』だよね。今、できるかちょっとやってみようよ!」

二人は両手を机の上に置き、ピアノを弾くように両手を動かしながら、目を閉じてピアノの音色を思い浮かべた。自分たちが弾くべき曲のメロディー、リズム、ハーモニー、表情、全てが頭の中に浮かんできた。そして、自分たちが思うようにアレンジを加えてみた。強弱や速度や音色を変えてみた。曲の雰囲気や感情を変えてみた。そして、自分たちが満足するまで何度も繰り返した。

「さくら!どう?」

「まゆ!すごい!すごいよ!」

二人は目を開けて互いに笑顔で声を掛け合った。スマホの画面には勇の姿は映っていなかったが、彼女たちは勇の声が聞こえてきそうな気がした。

「二人とも、素晴らしい!本番ではその調子でやってみろ!」

二人は目を閉じて、机の上に両手を置き、まるでピアノを弾いているかのように指を動かした。

「これ、今だと指を動かしたタイミングで音が聞こえてくるよね?」

さくらがまゆに聞くと、

「うん。びっくりした。私、間奏のところで入れたい音が2つあったんだけど、イメージの中で入れても、音は聞こえてくるんだけど・・・」

まゆが自信なさげにさくらに同意を求めると、

「ほんとだ!面白い!これだとおじいちゃんにバレないで練習できるね。で、音楽の授業の後や伴奏中に入れてみたりして、実際耳で聞いてみよう。」

この悪だくみは、二人の胸中に懐かしい出来事とオーバーラップして、興奮を思い出させた。そう、ピアニカの連弾の練習の時のように。一週間、ひそかにさくらとまゆはお互いに演奏のアレンジを秘密にしながら、いつもの練習に挑んだ。

そして、合唱コンクールの週となった。その月曜日に勇からサプライズが言い渡された。

「二人とも喜べ!担当の先生から、今週の土曜日に外出許可が出ました。体の負担を考えて車いすでの参観となってしまうが、『200M』で鑑賞するよりしっかりと生演奏で鑑賞できるので、車いすぐらい全く問題はないし、恥ずかしくもないわ!一日一演奏もしっかり守っているみたいだしものすごく楽しみだ。」

明るい大きな声が主のいなくなったレッスン場に響いていた。

二人は驚きと喜びで声を上げた。おじいちゃんが本当に来てくれるなんて夢みたいだった。それまで遠隔指導でしか見られなかったおじいちゃんの顔を直接見られることが嬉しかったし、おじいちゃんが自分たちの演奏を生で聞けることが嬉しかった。

「おじいちゃん!本当ですか?本当に来てくれますか?」

「もちろんだよ。約束するよ。二人は今週も頑張って練習するんだよ。そして土曜日は最高の演奏を見せてくれよ。」

「はい!おじいちゃん!絶対に感動させますから!」

「私もおじいちゃん!私たちの伴奏を聞いてください!あなたが教えてくれたことを全部活かしますから!」

二人はおじいちゃんに元気な返事をした。そして、おじいちゃんに内緒で目配せをした。土曜日はおじいちゃんにサプライズを仕掛けるつもりだった。自分たちがこっそりとアレンジした演奏をおじいちゃんに聞かせるのだ。おじいちゃんがどんな反応をするのか、二人はワクワクしながら練習に取り組んだ。


第四章 突然の別れ ④  完

次回 第五章 合唱コンクール(BangBong登場)

(鏡の中の音楽室 第一部 さくら と まゆ)

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TSJGYM 高松進学塾塾長
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