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BL小説『白き魔女と金色の王』第1話

赤い眼の少年が草原を歩く。
空は蒼く広がり、白い雲の流れはだんだん速くなる。

「あ、雨が降る………」

呟く少年の歩みが速くなった。
その周りには常人には見えない無数の糸が揺らめいていた。

白の人同士の決闘から10年。
白の里と向こうの里の関係は良好で、普通の人達を襲うことも無くなった。
髪を染めて里をおり、普通の人相手に里でできたものを売ったりして、白の人達は穏やかに暮らしている。
15歳になったチヤは里でできた野菜を売った帰りだった。

『雨が降る前に帰らないと。髪染めが濡れて落ちてしまう』

雨の気配にチヤは急ぐが、里まではまだかかる。特にチヤは足が遅いのでとても間に合いそうになかった。

『困ったな。どこか雨宿りできるところは……』

あたりを伺うチヤの目に、小さな小屋が見える。荒れ果てて人の気配のないその小屋ならと、チヤは慌てて駆け込んだ。
間一髪で雨が降り始める。

「はあ〜。助かった」

小屋の中には何もなく、壁も天井もあちこち穴が空いているが雨を凌ぐには問題ない。
土間を通り部屋の真ん中あたりに腰をおろす。

『通り雨だし、やむまではここにいよう』

チヤはなぜか通り雨を確信していた。腰まで伸ばした髪をいじりながら時間を潰す。

『トア達が止めるのを押し切ってきたのに、遅くなったら心配されるな。雨が止んだら急いで帰らないと』

ガタッ!

ぼんやりと考え事をしていたチヤの耳に扉の開く音が聞こえる。
見ると誰かが入ってきたところだった。

「なんだ。先客がいたのか」

雨に降られびしょ濡れになった男が小屋に入ってきた。チヤを気にすることもなく土間で濡れた服を脱いで絞っている。

「急に降ってきたな。お前も雨宿りか」

話しかけられてチヤは答えに詰まる。
チヤより少し年上に見えるその男は、程よく筋肉のついた逞しい体型で背も高い。濡れて輝く金の髪からのぞく金の眼は相手を射抜くような強さを持っていた。

「あ……うん。雨が降りそうだったから」

対するチヤの体は薄くて背も低く、よく女性に間違われるほどだった。貧相な自分の体が恥ずかしくてチヤはできるだけ小さくなって体を隠す。

「そうか。俺は間に合わなくてすっかり濡れてしまった。よく雨が降るのがわかったな」

男は履いたままでズボンをできるだけしぼり、こんな状態で悪いなと言いながらチヤの横に座った。

「天気……当てるの得意だから」

チヤの糸は、力は弱かったが天気をよめるという特殊な能力があった。
男はその言葉にチヤのほうへ身を乗り出してくる。

「それは凄いな!里ではさぞや重宝されるだろう」

男の圧の強さにのけ反りながらチヤは答える。

「あ、うん。喜ばれる。僕、他に特技ないからこれだけは頑張ろうと思って」

あたふたするチヤを男はジッと見つめてくる。チヤは怖くて目を合わせられない。

「なんだ、その態度は。それだけの特技を持っているなら堂々としていろ」

男はチヤのアゴを掴んで無理やり自分の方を向かせる。
うっすら涙まで浮かべた赤い眼を見て、男は感嘆の声を上げる。

「綺麗な瞳だな。まるで宝石だ。下を向いてるなんてもったいない」

男に見つめられ瞳を褒められて、チヤはパニックをおこす。
思わず男を押し退けて小屋を飛び出した。
雨に濡れるのも気にせず走る。

『今の何!何なの!褒められた!眼も!能力も!会ったばかりの人に!』

顔を真っ赤にして走るチヤの腕が後ろから引かれる。
先ほどの男が追いかけてきていた。

「おい!どうした!まだ雨はやんでな……」

男の言葉が止まる。
追いかけるのに必死で気づかなかったが、雨に濡れたチヤの髪はすっかり白に戻ってしまっていた。

「その髪……」

男が髪に触れる。水の滴るその白は、銀に輝き男を魅了した。

「!」

絹でも触るような優しさに、チヤの緊張は限界を迎える。
腕を切って逃げたい気持ちを必死に堪えて、糸で近くの石を木に投げて大きな音を出す。
音に気を取られた男の隙をついて逃げ出した。

「おい!待て!」

叫ぶ男を振り切り、脇目も振らずに走る。
残された男は雨の中で佇んでいた。


「あ、帰ってきた!」

雨のやむ頃、ようやく里に帰ったチヤをトアとセンが迎える。

「チヤ、遅いから心配したぞ」
「すっかり濡れちゃって。お風呂用意するね」

センが風呂を用意するために走り出す。
トア、セン、チヤは里にある子供達が集められる家で育てられたが、10歳になると家を与えられ、今は3人で生活している。

「あ〜あ。髪もすっかり戻っちゃってるな。大丈夫か?人に見られたりしなかったか?」
「あ、うん。大丈夫……」

心配するトアに、チヤはなぜか男のことを秘密にしてしまった。

センが用意してくれた風呂に浸かり、チヤはホッと緊張がとけたのを感じる。

『気持ちいいなぁ。お風呂を用意するのはやっぱりセンが一番上手だなぁ』

センは体格も背も普通だし力も人並みだが、とにかく器用だった。家事に針仕事、道具作りに大工仕事までこなし、センの作る傘や草履は固定客がいるほどだった。しかも糸で作るので大量生産可能だ。
トアはとにかく力仕事が得意で、糸の力が強い。背も高く体つきも逞しいので、チヤと並ぶと同い年に見えない。
対してチヤは風呂を炊けば熱すぎるかぬるい、料理をすれば指を切り(すぐ治るが)、クワすら持ち上げれないほど力も弱い。

『僕だけだなぁ。役立たずなのは』

まわりは「気にしなくていい」とチヤを慰める。せめて少しでもと天気を当てると喜んでくれる。でもチヤの心には言いようのない悲しみが少しずつ積もっていった。

ふと、小屋でのできごとを思い出す。

『あの人は手放しで褒めてくれたな。僕のことなんて何も知らないのに。……でも嬉しかった』

髪をいじると、男が優しく触れた感触を思い出してチヤの顔は赤くなる。
そのまま恥ずかしさで湯の中へ沈んでいった。


チヤが風呂から上がるとクロが来ていた。

「チヤ!遅かったから心配したんだぞ!」

クロがチヤをギューっと抱きしめる。
クロとシロは決闘のあとも白の里で暮らしている。
チヤ達の家はクロ達の家のすぐ近くにあり、クロは3人の保護者のような存在になっていた。

「クロ。心配かけてごめんね」

クロは美しさに磨きがかかり、すれ違う誰もが振り返るほどの美人に成長していた。
さらに腰まで伸ばした黒髪が美しさに迫力を与える。

「おいで。髪を梳かしてあげよう」

クロはチヤの髪を梳かすのが好きだ。シュアンにもらったという香油まで塗って優しく櫛を通す。
チヤはクロのことがとても好きだ。
力ではない強さも、優しいところも、見た目以上に内面から滲み出る美しさも。
憧れて、近づきたくて、同じように髪を伸ばしてみた。もちろん、そんなことはただの猿真似だとわかっている。
それでも、こうやって髪を梳かしてもらう時間は、チヤにとってとても幸せなものだった。


数日後。チヤはセンの作った草履を届けた帰りに、男と出会った小屋の近くを通った。
何気なく小屋の前まで行くと、男が入口の前に立っている。
驚いて逃げようとすると、男が猛スピードで追いかけてくる。

「やっと会えた!なぜ逃げる!」

今度こそ逃さんという感じで、男がチヤの腕を掴む。

「そっちこそ、何なの!なんで僕を追いかけるの!」

チヤは必死に抵抗するが、力の差は歴然で全くふりほどけない。

「お前が突然小屋から出て行くから心配したのだ。何か失礼があったなら謝らねば」

男は真剣な目でチヤの顔を覗き込む。
それだけでチヤの心は冷静さを失った。

「し、失礼なことなんてないよ。急ぎの用を思い出しただけ。だから離して」
「嘘だ。それなら何も言わずに飛び出したりしないだろう」
「本当だって。もう、とにかく離してよ!君といると心臓がバクバクしてどうにかなりそうなんだ!」

チヤはしまったという顔をする。
男のほうはよくわかっていないようで、首をかしげる。

「心臓が?なぜだ?怖がらせたつもりはないが」

不思議がりながらも腕を離さない男に、いよいよ最終手段で腕を切ろうかと思ったその時。

「しかし、なぜ毎度髪に色をつけているのだ。綺麗なのにもったいない」

男が髪に触れた。
優しいその仕草がチヤの抵抗を弱くしていく。

「………」
「すまない。言いたくないことだったか?俺はどうにも気が利かなくてな。気に障ったのなら謝る」

素直に謝る男に、チヤはどうしていいかわからなくなる。
抵抗がなくなったことに安堵した男は腕の力を緩める。

「お前と話がしてみたい。少し俺に時間をくれないか?」

2人で小屋に入り、向かい合って座る。
気まずそうにするチヤに男の方から話しかけてきた。

「この辺りに住んでるのか?」
「……違う。行商の帰りによく通るだけ」
「行商をしているのか。何を売っているんだ?」
「別に、草履とか傘とか、普通のものだよ」
「そうか。住んでいるところは遠いのか?」

男からの質問ぜめにチヤは戸惑う。

「ねえ。さっきから僕のことばっかり。そっちは?こないだは何をしてて雨に降られたの?」
「ん?そうだな。ただ散歩をしてただけだぞ」
「なら毎日ここで僕を待っていたわけ?」
「いや、毎日ではないが。時々散歩がてらお前を待っていた。運良く会えて良かった」

男が嬉しそうに笑う。
チヤはまた心配がドキドキするのを感じた。

「しかし、これだけ長ければ手入れも大変だろう」

男が再びチヤの髪に触れる。

「……別に。好きで伸ばしてるんだし」
「そうか。よく似合ってるぞ」

チヤの髪を褒めたのに、なぜか男の方が嬉しそうにしている。
その表情はチヤの心を溶かして、誰にも言えない気持ちを吐き出させてしまう。

「……大好きな人の真似をしてるんだ。憧れて。でも、僕なんかが髪を伸ばしても、その人の美しさのカケラも真似できない」

寂しそうに言うチヤの頬に男の手が触れる。

「そんなことはない。お前は美しいぞ。その眼には強い意志を感じる。何事にも負けない強い意志を」

男の手が頬から離れる。
チヤはそれを少し寂しいと思った。

「俺にも憧れる兄がいる。とても立派で、誰からも好かれる人だ。兄のようになりたくて俺も色々と真似をしたものだ。結局どれも、ただのままごとで終わったがな」

男の笑顔に寂しさが混じるのを見て、チヤは一生懸命慰めようとする。

「でも、君は優しい人だよ。僕、本当の気持ち言えたの初めてだもん。君だから言えたんだ」

両手を握り精一杯気持ちを伝えようとするチヤに、男は胸が温かくなった。

「……時々、この小屋で会ってくれないか。お前と話すのは楽しい」
「いいよ!僕も楽しかった!」
「俺の名前はウォンイだ」
「チヤだよ。よろしくね」

チヤの笑顔に、ウォンイは満足そうに頷いた。


それから、チヤは行商の帰りにウォンイと待ち合わせては小屋で色々な話をした。
クロ達は最近チヤの帰りが遅いと心配したが、嬉しそうに帰ってくるので何も聞かずにいることにした。

「チヤは里を出たいのか?」
「え?どうだろ。出たいのかな?」

何度目かの待ち合わせの時に、こんなことをウォンイから聞かれた。

「確かに、里のみんなのことは好きだし一緒にいたいけど、このままでいいのかなとは思う。甘やかされて何も成長できないまま、時間だけが過ぎてしまうんじゃないかなって」

チヤは少し焦っていた。優しい里の人達に愛されて、ぬくぬく守られている自分の立場に。

「ふむ。成長できないままにか。なあ、チヤ。それならいい考えがあるぞ」
「?なあに?」

「お前、俺の妻にならないか?」

ウォンイの衝撃発言に、チヤは思考も体も全てが停止した。

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