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BL小説『白き魔女と金色の王』第4話

結婚式から2ヶ月が経った。
式が終わってしまえば特にやることもないチヤは、リョクヒとお茶したり礼儀作法の勉強をしたりと穏やかに過ごしている。
だが、この空白のような時間は子を成すために与えられているものだ。リョクヒがさりげなく気を遣ってくれたり悪意ある言葉から守ってくれるおかげで落ち込むようなことはないが、それでもチヤは少し重苦しさを感じていた。

「あ〜。センのご飯が食べたい」

城の食事はもちろん豪華だし食べたことのないような食材もたくさん出る。だが1人っきりで息の詰まるような生活の中で食べる食事は味気ない。一度だけシュリに一緒に食事をしてくれないかとお願いしたが、それはできないと困らせてしまった。それ以来諦めて1人で食べる日々なのだが、どうしても里でみんなと食べていた頃が懐かしく思えてしまう。

「なんだ。呆けた顔をして。疲れているのか?」

いつもは忙しく動き回っているウォンイが珍しく部屋にやってきた。

「ウォンイ!どうしたの?」
「少し時間ができたので様子を見にきた。ついでにこれを届けようと思って」

ウォンイが手に持っているのはリンゴだった。

「りんごだ!どうしたの、これ?」
「時々行く村から送られてきたんだ。今年のは甘くできたからと。お前の里の近くだから食べたことがあるんじゃないかと思って」

りんごは白の里にいた頃、外から帰った人が時々お土産で買ってきてくれていた。
みんなで喜んで食べた思い出の味だ。

「うん!時々買ってきてもらうりんごが、僕大好きだったんだ!ありがとう!」

最近沈みがちだったチヤの満面の笑みに、ウォンイも満足そうにする。

「すぐに剥いて持ってきてもらおう」
「え?剥くの?なんで?そのまま齧るのが一番美味しいのに」

コクヒからすっかりチヤに戻ってしまっている姿に、ウォンイは「それはしばらくお預けな」と苦笑した。

シュリが剥いてきてくれたりんごを食べながら、チヤはウォンイと久しぶりにゆっくりした時間を過ごす。

「寝る前以外はほとんど顔も見れなかったからな。何か困っていることはないか?」

ウォンイの気遣いにチヤは言葉に詰まる。
結婚式の前に聞いた言葉。子供を産めと責めるような城の空気。
話せばウォンイは優しく慰めてくれるだろう。だが、チヤが欲しいのは慰めではない。

「大丈夫だよ。シュリもリョクヒ様も優しいし。しいて言えばやる事がなくて暇なことくらいかな」

贅沢な悩みだよね〜と笑うチヤに、ウォンイが少し考えた顔をする。

「そうか……。なら、チヤ。明日は俺と一緒にこのりんごの礼を言いに行こうか」
「へ?」

そうと決まればシュリに出かける準備をしてもらおうと、ウォンイは部屋を出て行った。
残されたチヤは何のことかわからず呆然としていた。


翌日。外出用の服を着て城の門の前でウォンイを待っていると、1人の兵士を連れてやってきた。

「コクヒ。カダだ。今回の護衛隊の隊長を務める」
「カダと申します。よろしくお願いいたします」

ウォンイより5歳ほど歳上に見えるカダは、プラチナブロンドの髪から覗く切れ長の目が紫で、細く見えるがしっかりと筋肉のついた体が周囲に威圧感を与える。
シュリとはまた違う厳しい雰囲気にチヤは緊張してしまう。

「ほら。お前の愛想の無さにコクヒが怯えているぞ。全く。愛想笑いくらい覚えたらどうだ?」
「兵士に愛想笑いなど必要ありません。必要なのは強さと忠誠心です」

ツンと返事をするカダ。一介の兵士と王弟にしては砕けた雰囲気にチヤは少し警戒心を緩めてしまう。

「こいつの家は代々兵士の家系でな。幼い頃はよく一緒に遊んだんだが、どうにも頭がかたくてな」
「ウォンイ様が緩すぎなのです。もっと王弟として威厳を持って周りと接していただかないと」

そう言いながらカダがチヤを見る。弓で射るような視線にチヤは居心地の悪さを感じた。


村へ着くと村人が総出で歓迎してくれた。
小さな子供が用意されていた花束を渡してくれる。

「コクヒ様。よくお越しくださいました。村人全員お会いできて喜んでおります」

長老の挨拶に村人達が湧き立つ。

「まさかウォンイ様が結婚とはなぁ」
「あっちこっちフラフラ出歩いてばかりだから心配してたんですよ」
「いやぁ、素敵なお相手がおられて良かった良かった」

お世辞ではない喜びように、ウォンイも嬉しそうにしている。王弟と村人にしては近い距離にチヤが不思議がっていると、カダが説明してくれた。

「ウォンイ様はお忙しいジンイ様の代わりに、あちこちの村を巡って様子をみておられるのです。村人達も自分達を気にかけてくださるウォンイ様を慕っています」

そうなんだと、城にいては見えなかったウォンイの姿にチヤは感心する。

「コクヒ様。村を案内しますので、どうぞこちらへ」

村人達に連れられ村のあちこちを案内されたチヤは、最後にりんご畑に連れてこられた。

「今年のりんごはとても良い出来だったな。コクヒも喜んでいたぞ」

ウォンイがりんごの出来を褒めているいるのを見て、チヤもお礼を伝えなければと口を開く。

「ほんとに、美味しかったです。あんなに甘いりんごは食べたことがないくらい」

一生懸命お礼を伝えてくるチヤの初々しさに、村長は目元が緩む。

「ありがとうございます。すぐにもぎたてを剥いて持ってこさせましょう」
「いや、剥かずにそのままで持ってきてくれるか。そうだな……2つ頼む」

村長は不思議そうな顔をしながらも、そばにいた人にウォンイの言う通りにするよう伝える。
すぐに綺麗に洗われたりんごが2つ、皿に載って運ばれてきた。

「昨日はお預けにしてしまったからな。コクヒ、今日はいいぞ」

ウォンイの言葉の意味を理解して、チヤはりんごを一口齧る。
優しい甘みが口の中に広がり、チヤは自然と笑顔をなる。

「おいしい〜」

その姿を見て、ウォンイもりんごを豪快に齧った。

「うん。うまい。お前の言う通り、そのまま齧るのが一番うまいな」

嬉しそうにりんごを頬張る様子に最初は驚いた村人達だったが、最後は微笑ましく2人を見つめていた。


「いやぁ。コクヒ様は飾らず自然体で素敵なお方ですな」
「ウォンイ様とお似合いです」

チヤの王弟の妃らしからぬ飾らない態度は、村人達の心を一気に開いた。

「コクヒも馴れぬ城での生活に戸惑っていたからな。お前達の歓迎を喜んでいる」
「そう言っていただけたら光栄です。こんな田舎の村で良ければいつでもきてください」

わいわいと騒ぐ村人に囲まれて、チヤも嬉しそうにしている。
だが、吹いてきた風にふと危険を感じ取った。

『大雨がくる!』

チヤは糸を出して空気の流れをよみとる。
微かに漂う雨の香りが迫る危機を知らせてくる。

「ウォンイ。みんなを非難させて。もうすぐ大雨が降る」

耳打ちされたウォンイは小さく頷き、みんなに指示をだした。

「みんな。落ち着いて聞いてくれ。もうすぐ大雨が降る。すぐに安全なところに避難するんだ」
「え?でもこんなに晴れてるのに」
「嘘のように感じるだろうが、どうか私を信じて欲しい。お前達を守りたいのだ」

ウォンイの態度に嘘ではないと信じた村人達は避難を始める。
その動きの中でカダだけが1人、驚いた顔でチヤを睨んでいた。


1時間ほどで小さな雫が降りだし、すぐに激しい雨に変わった。
チヤとウォンイのおかげで難を逃れた村人達は驚きながらもホッとしていた。

「いや。ウォンイ様のおかげですな。まさかこんな大雨になるなんて」

良かった良かったと騒ぐ人の中で、女性が1人慌てて何かを聞き回っていた。

「どうかしましたか?」
「あ。コクヒ様。実はうちの子が見当たらなくて」

最初に花束を渡してくれた子だと、チヤに嫌な予感がよぎる。

「まさか、勝手に外に出てしまったんじゃ」
「………私、探してきます」
「え⁉︎コクヒ様!危険です!」

女性の制止も聞かず、チヤは雨の中へ駆け出して行く。
驚く村人の群れから出て、カダがチヤを追いかけた。


『この激しさだとすぐに川が溢れる。流されでもしたら助からない』

ひとまず川の近くへ探しに行ったチヤの耳に、泣き声が聞こえた。
探していた子供が川のそばで立ちすくんで泣いている。

「良かった。無事だった」

チヤは慌てて駆け寄りその子を抱きしめる。

「コクヒ様………ごめんなさい。コクヒ様にあげたくて作ったネックレスを取りに行ってたの」

木の実で作ったネックレスが、小さな手にギュッと握られている。

「……ありがとう。私のために。さあ、戻ろう。みんなが心配している」

子供を守るように背を抱いて歩き出す。
だが、川から離れようとしたところで、増水した水がチヤ達を襲った。

「!」

間一髪、子供を抱きしめて糸を伸ばし、近くの木に絡み付ける。

『なんとか流されずに済んだけど、僕の力じゃこの流れから抜け出せない』

必死に流されないようにするチヤ。子供は腕の中で気を失っている。

「なんだ、あれは……」

チヤを追いかけてきたカダは信じられない光景を見た。
チヤから不思議な糸がでて、木に絡みついている。そう。白の人しか見えないはずの糸が彼にはなぜか見えていた。

「………!コクヒ様!すぐ助けます!」

カダは謎の糸に驚きながらも、チヤが子供を抱えて流されまいとしていることに気づき、慌てて駆け寄った。
チヤの腕を掴み、引き寄せる。

「カダ!」
「すぐ引き上げます!もう少し耐えてください!」

水から引き上げる瞬間、チヤの腕を木の枝が掠めた。

「コクヒ様!血が!」

カダが腕の傷の具合を確かめようと持ち上げると、傷がみるみる消えていく。

「これは……」

驚くカダがチヤを見る。どうしようと戸惑うチヤの腕の中で、子供が「うっ」と小さな声を出した。

「……ひとまず皆のところへ戻りましょう」

子供を抱えるチヤごと抱き上げて、カダは避難場所へ急いだ。


「コクヒ!」

避難所に戻ったチヤをウォンイが抱きしめる。

「無事で良かった……心配したぞ……」
「……ごめんなさい」

チヤはウォンイに心配をかけたことを酷く反省する。そんなチヤの袖に血がついてるのをウォンイが見つけた。

「怪我をしているのか?」
「あ、これは……」

ウォンイが傷の具合を確かめようとした時に、横で助けられた子供を抱きしめていた母親に声をかけられた。

「コクヒ様…ありがとうございます……この子を助けてくださって……」

涙ぐむ母と共に子供が「ありがとう」と小さく呟く。

「うん。コクヒ。よくこの子を守ってくれた。夫として誇りに思うぞ」

心配と安堵でチヤとウォンイに戻りかけていたのを、母子の言葉でウォンイはまた王弟の顔に戻ってしまった。


雨が降る間は避難所から出られず、チヤ達は村人達と共に過ごした。
チヤは子供を救ったことをみんなに感謝され、子供からもらったネックレスを嬉しそうにつけている。
その様子を満足そうに見ながら、ウォンイはカダにチヤを救ってくれた礼を言っていた。

「俺はここを離れることができなかったからな。お前がいてくれて助かった」
「自分の仕事をしただけです。あの、ウォンイ様……」

雨の中の光景を思い出して、カダはウォンイにチヤのことを問いただそうとする。だが、結局疑問を声に出すとこはできなかった。

「どうした?」
「いえ。コクヒ様も子供も無事で良かったです」
「ああ。本当にな」

カダはウォンイと並んでチヤを見る。
その目には警戒心が滲んでいた。

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